第11話:南方への旅路と、見つめる影(第1節)
翌朝、早朝の冷たい空気を震わせるルナの大声が、悠真を覚醒させた。
「おい、いつまで寝ている! 貴様らには南方の技術都市まで行く使命があるのだろう。さっさと起きろ!」
悠真は慌てて飛び起きた。周囲では、ヴァルハラ傭兵団の面々が、既に素早く野営地を畳む準備を始めていた。焚き火は細い煙を上げているだけで、昨夜の熱狂は遠い夢のようだった。
「ひゃあ……さむっ」
リーファは寒さに身を縮め、自分の肩を抱いた。セレスティアも優雅な仕草ながら、吐く息が白いのを見て、寒さを感じているようだった。
悠真は、隣に立っていたボニーに話しかけた。
「おはようございます。本当に冷えますね」
「おはようございます、悠真様。このヴォルク山脈の夜明け前は、空気が張り詰めますから。お風邪を召されませんように……おや?」
ボニーはそう言いながら、悠真の顔を見て、ハッと目を見開いた。
「悠真様、その頬は……? 赤く腫れていますが、どうなさいましたか?」
ボニーの指摘に、リーファとセレスティアも顔を近づけてくる。
「まあ、悠真の頬が!どうしたんですの?誰かに殴られたのですか?」
セレスティアが心配そうに尋ねる。
悠真は、昨夜ルナに平手打ちされた痛みを思い出し、慌てて頬を押さえてごまかした。
「い、いえ!大丈夫です、これは!寝ている間に、多分、虫に刺されたんだと思います!ええ、たぶん、大きな蚊です!」
悠真の不自然な言い訳に、三人の美女たちは不思議そうな表情を浮かべたが、それ以上追及はしなかった。
僕たちが雑談をしている間に、野営地はあらかた片付き、出発の準備が整えられていた。
ルナは馬に跨がり、悠真たちに向かって声を上げた。
「貴様ら、馬車がないのだろう? オレたちが、途中の本拠地まで送り届けてやる。この先もまだ長いからな。さあ、乗れ!」
ルナの指示により、食料用の大きな荷台を座席にあしらえてもらい、リーファとセレスティアが、乗せてもらうことになった。悠真は、屈強な傭兵の馬の背に乗せてもらい、ボニーは自分の馬に跨がる。
ルナはそのまま傭兵団を率いて先導し始めた。傭兵団の数十騎が周囲を固める中、悠真たちはヴォルク山脈の朝靄の中を移動した。
夜明け前の山道は冷え込み、湿った空気が肌を刺すようだった。ルナの銀色の髪と尻尾は朝靄の中に溶け込み、その背中はただひたすらに凛々しい。
悠真を乗せた古参傭兵が、ニヤニヤと楽しそうに笑いながら話しかけてきた。
「へっへっへ。旦那、昨日の夜は派手に暴れてくれたな。久しぶりに、大笑いしたぜ」
「え、あ、すみません。ご迷惑を……」
悠真が慌てて謝罪する。
「いいってことよ!ところであんた、どっちが本命なんだい?」
傭兵は声を潜め、ルナに聞こえないように耳打ちする。
「そりゃ、清楚な巫女さんか?それとも高貴なお姫様か?どっちも甲乙つけがてぇ美女だ。旦那、昨日のあれは男の鑑だぜ!」
「い、いや、あれは本当に事故で…っ」
悠真は赤面し、返答に困った。
傭兵は構わず、隣の女騎士を横目で見ながら、さらに声をひそめた。
「それとも、あの騎士さんか? うちの犬姫様にも引けを取らねぇ、立派な大きさだぜ。騎士様があんなに恥ずかしがってる姿を見ちまったら、そりゃあ…」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間、悠真の横の馬に乗っていたボニーの顔が、嫌悪感と怒りで真っ青になった。
「…いやらしい。悠真様、こっちを見ないで変態!」
ボニーは悠真を睨みつけ、罵声を投げかけた。
(え、えぇ〜)とんだ冤罪だ。
「ハッハッハ!」
古参傭兵が大笑いした瞬間、先頭を走っていたルナが、馬を止めることなく、低い声で後ろにいる傭兵を牽制した。
「何をくだらん話をしている。前を見ろ」
ルナの冷たい声が響き渡ると、古参傭兵は慌てて口を噤み、額の汗を拭った。周囲の傭兵たちも一斉に静かになった。
(ルナさん……怒っている?)
