まごころをあなたに
SFなのかホラーなのか、自分でもわかりませんが。
どんだけの人が、配偶者のこれ、受け止められます?
ピクシブにもだいぶ前に掲載。
妻が死んで、四十九日の法要を終えた日だった。
自宅で、坊さんを呼んで、身内だけのささやかな法要も終わり、客達も帰り、お骨を仏壇に戻したところで。
呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、黒背広の、どこにでもいそうな中年の男性が私に名刺を差し出して告げた。
「奥様から、マゴコロを預かっております」
『真心』が『魔心』と聞こえるような発音だった。
つぎに、鈍っている頭が、なんだったか思い出せない、CMソングをサビだけ延々とリピートしていた。
「は、あ?」
男は掌にすっぽりと入る箱を取り出した。
「こちらです」
中にはピンクの真珠を思わせるような丸い玉が入っていた。
自分の死期を悟った妻が私に残してくれたのだという。
玉のほかに、シルバーのなんの変哲もない細身のリングを一緒に手渡された。
「使用方法をご説明致します」
玄関先ではなんなので、仏壇のある居間に通した。男はびしっと背筋の伸びた正座をし、焼香してから、説明し始めた。
リングを好きな指に填めて、それからそのリングと玉を触れ合わせ、知りたいとか見たいとか唱えれば、妻の心が見えるという。
「お代は奥様がお支払い済みですのでどうぞ、お持ちください」
彼は帰っていった。
妻が、私を心配して残してくれたんだろう。
葬儀を終えてからずっと、疲労感と徒労感に包まれていた私はほんの少しだけ、倦怠感を忘れた。
指輪を填めて。
優しい光沢を放つ玉を眺め……。
ふっと、真心とはなんだろうかと、不安になった。
素の、取り繕わぬ妻の本音。
真の心。
それは優しいものだったろうか?
十八年、連れ添ったのだ。互いによく知っている。アレが私に、酷い心を残していくわけがない。
……本当に?
長く連れ添ったからこそ、つもり積もった憤懣が……、なかったはずもない。
煩悶した。
知りたい。
知りたくない。
怖い。
怖い……
玉を前にして、私はさんざ迷い、やがてくたびれて寝てしまった。
妻を失った痛みが、妻が自分をどう思っていたのかという不安で塗りつぶされて、久方ぶりにぐっすりと寝てしまった。
起きたとき。
全部夢なら良いと思ったのに。
名刺も、玉も、指輪も、突っ伏した机の上に綺麗に並べられたままだった。
来る日も来る日も、私は仕事から帰ってくると玉とリングと名刺を並べて、うんうん唸りながら悩み続けた。
知りたい。
知りたくない。
それから、さらに八年が過ぎて、真心を知ることがないまま、私は会社の検診で認知症の診断が下された。
私はそのまま家に戻り、仏壇の引き出しにしまわれていたあの名刺を握り、『真心創製』という会社と工場を兼ねた店に駆け込んだ。
八年が経ったのに。
名刺をくれた男は前とまったくかわらなかった。
「ようこそ、『真心創製』へ」
やはり、魔心というニュアンスに聞こえた。
「今日、認知症の、あ、認知症の可能性がかなり高い、という話で確定ではないのですが、会社で言われまして」
「お客様、玄関先でございますから。どうぞ、こちらへ。ソファへおかけください。珈琲と緑茶、どちらになさいますか?」
「珈琲を」
私はソファに座って、祈るように手を組んだ。
男が珈琲を盆とソーサーに乗せて戻ってきた。砂糖とミルクもあった。
私は心が千々に乱れていて、ミルクも砂糖もつけてもらっただけ全部入れたが、甘くは感じない珈琲をまず啜り、それが免罪符だとでもいうように喋った。
「気持ちを忘れてしまう。その前に。玉にしてもらえたら」
「それは相続権はどちらさまに?」
「墓に一緒に埋まるから、相続はない」
「今、ないし後日、真心を作られて、持ち帰られるということですね?」
「はい」
「本日、機械はあいておりますので、すぐにでも創造できますが、お客様の心はずいぶんお乱れのご様子。三日後以降、落ち着かれてからでいかがでしょうか? このシステムに関する説明書もお渡し致します」
私は真心を抜かれて、体は死んでしまうのではないかと懸念したが、いらぬ恐怖だった。
心を抜粋して、コピーするだけ。微塵も傷が付かない。
私は三日かけて、楽しかったことや伝えたいことを頭の中からかき集めた。
☆ ★
そして、今。
ピンクの光沢の玉と添うようにグレーの玉があった。
「お客様の最期の言葉は『自分の心さえ、見るは怖いものだなあ』でございました。さて、我が社のマゴコロはいかがでございましょう?」
がんで他界した妻をAIで再現…というニュースを見て、そういやこんなの書いてたなー、と思い出したので、こちらにもアップしました