第3話:不運な予知は、神の啓示(第1節)
目の前に現れた巨大な魔物と、震えるリーファの手を前に、僕はただただ立ち尽くしていた。
こんな非現実的な状況は、僕の不運の中でも最悪の部類だ。
僕の足はガタガタと震え、理性は逃げろと叫んでいる。しかし、体は鉛のように重く、一歩も動かすことができなかった。
まさか、マンホールに落ちた末路が、魔物に食われることになるとは……。人生、何が起こるか本当に分からない。
僕が手にしている黒い石が、まるで心臓のようにドクン、と大きく脈打った。
同時に、僕の頭の中に、冷たい声が響く。
――「見よ。お前の未来を。そして、お前が引き起こすであろう、まことの不幸を……」
その声と共に、僕の視界が歪んだ。
魔物の赤い目が僕を捉える。地響きと共に巨体が突進——
「救世主様!」
リーファは悲鳴を上げ、僕の腕を強く掴んで引き寄せようとする。そのとき、彼女の体勢が崩れ、白いローブの胸元が大きくはだけた。
「ひっ!?」
僕の視界には、まばゆいばかりの白い肌が飛び込んできた。
しかし次の瞬間、洞窟の天井から巨大な鍾乳石が僕たちめがけて落下してくるのが見えた。
ゴウッ!
リーファの悲鳴が、僕の耳を劈く。
僕の体は、激しい衝撃と共に砕け散り、意識が遠のいていく……。
血の匂いが、僕の鼻腔をくすぐる。
ああ、なんて最悪な終わり方なんだ。最後にいいものを見られたのが、せめてもの救いか……。
ハッ!
僕は、呼吸を乱しながら、その場で大きく息を吸い込んだ。
額には冷たい汗がびっしりと浮かんでいる。
「い、今のは……?」
僕は混乱した。今、僕はたしかに死んだはずだ。でも、体には何一つ傷がない。
僕の手に握られた石も、リーファの震える手も、すべて元のままだ。
そして、はだけたローブも、いつの間にか元通りになっている。
(なんだ、今の?夢……か? いや、あまりにも現実的すぎた……)
呆然としている僕に、リーファが顔を近づけてきた。
「救世主様……? どうかなさいましたか?」
その純粋な眼差しに、僕はさらに困惑する。
「ひどい汗」
リーファは僕を心配しながら、空いた手で自分のローブの袖を使い、僕の額の汗を拭おうとした。
見知らぬ美少女が献身的に汗を拭いてくれようとしている。いつもの僕なら、恥ずかしがって距離を置くところだが……。
僕は頭をかきむしった。一体、今の幻覚は何なんだ?
慣れない異世界での緊張のせいか? それとも、ただの気のせいか?
もはや僕の不幸体質は、幻覚まで引き起こすようになったらしい。
その結論に至った瞬間、僕は自分の不幸体質を、心底、呪いたいと思った。
「おい、まさか……」
僕はリーファの手を思わず強く握りしめた。
彼女は一瞬、きょとんとした後、顔を真っ赤に染めた。そして、潤んだ瞳で僕を見つめ、蚊の鳴くような声で言った。
「い、いけません救世主様……! わ、わたくしたち、まだ出会ったばかりですのよ……?」
いや、違う。彼女のことじゃない。僕のことだ。
最悪だ。僕の人生は、これから先も最悪の未来しか見れないってことか?
僕の『不運な予知能力』が、僕の人生をさらに不幸にするなんて……。
僕は自分の身に起こった新たな事実に、絶望しかなかった。