静まりかえった朝靄の中、ルナの冷たい横顔を見つめながら、昨夜の泉のほとりでの出来事を思い返した。月明かりに照らされた銀色の耳、そよ風になびく銀色の髪、平手打ちの痛み、そして最後にルナが残した熱い感触。それは、まるで熱病のような一瞬の夢だったかのような……。
自分がこの異世界に来たこと、リーファやエリザ、セレスティアとの出会い、洞窟や王都での出来事、それから、ボニーにルナさん、この旅の出来事など……。
(僕は、長い夢でも見ているのだろうか……)
この赤くはれた頬の痛みさえ、いまだ冷めやらぬ昨夜の熱狂のように思える。まるで自分がまだ元の世界で寝ていて、壮大な夢を見ているのではないかという錯覚に囚われていた。
やがて一行は、山道から開けた場所へ出た。
「おっ!見えたぜ、旦那!あれがオレたちの牙城だ!」
悠真を乗せた傭兵の叫び声に、目を覚ます。いつの間にか、馬の背で寝ていたようだ。
目の前には、巨大な岩壁を背景に建てられた、ヴァルハラ傭兵団の本拠地『銀狼の牙城』がそびえ立っていた。
ルナは馬を止め、振り返った。その黄金色の瞳が、悠真をまっすぐに見つめる。
悠真は皆に丁寧に頭を下げた。
「皆さん、本当にお世話になりました。皆さんの温かい気持ち、忘れません」
古参の傭兵たちが「元気でな!」「また会おうぜ!」と声を上げ、悠真の肩を力強く叩く。
ルナはクールな態度を装いながらも、悠真を見つめたまま、静かに言葉を漏らした。
「フン。お前がいなくなると、退屈になるな」
その瞬間、昨夜の月明かりの下での出来事が、悠真の脳裏をよぎった。柔らかく、温かかった感触。ルナの唇が……
(やば、思い出しちゃダメだ!)
悠真が慌てて視線を逸らすと、ルナの銀色の尻尾がピクリと跳ねた。
その瞬間、リーファとセレスティアは顔を見合わせ、リーファが小声でセレスティアに囁いた。
「ね、ねえセレスティア様...ルナ様、なんだか怪しくない? 悠真様も頬を隠して、昨日、何があったのかしら…」
セレスティアは扇子で口元を隠しながら、ルナと悠真を交互に鋭く観察した。
「ええ、リーファさん。非常に怪しいですわ。あとでじっくり、尋問が必要かしら?」
ルナは気にせず、セレスティアに視線を移した。
「悪いが、見送りはここまでだ。ここから先も山道が続くが、気を付けて行け」
ルナはそう言って、別れの餞別を差し出した。
「馬車を手放したのだろう。ここから先は山道が続く、徒歩ではきついだろう」
ルナは、隣に立っていた古参傭兵に指示を出し、彼が手綱を引いていた一頭の駿馬をセレスティアに譲った。それは、ルナの愛馬『銀狼』だった。
「私の馬を貸してやる、これを使え」
ルナはセレスティアに手綱を渡した。
「ま、まあ!ルナ様のご愛馬を、私に!ありがとうございます!」
セレスティアは驚きと喜びを抑えきれず、愛馬『銀狼』のたてがみを撫でた。
「こいつも癖があるが、脚は速い。だが、姫のあの馬裁きならば、難なく乗りこなせるだろう。」
「ま、まあ、私にかかれば、どんなじゃじゃ馬も余裕ですわ。ほほほ……」
次に、ルナは懐から取り出したものを、悠真に投げ渡した。それは、細い銀色の編み紐に、青白く神秘的な光を放つ石が装飾されたミサンガだった。
「ただのお守りだ。不幸なお前には、ぴったりだろう」
その言葉を紡ぐルナの朝焼けに濡れたような、わずかに腫れた艶かしい唇に、悠真は視線を奪われていた。
「どうかしたのか、ユーマ?」
ルナの声に視線を上げると、隠しきれない心配の色が宿っていた。悠真は、ルナの不器用な優しさに、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ルナさん、ありがとうございます!」
悠真はその場でミサンガを左手首にしっかりと結びつけた。
悠真たちはルナと傭兵団に深々と頭を下げた。
ルナは馬の首を返し、その背中で手を軽く振る。
「…達者でな。ユーマ」
悠真たちは、ルナと傭兵団の面々に見送られながら、次の目的地である南方の技術都市クロノスを目指して、再び旅立つのだった。
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