第16話:天界の記録官と、規則違反な一行(第1節)
クロノスの街を「壁ごと」ぶち抜いて出発してから数時間。
ガッシャン、ガッシャン、ガッシャン……。
魔導戦車『スレイプニル』は、八本の機械脚をリズミカルに駆動させ、一路北へとひた走っていた。
その巨躯に似合わず、振動は驚くほど抑えられており、車内はさながら移動する高級サロンのようであった。
「悠真様、こちらのお菓子もいかが? 王都から取り寄せた最高級の茶葉で淹れた紅茶に、よく合いますわよ」
セレスティアが優雅な手つきで、銀のトレイに載った色鮮やかなケーキをふるまう。
「ああ、ありがとう」
純白の磁器が触れ合う澄んだ音。ふわりと広がるアールグレイの芳醇な香り。
車内には甘い香りが漂い、平和で贅沢な時間が流れていた。
(……すごいな。戦車の中にいるのを忘れそうだ。とても魔王領の国境付近を目指しているとは思えない……)
これから危険地帯へ進軍するとは到底思えないその優雅さに、悠真は思わず感嘆の溜息を漏らした。
「……っていうか、本当に揺れないんだな。これなら紅茶も溢れない」
悠真が感心していると、操縦席から「でしょー!」とドナが身を乗り出してきた。その手には、これでもかとミルクを注ぎ込んだ、真っ白なミルクティーが握られている。
「ドナ特製のサスペンションが効いてるからね! 牛乳たっぷりのミルクティーだって、一滴もこぼさず飲めるんだから!」
「……ドナ、行儀が悪いわよ。それに、そんなに牛乳ばかり飲んで、少しは発育に効果があったのかしら?」
隣で魔力を補充していたリリアーナが、ドナの控えめな胸元をじろりと一瞥し、冷ややかな、しかし楽しげな笑みを浮かべた。
「っ、うるさいリリアーナ! これからなんだよ! 成長期はこれから来るの!」
「ふふ、何年も前から同じことを言っているわね。……残念ながら、その『平原』に春が訪れる気配はなさそうだわ」
「ふふ……。お二人は本当に仲がよろしいのね」
顔を真っ赤にして反論するドナに対し、セレスティアが上品に紅茶を啜りながら、冷静に、かつ微笑ましそうに呟いた。
「べ、別に仲良くねーし」
「そう……ただの腐れ縁ね」
賢者二人の騒がしいやり取りに、悠真は苦笑しながら窓の外へ目を向けた。
窓の外には、ルナの愛馬『銀狼』を軽やかに操り、戦車の横を並走するボニーの姿があった。
スレイプニルの窓越しに見える、冷暖房完備の快適な車内。ふかふかのクッションに座り、お菓子を囲んで談笑する悠真たち。
対するボニーは、北へ向かうにつれて冷たさを増す風に吹かれ、必死に手綱を握っている。その瞳は、隠しようもない羨望の色で潤んでいた。
「……いいですね。皆様、とっても楽しそうで……。わたくしも、あたたかい紅茶を頂きたいです……」
そんな心の声が漏れ聞こえてきそうな、ボニーの表情に気付いたリーファが、「あ、ボニー様!」と窓を開けて身を乗り出した。
「そんなに寂しそうな顔をしないでください! ほら、このケーキ、一口どうぞ!」
「さすがはリーファ様、なんてお優しい……。ありがとうございます!」
ボニーはパッと顔を輝かせ、馬上の不安定な姿勢ながらも、差し出されたケーキを迎え入れようと、嬉しそうに口を開けた。
「いただきます。あーん……」
甘いイチゴの香りが鼻先をかすめ、至福の瞬間が訪れるはずだった、その時――
ピカッ――!
突如として、何の前触れもなく空から強烈な閃光が降り注いだ。
「っ!? 眩しっ!?」
まるで空が割れたかのような眩い光に、全員が思わず目を細める。
「あ……」
光に目がくらんだリーファの手元が大きく狂い、ボニーの目の前で、
――ポトリ。
ショートケーキは、あろうことかボニーの胸元にべちょりと着地した。
「……あああ……わたくしのケーキが……」
ボニーは胸元に鎮座した無残なケーキを見つめ、絶望に打ちひしがれた。
だが、悲劇に浸る時間は与えられなかった。
上空から降り注ぐ光はさらに密度を増し、スレイプニルの直上に、この世のものとは思えない巨大な魔法陣を描き出す。
「な、なな、な、なんですのこれぇぇ~っ!?」
ボニーはケーキも忘れ、天を仰いで絶叫した。
やがて、魔法陣から光の柱が降り注ぎ、人影がゆっくりと舞い降りる。
「あれは……?」
悠真たち一行も神々しい光景に圧倒され、車窓から視線を奪われた。
降り注ぐ光の熱にあてられ、ボニーの胸元の布地で受け止められたショートケーキが溶け始める。
ドロリ……。
しっかりと閉じられたはずの衣装の上で、その豊かな膨らみが強調されるようにクリームが広がり、
ツツ……ツツツ……。
真っ赤なイチゴがその曲線に沿って、ゆっくりと滑り落ちていく。
天上の神威と、目の前の奇妙なハプニング。
ボトリ……。
その対比の中で、光の主が静かに大地へと降り立った。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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