第11話:南方への旅路と、見つめる影(第3節)
「グガアアア!」
悠真の異変とともに、行く先に禍々しい黒い光が現れたその直後、山道に張り詰めていた空気が、数十、数百という魔物の咆哮によって引き裂かれた。
土煙が舞い上がり、周囲の茂みから、ゴブリンやオーガといった魔物の群れが、怒涛の勢いで一行を取り囲み始めた。彼らの数は、われわれ四人だけではとても勝ち目はない。
「なっ!まさか、待ち伏せを!?」
セレスティアの顔から、先ほどの嫉妬の怒りが一瞬で消え去り、緊張の色に変わる。
「ゆうゆう、立てるかしら?ほら、わたくしが肩を……」
「う、うん……」
セレスティアは即座に行動し、よろめく悠真を馬に乗せようとする。
「わたくしも、お手伝いをいたします」
リーファも手を貸そうとするが、
「いいえ、あなたも早く馬に」
セレスティアは拒絶し、隣にいるボニーへ鋭い目配せを送った。
「リーファ様!は…早くこちらへ!」
その声に、リーファはハッと我に返り、慌ててボニーの馬へ飛び乗った。
「ゆうゆう。今は黙って、わたくしに掴まっていらっしゃい!」
馬の背にまたがった悠真は、今度はセレスティアの腰にしっかりとしがみついた。今は素直に、セレスティアの指示に従うべきだろう。
ボニーは、背後で体勢を整えたのを確認すると、背中のリーファに声をかける。
「リ、リーファ様。援護をお願いしますっ…!」
リーファは、ごくりとつばを飲み込むと、錫杖を強く握りしめ、覚悟を決める。
「はいっ!いつでも、どうぞ!」
「姫様、我々が進路を切り開きます!」
と叫ぶと、魔物の群れの中で最も手薄そうな方向へ狙いを定め、馬を突進させた。
ボニーの馬が、その恐怖を乗り越えるかのように群れに突っ込むと、剣を振り回し、先頭のゴブリンを切り倒す。
「ボニー様、そちらへ!」
リーファは、即座に詠唱を終えると、ボニーが切り開いた進路の前方に、風の刃を連続して放ち、魔物の動きを鈍らせ、その進路を広げる。
「追従しますわ!悠真様、しっかり掴まっていらっしゃい!」
セレスティアも、必死にボニーの後に続き、魔物の包囲網を見事に突破した。
なんとか魔物の包囲網から逃走に成功した一行だが、魔物の群れはすぐには諦めない。二頭の駿馬により、魔物との距離は少しずつ広がるものの、後方からは弓兵が追いつき始めている。
「セレスティア様!わたくしが殿をお引き受けします! 悠真様とリーファ様は、構わず先に!」
ボニーが剣を血に濡らしながら叫んだが、セレスティアは即座に拒否した。
「いけません!構わず先に進みなさい!とにかく逃げるのよ!」
セレスティアは叫び、逃走に専念するよう強く命令した。
その時、後方から魔物の弓兵が放った数本の弓矢が飛来した。
ヒュッ!
そのうち一本の弓矢がセレスティアの頭のすぐ横をかすめ、悠真は間一髪でその危機を察知した。
「うわっ!」
驚きと恐怖で慌てた悠真は、セレスティアを両手でぎゅっと掴みしがみつき直した。
「ひゃっ!どこを触ってるの!」
悠真は必死のあまり、無意識にセレスティアの脇腹を両手でつかんでいた。
「うわっ、ご、ごめんなさい!」
くすぐったさと驚きで、セレスティアが思わず体をよじる中、後方の魔物により、弓矢と投石による攻撃が続き、雨あられのように飛来してくる。
「ゆうゆう、くすぐったいわ!離しなさい、キャッ!」
その結果、馬は大きく左右に蛇行し、飛んできた弓矢や投石の攻撃を、偶然にも次々と回避する。馬の激しい蛇行に振り落とされまいと、悠真はさらに力を込め、セレスティアのお腹をきつくつまむようにしがみついた。
「いけません、そこは!ああっ...んん!」
セレスティアは体をよじった。昨夜の宴で、同じようなハプニングがあったばかりなのに、また…!
