第九十四話『共鳴の極致、崩れ落ちる巨岩』
バルギスの巨斧が振り下ろされるたび、荒野の岩肌が爆風に煽られた木の葉のように砕け飛ぶ。 それはもはや技ですらない。己の肉体が崩壊する速度よりも速く相手を粉砕しようとする、命を削った純粋な破壊の質量だった。
「ぬぉおおおおおッ!!」
咆哮と共に、バルギスが横一文字に斧を薙ぐ。リオスがそれを『星喰の剣』の腹で受け止めるが、衝撃波が全身を突き抜け、足元の地面が数十メートルにわたって削り取られた。
「……ッ、なんて重さだ! 結晶が……右腕が焼けつきそうだ!」
リオスの右腕に張り付く黒い結晶が、臨界点に近い赤黒い輝きを放ち、剥き出しの神経を灼くような激痛を撒き散らす。 だがその時、リオスの背後から冷徹な、しかし確かな温もりを持った影が伸び、その暴走する熱を正確に制御した。
「焦るな、リオス。……お前の熱は、俺が繋ぎ止めてやる」
ゼノスが短剣を逆手に構えたまま、自身の影をリオスの右腕へと絡みつかせる。 エリアスの杖が構築した『導律共鳴器』の回路において、ゼノスの影は強大な熱量を堰き止める『絶縁体』として機能していた。彼の影が結晶から溢れる負荷を吸い上げ、安定させることで、初めて制御不能なエネルギーがリーナへと導かれる。
「来なさい、リオスの力。……不完全な私たちの『音』を、翼に!」
リーナが叫ぶと、導かれた赤黒い熱が心珠を通り、純粋なエネルギーへと変換された。その碧い光は、リオスの右腕を覆う禍々しい結晶へと逆流し、内側からその闇を澄み渡るような青白色の輝きへと塗り替えていく。 システム的な「同期」ではない。互いの欠落を、それぞれの意志と役割で補い合う動的な共鳴だった。
「ふん……。三律の循環、確かに機能しているようだな。ならば私は、その『隙』を切り開くとしよう!」
ヴァラが風を纏い、バルギスの視界を遮るように超高速で周囲を旋回する。 『律動過負荷』によって感覚が麻痺し、力に特化しすぎたバルギスにとって、ヴァラの変幻自在な動きは捉えきれない残像でしかなかった。
「目障りだ、ハエめッ!!」
バルギスが苛立ち紛れに空を切る。その一瞬の硬直を、エリアスは見逃さなかった。
「リオスくん、今です! 循環を反転させ、全エネルギーを剣の先端へ! 三位一体の攻撃を、私がサポートします!」
エリアスが杖を突き出し、収束回路を最大出力に引き上げた。
「……ああ! 行くぜ、みんな!」
リオスが地を蹴った。 ゼノスの影が過負荷による右腕の崩壊を食い止め、浄化された結晶の輝きが『星喰の剣』へと収束していく。
「な……!? この俺の一撃を、押し返すだと……!?」
バルギスが驚愕し、巨斧を盾のように構える。 だが、その鉄塊すらも、三人の意志が重なり合った一撃の前には無力だった。
「これが俺たちの答えだッ!!」
キィィィィィィィンッ!
耳を劈くような高周波と共に、青白色の一閃がバルギスの巨斧を真っ二つに叩き割り、その胸元に刻まれた禁忌の黒律紋を真っ向から貫いた。
「が、は……ッ。……馬鹿な。この俺が、このような、細い糸のような繋がりに……」
バルギスの巨躯が、糸の切れた人形のように膝をついた。 彼の肉体を無理やり動かしていた『律動過負荷』の瘴気が霧散し、血管を伝っていたどす黒い熱が抜けていく。それと同時に、バルギスの身体は急激に枯れ木のように細り、限界を超えた代償を支払うかのように崩れ始めた。
「……フン。見事だ。……だが、喜ぶのは、早いぞ……」
バルギスが、自身の血を吐きながら歪んだ笑みを浮かめる。
「盟主様は、すでに……天蓋の奥底で、この星の『芯』に触れている。……すべてを、砂上の楼閣だと笑った……神への、反逆が始まるのだ……」
その言葉を最後に、バルギスが塵となって荒野の風にさらわれていった。 闇の盟約者随一の武人が、ついにその幕を閉じた瞬間だった。
「……終わったのか」
リオスが肩で息をしながら、折れた斧の残骸を見つめた。 右腕の熱は引き、今はただ、心地よい疲労感と、仲間たちと繋がっている確かな残響だけが残っていた。
「ええ。……完璧じゃなくても、いい。これが私たちの形よ」
リーナがリオスの傍らに歩み寄り、その手を取った。 バルギスが消えた今、天蓋山脈から立ち上る紫色の澱みは、さらに太く、禍々しく空を侵食している。
「行きましょう。ストーンクリークで体勢を整え、あの山へ」
エリアスの言葉に、一同は深く頷いた。 一人の強敵を退けた喜びよりも、世界の変貌を止めなければならないという強い使命感が、彼らの背中を強く押していた。
卓上の語り部でございます。
第九十四話『共鳴の極致、崩れ落ちる巨岩』をお届けいたしました。
武の象徴であったバルギスとの決着。エリアスの「導律共鳴器」を介し、ゼノスが絶縁体として負荷を制御し、リーナが右腕の虚ろを浄化した一撃が、個としての圧倒的な暴力を打ち破りました。 不揃いな三人が不完全なまま重なり合うことで生まれたこの力こそが、システムとしての完璧さを求めるゼフィアンへの対抗手段となるはずです。
バルギスが遺した不吉な言葉。世界の「芯」に触れようとするゼフィアンの目的とは一体何なのか。 一行は再び歩き出します。まずは天蓋山脈の玄関口、ストーンクリークへ。
どうぞ、引き続き彼らの旅路を応援してください。
P.S. 本作の世界観設定や用語解説などは、Webサイト「Table Talker's Log」にて随時更新しております。
https://tabletalker.info/category/avelia/
卓上の語り部より、敬具。




