第11話:南方への旅路と、見つめる影(第2節)
『銀狼の牙城』を後にした悠真たちは、ヴァルハラ傭兵団が整備した緩やかな下り坂の道を南へ進んでいた。
ルナから愛馬『銀狼』を借り受けたセレスティアは、誇らしげに馬に跨がり、凛とした姿勢で悠真たちを率いていた。
「さあ、悠真様。わたくしの馬にお乗りくださいな。わたくしが、未来の王妃として、責任をもってあなたをお乗せしますわ」
悠真を乗せた傭兵が去ったため、悠真とリーファは、セレスティアかボニーの馬の、どちらかの後ろに乗る必要があったのだ。悠真がセレスティアの馬に近づこうとした、その時。
「お待ちください、セレスティア様。また、悠真様をセレスティア様の馬の後ろに乗せるなんて、ずるい……いや妥当ではありません!」
リーファが静かに異議を唱えた。リーファは不満そうに口元を尖らせ、その瞳には、拗ねたような色が濃く浮かんでいた。
(また始まった……)
ボニーは自分の馬に跨がりながら、溜息をついた。
「なぜですの?悠真様はわたくしの『婚約者』で、正式に婚約の儀を交わした仲ですわ。彼がわたくしの馬の後ろに乗るのが、最も正当な場所でしょう」
セレスティアがすかさず反論する。
リーファは声を潜めた。
「でっ…でもっ!思い出してくださいませ。先日、悠真様を乗せた馬が暴走したことを。悠真様が発動させる『不幸な予知』は、時に周囲の馬に影響を与え、危険な突発事態を招きます。王女様を危険に晒すわけにはいきません」
セレスティアの顔が一瞬こわばると、リーファは続けて言った。
「ですから、ボニー様の馬の後ろに乗るべきです。わたくしがセレスティア様の馬に乗り、悠真様がわたくしの席にお座りになるのが、安全面からも最善です」
だが、この提案を聞いたボニーが、青ざめた顔で小さく震え始めた。
「あ、あの……リーファ様。その、わたくしの馬の後ろに、悠真様を……ですか?」
「ええ、ボニー様。あなたなら、騎士として悠真様の不運にも冷静に対応できるはずです」
ボニーは顔を左右に激しく振り、小さく悲鳴を上げた。
「い、いえ!無、無理です!わたくしの馬が、もしまた暴走したら……しかもこの変態、次は何をされるか分かりません! 悠真様は、セレスティア様の馬の後ろにお願いします!」
ボニーは、騎士としての冷静さを失い、安全を優先して悠真を乗せるのを拒否したのだ。
(……何かひどいこと言われたような気がする。あと、騎士としての尊厳とかないのか、この人)
セレスティアは勝利を確信し、冷たい笑みを浮かべた。
「フフ…ご覧なさい。ボニーも畏れ多いとおっしゃってますわ。わたくし達は、世界の危機を救う『救世主様』をお連れしているのです。未来の王妃であるわたくしが、責任をもってあなたを乗せますわ」
どうやらセレスティアは、ボニーの罵倒をいいように解釈したようだ。
セレスティアは振り返り、頬を赤らめて囁いた。
「さあ遠慮せず、わたくしにしっかりつかまってくださいな。道中は揺れますから」
悠真は、以前、セレスティア様につかまろうとしたことで馬の暴走を招き、危機的状況に陥ったことを思い出した。
「いや、また馬が暴走するといけないから……」
彼はセレスティア様の細い腰ではなく、馬具の鞍を強く握りしめた。セレスティアは悠真の控えめな行動を見て、口元を緩め、少し残念そうな表情を浮かべた。
「ふふ。照れ屋さんですのね。さあ、わたくしの勇敢な照れ屋の騎士さん、参りますわよ!」
こうして悠真は、セレスティアの後ろに乗り込むことになった。リーファは不満を抱えながらもボニーの馬の後ろに乗り、ボニーはセレスティアと悠真を護衛するため、やや後方に並んだ。
しばらくして、隣のやや後方で並走するボニーは、ルナからもらったミサンガを見て、僕に話しかけた。
「悠真様。そのミサンガ、きれいなお守りですね。わたくしにも見せていただけますか?」
悠真は、銀の編み紐のミサンガが巻かれた手首を向けると、その青白い石をボニーはじっと見つめた。
「これはムーンストーンですね」
ボニーは淡々とした口調で言った。
「ボニーさん、詳しいんですね」
「はい。わたくしの母が、宝飾品の鑑定を趣味にしておりまして…幼い頃から、様々な石の意味を教わっていたのです」
ボニーは得意げに、話しを続ける。
「月の光を宿し、特に獣人族にとっては、再会や愛を願うお守りとして知られています。旅立つ者に贈る際、『次の満月の夜に、恋人や愛する人と無事再会できるように』という願いが込められる、由緒ある石ですよ」
その言葉を聞いたセレスティアの顔から、サッと血の気が引いた。
「それに、この銀色の編み紐……これは、ルナ隊長の毛並みのような色をしていますね。獣人族の古い風習で、地毛を編み込んだミサンガを贈る風習があると聞きますが……」
(恋人…再会を願う石…ルナ様の毛を編み込んだミサンガ…そんな獣じみた風習で悠真様を誘惑するなんて…!)
