第13話:残念なぼくを罵る、容赦なき賢者たち(第2節)
悠真は、自称「妹」のドナに腕を組まれ、呆然としていた。
「それじゃあ、さっそくだけど、お兄ちゃん。こっちで、ドナの研究を手伝ってよ」
ドナは悠真を工房の奥へと引っ張っていく。
「おいおい、ドナ。そんなに引っ張るなって」
悠真は口では文句を言ったものの、妹そっくりの少女に「お兄ちゃん」と甘えられたことへの嬉しさで、顔が少し緩んでいた。
セレスティアは腕を組み、静かに二人の様子を見届けながら、冷たい笑みを浮かべた。
「ほう…楽しそうですわね、ゆうゆう。可愛い妹ができて、さぞかし本望でしょう」
リーファも皮肉めいた声で同調する。
「そうですよ、悠真さん。『お兄さま』という大役を任されたのですから、しっかりと妹の力になってあげるのが、兄の役目ですよ。頑張って強力なさって下さい」
賢者への協力という大義名分の前に、二人して研究の協力を応援してくれたようだが、その目は笑っていなかった。
「お姉ちゃんたちも、ちょっとだけ待っててね!」
ドナはセレスティアたちにニコッと笑いかけ、悠真を工房の一室へと連れて行った。
ドナは工房の一室に入ると、まず悠真に簡素な金属製の椅子を指さした。
「ほら、お兄ちゃん。そこに座ってちょうだい」
ドナの勧めで悠真が椅子に座ると、ドナは作業台から頑丈な革のベルトを持ち出した。
「な、なんだ、ドナちゃん…?いったい、何をするの…かな?」
悠真は、急に不安を覚えた。
「うふふ。ちょっとだけ、じっとしててね」
ドナは手際よく、革のベルトで悠真の手首と足首を椅子に固定し始めた。
「ド、ドナ?いったい、何を始める気だ?」
悠真は全身を拘束され、激しく不安になった。
「お兄ちゃんが暴れちゃうと、危ないからさ」
ドナは悠真の顔を覗き込み、ニッコリと純粋無垢な笑顔を向けた。
「な、な、何をする気だ?!やめろ、解放しろ!」
悠真は激しく抵抗しようとするが、手足を縛ったベルトは固く縛られ、びくりとも動かない。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ドナは痛いことはしないから。……たぶんね?」
その言葉は、悠真の不安を何倍にも膨らませた。
ドナは満足そうに頷くと、悠真の首元に掛けられた運命の石に手を伸ばした。
「お兄ちゃんの石、あったかい…じゅるり」
ドナは、石の感触を指で確かめると、目を輝かせながら、熱く語りかけた。
「やっぱりこの石、お兄ちゃんの感情にも、すっごく連動してるんだよ!だから、お兄ちゃんがビックリしたりすると、魔力が暴れちゃうはずなんだ!」
そう言うと、ドナは悠真の目の前で、巨大な鉄のハンマーを振り上げた。
「じゃあ、いくよ、お兄ちゃん。じっとしててね」
「うわあああ!ま、待てっ!危ないだろ!」
ドナは、そのハンマーを、悠真の頭上に向けて振り下ろす。
ドスンッ!
「うぎゃあぁ!!!!」
巨大な鉄のハンマーは、悠真の髪の毛を僅かにかすめ、凄まじい轟音とともに、床に叩きつけられた!
悠真は拘束されたまま、恐怖で全身を硬直させた。悠真が動揺すると、運命の石は微かに輝き、さらに熱を帯びる。
「お兄ちゃん、すごい!ナイスリアクション。魔力反応が想像以上だ!面白いね、これ」
ドナは、悠真の腕にしがみついて大喜びしている。
「あ、あぶないだろ、ドナ?もう、やめなさい」
「えー、なんでぇ?お兄ちゃん。もうちょっと遊ぼうよ♡」
ドナは、悠真の腕に頬を摺り寄せ、甘えた声でおねだりをしてくる。
口では抵抗するものの、まんざらでもなさそうな悠真の態度に、隣の部屋から様子をうかがっていたセレスティアとリーファの表情が、徐々に曇り始めた。
「……ゆうゆう、ドナ様との距離が近すぎますわ。妹ごっこに夢中なのは結構ですが、婚約者の私を忘れていませんか?」
セレスティアが腕を組み、不機嫌そうに口元を尖らせた。
「そうですよ、悠真さん。実験とは言え、あんなに密着する必要はないでしょう……」
リーファも嫉妬を隠さない。
「そんなこと言われても、僕は身動きが取れないんだが…」
その時、工房の入り口から、ミント色のストレートロングの髪に、紫色のローブを纏った長身のエルフが姿を現した。
「あら、こんなところで面白いことをしているのね?」
彼女は、赤紫色の瞳で睨みつけるように、ゆっくりと悠真の居る奥の部屋に歩み寄った。
「あなたは、賢者リリアーナ?!」
セレスティアが、思わず口にする。
エルフの女性リリアーナは、何やらパンパンに膨らませた麻布の鞄を身に着けて来たようだ。そして、悠真の前まで来ると、そのジト目で観察する。
「私の研究所で、古い魔導書を詳しく調べ直したわ。やはり、あなた…異世界からきた『救世主』で間違いないようね。さっき見せてもらった、あなたと石の魔力変調も、とても興味深いわ…フフフ」
やがてリリアーナは、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ドナ。私もその実験に参加させてくれるかしら? 彼の魔力変調は、私の呪文構築の実験にも使えるかもしれないわ」