恥ずかしさと怒りと、そしてくすぐったさに艶めかしい声を漏らしながらも、その不規則な蛇行運転によって、飛来する攻撃をかわし続けた。
十数分ほどの逃走の末、ボニーとセレスティアの駿馬によって、魔物の弓矢が届かないほど、距離は広がった。
セレスティアは、安堵から深く息を吐き出すと、すぐさま背後の悠真に囁いた。
「……よかったわ。これで、一旦は逃げ切れたようね。ねえ、そろそろわたくしの横腹から手を離していただけるかしら?」
悠真はハッと我に返った。自分の両手が、先ほどまで艶めかしい声を上げさせていた、セレスティアの柔らかな横腹に食い込んでいたことに気づき、顔を真っ赤にして手を離した。
「す、すみません!無我夢中で……!」
「よ、よろしくってよ。それより、まだ油断できません。なるべく先に進んで、距離を取りましょう」
そう言って、再び馬を走らせると、視界が開けた場所で、馬たちは悲鳴を上げて一斉に脚を止めた。
「な……っ」
眼の前には、まるで大地が引き裂かれたかのような、幅数十メートルにも及ぶ巨大な地割れが出現していた。その谷底は見えず、地割れの向こう側へは進めない。
「嘘でしょ……行き止まりですの!?」
セレスティアが絶望の声を上げた。逃げ場は完全に断たれた。
「あわわわ……完全に袋のネズミです!このままでは…!」
ボニーの顔は恐怖に引きつり、その肩は小刻みに震えていた。
背後からは、先ほどの魔物たちの群れが、弓矢や投石の構えを取りながらゆっくりと迫ってきている。
ボニーの大きな瞳には今にも零れ落ちそうな涙が浮かび、声も震えていた。
「こ、こうなったら、私が囮になって逃げるしか方法が……。まさか、ソフィア王女の冗談が、現実になる日が来るなんて……。お、お母さま、先立つ不孝をお許しくださぁい…」
絶体絶命のその時、ポツ…ポツ…と、空から雨粒が落ちてきた。
セレスティアは、自分の頬に当たる雨粒の冷たさを感じながら、その雨粒が地割れの空間に落ちるのを見つめていた。
ポツ…ポツ…パチィン!
地割れの谷間を落下するはずの雨粒が、地面に触れた瞬間に水滴のように弾け飛んだ。セレスティアは、その異常を見逃さなかった。
(水が……弾け飛んだ?まるで透明な壁にぶつかったような。これはつまり――)
セレスティアの目が鋭く光った。
「ボニー、あなた見かけによらず勇敢ね。でも、その必要はないわ。」
セレスティアは、迷うことなく強く手綱を握りしめ、皆に向かって叫んだ。
「わたくしを信じ、馬を走らせなさい! 雨粒が地面で弾けました!これは何者かによる幻術ですわ!」
「えっ!?セレスティア様!?」
ボニーとリーファが驚きの声を上げる中、セレスティアは、強く手綱を握り、愛馬『銀狼』に命令した。
「さあ『銀狼』、行きますわよ!」
『銀狼』は一瞬たじろいだが、セレスティアの強い意志に押され、巨大な地割れに向かって勢いよく駆けた。
リーファとボニーは、一瞬の躊躇のあと、セレスティアが地割れに消えるのを見て、信じられない光景に目を丸くしながらも、その後に続いた。一行は、無事に地割れを通り抜け、そのまま逃走を再開した。
後方から駆けつけてきた魔物の群れは、眼前の巨大な地割れに面し、幻覚を本物と信じて立ち往生した。魔物たちは、自分たちが必死に追い詰めた獲物が、なぜ目の前の谷に落ちていかないのか、理解できずに混乱していた。
その頃。
一行から遥か遠く、ヘルヘイム山脈のふもと近くに建てられた、寂れた古い塔の内部。
無数の奇妙なランプが灯る薄暗い部屋で、魔王軍幹部のひとり『幻影のブルーメ』が魔法の水晶玉を眺めていた。彼女の背後には、深淵の輝きを放つ幻影の獣が、まるで彼女の影のように寄り添っていた。
水晶玉の中には、地割れを突破し、逃走を再開した直後の悠真たち一行の姿が映し出されている。
「フフフ……。早くお会いするのが楽しみだわ」
彼女は静かに水晶玉を見つめると、薄く、不気味な笑みを浮かべた。
「残念な救世主様……」
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