セレスティアの背後に座る悠真は、その華奢な背中が小刻みに震えているのを感じた。
悠真は心配になって声をかけた。
「あの、セレスティア様?大丈夫ですか?」
その瞬間、セレスティアの中で何かがプツンと切れる音がした。
(わたくしは婚約者ですのよ!正式な!なのに、なぜ悠真様はそんな意味深なものを嬉しそうに腕につけているのですか!)
セレスティアは馬上で大きく息を吸い込むと、わざと強く手綱を引いた。
「さあ『銀狼』、ご主人様の命令を見せてあげなさい!」
「ヒヒィーン!」
『銀狼』は突如、前肢を大きく上げ、荒々しい嘶きを上げた。背後に乗っていた悠真は、突然の急角度に体勢を崩し、セレスティアにしがみつく間もなく、重力に従って馬の背から地面へと勢いよく振り落とされた。
「ギャッ!」
突然の衝撃で、悠真は傭兵の馬の背から地面へと勢いよく振り落とされた。幸いにも道は土で柔らかかったが、悠真は数回転がって泥まみれになった。
「な、何をするんですか、セレスティアさん!」
悠真が戸惑って叫ぶ。
セレスティアは優雅な笑顔の裏に、冷たい怒りを隠していた。
「反省なさい、浮気者!ルナ様からもらったミサンガを嬉しそうに見せびらかして…わたくしの気持ちも知らないで!」
セレスティアは頬を膨らませた。
「しばらく、その汚れた服と一緒に、自分の行いも洗い流すつもりで走ってついてらっしゃい!」
「えぇ~、理不尽な!」
セレスティアはそのまま馬を進めてしまい、リーファとボニーは困惑しながらも彼に並んで進み始めた。ボニーは顔を青くして、走り始めた悠真に近づき、囁き声で尋ねた。
「悠真様、わたくし、何かまずいことを姫様に言ってしまったのでしょうか?なぜ、急にあんなにお怒りに……?」
ボニーは、どうやら事態を全く理解できていなかったようだ。
悠真は仕方なく、泥まみれのまま姫たちの馬の後ろを必死に走り始めた。
「はぁ…はぁ…せ、セレスティア様、もう許してください…」
悠真が息を切らしながら訴えても、セレスティアは馬を緩めない。
「まだまだですわ!反省が足りませんわよ!」
その時だった。
ズンッ!
と、まるで内臓を鷲掴みにされたかのような強烈な悪寒が彼を襲った。
「う、うぐ…っ」
悠真の胸ポケットにある『呪いの石』が、かつてないほど激しく、心臓の鼓動と同期して脈動し始めた。脈動するたびに、血の気が引き、強烈な吐き気と目眩が悠真を襲う。
悠真はその場にうずくまり、両手で胸ポケットを強く押さえた。
「はぁ…はぁ…っ、なんだ、これ…!」
悠真の異変に気づいたセレスティアは即座に引き返し、リーファも彼を心配し馬から降りて駆け寄った。
「悠真様!どうなさいましたの!?」
セレスティアは馬から降り、慌てて彼に触れようとする。
「悠真様、顔色が真っ青です!」
リーファも不安そうに声を上げた。
その時だった。
彼らが進む道の先、ヴォルク山脈の稜線のさらに奥。暗い山脈の奥地のはずの空間に、一瞬だけ禍々しい、煤けたような黒い光が、地を這うように煌めいた。
それはあまりにも異様な光景で、その場にいた全員が言葉を失った。
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