ドナはしばらく、黙ってリリアーナを見ていたが、すぐに顔を輝かせた。
「オッケー、リリアーナ!二人で協力して、お兄ちゃんの魔力をもっともっと引き出しちゃおう!」
ドナとリリアーナ、二人の賢者の探求心は、悠真を間に挟み、互いに顔を見合わせて邪悪な笑みを交わした。
「じゃあ、リリアーナ。まずは小手調べに、これなんかどう?」
ドナは羽根ぼうきを四本取り出すと、そのうち二本をリリアーナに預けた。
「ふふ、悪くないわ。腕が鳴るわね」
ドナとリリアーナは、羽根ぼうきを両手に一本ずつ持ち、悠真に近づける。そして、悠真の脇腹や首筋に羽根ぼうきを這わせ、くすぐり始めた。
「ひゃっ!?」
悠真は拘束されたまま、笑いを必死にこらえる。
「や、やめろ、ドナ!くすぐったい!」
悠真の訴えに反応するように、運命の石がチカチカと不規則に光った。
「ウフフ!そう、これよ、これ。この魔力の揺らぎ…、面白い。次は私がやるわ」
リリアーナは悠真の頭部に近づき、彼の髪の毛を一本、ためらいなく引き抜いた。
「あいたっ!い、いきなり、何するんだ?!」
悠真の怒りと痛みで、さらに魔力を放出する石に触れながら、ドナは更に興奮した。
「お兄ちゃんのこれ、すごい。ものすごく熱いよ」
そして、リリアーナは、杖を悠真の胸元にそっと触れさせた。
「さあ、お兄さん。次は魔力の反応を確かめるため、私の魔力を直接流し込むわよ」
リリアーナは、悠真の体内に微弱な魔法の電気ショックを流した。
「ビッ……ギョアアアアア!!!」
賢者二人の苛烈な実験により、運命の石は激しい光を放った。
「もう勘弁してくれ!セレスティア!リーファ!助けてくれ!」
悠真は隣の部屋に向かって、悲鳴のような叫びを上げたが、セレスティアとリーファは、嫉妬心で顔を歪ませながら、冷たい視線を向け合うと、悠真を見捨てることを選んだ。
「うるさいですわ、ゆうゆう。新しい妹と、気の合うお友達と、ベタベタ楽しそうではありませんか」
セレスティアは嫉妬を隠さない。
「ええ。その石の鑑定が終わるまで、私たちは休憩させていただきますね」
リーファは、静かに目を閉じ、ゆっくりとお茶を飲み始めた。
「嘘だろ?は、薄情もの〜!こ、こら、お願いだから、やめてくれ…っ!」
二人の賢者による容赦のない「いたずら」は、悠真の精神を極限まで追い込んだ。
その結果、運命の石は、これまでにない強烈な輝きを放った。リリアーナの赤紫色のジト目は、その光景を冷静に凝視した。
「…ちょっと、覗いてもいいかしら?」
リリアーナは、肩にかけた麻布の鞄から、手のひらサイズの水晶玉を取り出した。彼女は、それを悠真の額に押し付け、すぐに魔力を込めた指先を悠真のこめかみにそっと触れさせた。
その瞬間、リリアーナの水晶玉に、まるで幻燈のように鮮やかな映像が映し出された。
「……見えたわ!お兄ちゃん!何か見えたよ!」
水晶玉に映し出されたのは、光を反射して輝く、深く薄暗い洞窟のような景色だった。
「こ、この映像は…!」
ドナは水晶玉をのぞき込むと、洞窟の壁面に埋め込まれた美しい鉱石を発見し、興奮して叫んだ。
「この映像!この鉱脈!間違いないわ!これは……伝説のミスリル鉱だ!ドナの工房に代々伝わる、秘伝の設計図に載っていた素材…。伝説の魔道具に必要な素材だよ!」
ドナは、映し出された鉱石を見た瞬間にその価値を察知した。
「ほう、ミスリル…。魔術の研究に使えそうね。凡人、もうちょっと良く見せなさい」
リリアーナも興味を示すと、ふたたび悠真の髪の毛を一本引き抜いた。
「あいたっ!」
すると、映像はさらに切り替わり、洞窟の外の、緑の木々が生い茂る山の中が映し出された。リリアーナは、映し出された景色を分析し、冷静に断言した。
「この景色、間違いないわ。この場所は、私の山麓魔導研究所の近くだわ」
隣の部屋でまったりとお茶をしていたセレスティアとリーファは、その興奮した会話を聞きつけ、悠真たちのもとへ歩み寄ってきた。
「それは、救世主様のお導きです!」
リーファが興奮しながら、二人の賢者にそう告げると、リリアーナは腕を組みながら、自らの解釈を重ねた。
「つまり、この現象は、古い魔導書が示す運命の導き…。そして、この映像が示すのは、ドナがその場所へ強く導かれているということね」
ドナは、嬉しそうに飛び跳ねた。
「わーい!お兄ちゃん、すごい!まるで、ドナの宝の地図みたいだね!」
悠真は、肉体的、精神的な極限状態にありながら、目の前で繰り広げられる賢者たちの会話を、ただ呆然と聞いていた。
「……ああ、そうかよ。よかったな、宝の地図が見つかって……。だから、もうどうでもいいから、頼むから、俺を解放してくれ……」
悠真の懇願は、次の計画を立て始めた賢者たちの耳には、全く届かなかった。
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