第2話:呪いの石と、不幸な「救世主」(第3節)
僕はマンホールに落ちたはずなのに、目が覚めると見知らぬ洞窟にいて、スマホは呪いの石に変わっていた。そして、目の前の美少女は僕を「救世主」と呼んでいる。
まるで、最近流行りのライトノベルのような展開だ。もしかして、僕は異世界転生でもしたんだろうか……? そんな馬鹿げた考えが、僕の頭の中を駆け巡る。
白いローブをまとった自称聖女のリーファは、僕の手を握りしめたまま、真剣な眼差しで語り始めた。彼女の澄んだ瞳には、僕の言葉など届いていないようだった。
「救世主様……。ここは、遙か昔に魔王によって呪われた、名もなき洞窟。そして、この世界の大部分は、魔王の呪いによって人々から『希望』と『幸運』が奪われた世界なのです」
リーファの言葉は、まるで現実とは思えないほどだった。魔王? 呪い? 僕はただ、スマホを落としてマンホールに落ちただけなのに。
僕のそんな思いをよそに、リーファは僕の手を引き導こうと立ち上がった、が——
「あっ」
足がもつれて、僕にもたれかかってしまう。
「だ、大丈夫?」
「は、はい!ありがとうございます!」
真っ赤になって頭を下げるリーファ。
(この子、意外とドジなのかな……?)
気を取り直して、僕はリーファに尋ねた。
「僕の不幸は、その呪いのせいってこと?」
僕がそう尋ねると、リーファは首を横に振った。
僕の手を握る力が無意識に強まり、僕の体がよろめく。その動きに合わせて、彼女のローブの肩がわずかにはだけ、白い肌が露わになった。
しかし、彼女はそれに気づく様子もなく、真剣な表情を崩さない。
「いいえ。そうではありません。この世界では、幸運は稀有な力。あなたのその『不運』は、膨大な呪いを一身に引き受けることができる証。聖なる予言に記された『世界を導く者』そのものなのです。」
彼女は僕に、熱く語り続ける。
「あなたの不運を打ち消すことができるのは、あなた自身だけ。その不幸を操り、幸運に変えることができたとき、あなたは、この世界を呪いから解放する『世界を導く者』となるのです」
リーファは、僕が手にしている呪いの石に視線を落とした。
「その石は、あなたの不運の源であり、同時に、あなたの『不幸』を『幸運』へと反転させる力を持つものです。使い方は、いずれ分かるでしょう」
リーファの真剣な言葉は、僕の頭の中で一つの結論を導き出した。
つまり、この世界では、僕の不幸体質は、この世界を救うための超絶チート能力として認識されている、と。 そして、この目の前の可憐な美少女は、僕の残念な部分を、ひたむきな眼差しで「希望」だと言い切っている。
(えーっと、つまり僕の不幸体質が超絶チート能力……? いや、そもそもこの変な石はさっき拾っただけで、僕はもとから不運だったし)
この、とてつもない勘違いのギャップに、僕はもう笑うしかなかった。
「へへ……」
僕が力なく笑うと、リーファは心配そうな顔で見つめながら、僕を握る手をさらに強めた。そして、僕の顔を覗き込むように、さらに顔を近づける。
(僕なんかが救世主なわけないじゃん。昨日だってマンホールに落ちたし、朝はパン落とすし……)
でも、リーファの真剣な瞳を見ていると、なんだか否定するのが申し訳なくなってくる。
(この子、本気で信じてるんだな……)
彼女の透き通るような青い瞳が、僕の視界いっぱいに広がる。その距離は、僕が動けば唇が触れそうなほどで、僕の心臓は警鐘のように激しく鳴り響いた。
「救世主様……? お加減でも悪いのですか?」
その純粋な眼差しに、僕はさらに困惑する。
いや、違うんだ。僕はただ、君の勘違いが面白くて……。
僕がそう言いかけたそのとき、洞窟の奥から、轟音と地響きが響いてきた。
ゴゴゴゴゴ……
「な、なんだ……!?」
僕の言葉を遮るように、洞窟の奥から現れたのは、巨大な二つの角を持つ、禍々しいオーラを纏った黒い影だった。その眼は血のように赤く光り、まるで地獄の業火を宿しているかのよう。
「ガアアアアア!」
魔物の咆哮が洞窟全体に響き渡る。
その影は、まるで地獄の底から這い出てきたかのように、ゆっくりと、しかし確かな足取りで僕たちに近づいてくる。
僕たちは、手をつないだまま、その光景を呆然と見つめていた。 その姿を見たリーファの顔から、一気に血の気が引いた。リーファは心配そうな顔で見つめながら、僕を握る手をさらに強めた。
その勢いで、僕の体がぐらついて——
「うわっ!」
バランスを崩した僕は、リーファにもたれかかってしまう。 彼女の柔らかな体が僕に密着し、甘い香りが鼻をくすぐる。
「きゃっ!」
リーファも驚いて、さらに僕にしがみついてくる。 この状況で魔物が現れるなんて、僕の不運も相変わらずだ。
「ま、魔物……!? どうして、こんなところに……!?」
僕が手にしている石が、かすかに震えた気がした。
(気のせいだろうか?)
僕はリーファの手の震えを感じながら、目の前の魔物を見つめ、ただただ呆然と立ち尽くしていた。




