第10話:勝利の美酒と、月明かりの美女(第2節)
ボニーの絶叫が夜空に響き渡る中、酒樽に吹き飛ばされた三人は、文字通り折り重なって地面に倒れていた。
僕の顔は、酔ったリーファの豊かで柔らかい胸に抱きしめられ、更に上からは、セレスティアの小さな体が、腰のあたりにぴったりと密着し、身動きが取れない。
「く、苦し……ッ!セレスティア様、リーファさん!ど、どいて!」
悠真が助けを求めるように視線を送った先に、ルナがいた。ルナは、先ほど尻尾を踏まれ冷静さを失っていたが、ここでアルコールが回り始めたらしい。
ルナは、悠真たちが重なり合っている様子を見た瞬間、体内の獣人族の古い本能が疼きだすのを感じた。彼女の故郷では、仲間同士が重なり合い、転がり合うのは「親愛のスキンシップ」を意味した。彼女の瞳は獲物を見つけたかのようにキラキラと輝き、銀色の尻尾が興奮でブンブンと揺れた。
「お前たち、ずるいぞ!私にも混ぜろ!」
ルナはそう叫ぶと、「グルルル」と楽しげに喉を鳴らしながら、そのままドスンと三人の上にのしかかった。
「ぎゃああああっ!ルナさんまで!重い、重いよ!」
ルナは革鎧を身につけており、その重さは悠真に容赦なくのし掛かった。一番下で四人分の重さを支えることになった悠真は、肉体が圧迫され、もはや悲鳴をあげるしかなかった。
「うぐ……ひ、人が五人分だぞ!勘弁してくれ……」
ルナは、悠真の悲鳴など意に介さず、楽しそうに喉を鳴らしながら、四人一緒にゴロゴロと転がり始めた。
(ボヨヨン、ムギュ!)
四人が重なり合って泥だらけの地面を転がる度に、悠真は上から押しつぶされ、その体は二人の姫とルナの柔らかな体と硬い鎧の間で、激しく押し揉まれる。悠真は、四人に押しつぶされながらも、なんとか自由になった手で、酒まみれのボニーに助けを求めた。
「ボニーさん!助け…っ!」
ボニーは、濡れて透けた胸元を両手で必死に隠しながら、悠真からの救いの手を警戒した。彼女の混乱した頭の中では、目の前の男の、不幸な体質が、自分をさらに恐ろしいハプニングに巻き込むかもしれないという、勝手な被害妄想が膨れ上がっていた。
悠真は助けを求めようと手を伸ばしたが、その手が彼女に近づいた瞬間、ボニーは恐怖に襲われた。
「ひっ!?な、何をす、るんですか、悠真様ああああ!」
ボニーは、胸元を見られた恥ずかしさと、「不幸の体質」に巻き込まれるというパニックから、先ほどよりも桁違いの悲鳴を上げた。
この一連のドタバタ劇――嬌声、悲鳴、痴態、そして五人が重なり合って転がる姿を見ていた傭兵たちは、怒るどころか腹を抱えて大笑いし始めた。
「ハッハッハ!おい、あいつ最高だぞ!」
「いいぞ、もっとやれ。見ていて飽きねえ!」
傭兵たちは、悠真の不運を咎めるどころか、「お前ら、最高だな!」と彼の肩を力強く叩き、彼を仲間として迎え入れた。
(え...怒られないの?)
悠真は混乱した。今まで、自分の不運体質は周りに迷惑をかけるだけだと思っていた。 なのに、この荒くれ者たちは笑っている。本気で楽しそうに。
一人の傭兵が、ジョッキを打ち鳴らした。
「なあ見てたか? あの暴れ馬を、姫様方が神業の手綱さばきで制御しやがった!」
セレスティアは、倒れていた状態から身を起こし、扇子で口元を隠すようにして、ごまかした。
「ほほほ。とんでもない暴れ馬でしたわね。ですが、結果的に皆様のお役に立てたのなら光栄ですわ」
(いや、あれは確か制御できてなくて...)
悠真は心の中でツッコミを入れたが、セレスティアの必死に取り繕う様子を見て、口を噤んだ。
別の傭兵が身を乗り出した。
「ああ! しかも、あの絶妙なタイミングで罠に突っ込むとは! 命知らずだぜ!」
リーファは、酔いでぼんやりとした頭ながらも、悠真を庇うように立ち上がった。
「いいえ! あれは悠真様の救世主の力が導いた奇跡なのです!」
「おお、そうだ! あの『不幸な予知』ってやつだろ!」
(不幸な予知って...僕はただ転んだだけなんだけど...)
悠真は困惑しながらも、周囲の熱気に押されて何も言えなかった。
ルナは、そこで口を開いた。
「フン。姫たちの手綱さばきも見事だった。だが、あの馬は優秀だ」
ルナはそこで、酒まみれで震えているボニーに視線を向けた。
「おい、そこのボニーとかいう騎士の娘。…いつか私の『銀狼』と、勝負させてやろう」
突然話を振られたボニーは、濡れて透けた胸元を必死に隠しながら、顔を真っ赤にして声を震わせた。
「あ、あわわ……! そ、そんな、滅相もございません! ルナ様のご愛馬とルナ様の御技には、わ、我が馬など、足元にも及びませんから!」
「謙遜するな。お前の馬の走りは悪くなかった」
ルナの素っ気ないが、確かな賞賛の言葉に、ボニーは目を丸くした。
古参傭兵がジョッキを掲げ、大声で叫んだ。
「だがな、真の神業はルナ様だ! 巣穴に入った瞬間、俺たちが暗闇で迷ってる間に、もう親玉の居場所を見抜いてたんだろ!?」
周囲の傭兵たちが「おおっ!」と声を上げる。
ルナは、手に持ったジョッキの酒を一気に煽り、フンと鼻を鳴らした。
「匂いでわかった。月の下では、獲物の匂いがよく通る。あとは迷わず突っ込む、それだけだ」
「そうだ! そして狭い通路で、オークの盾をぶち破って突破したんだ!」
「親玉との一騎打ちも凄かったぜ! 大斧を紙一重でかわして、月光の如き一閃で首を跳ねた! まさしく銀色の狼だ!」
傭兵たちの興奮は最高潮に達していた。悠真は、その光景を呆然と眺めていた。
(僕は...ただ不運に巻き込まれて、転んで、逃げ回っていただけなのに)
でも、目の前の傭兵たちは本気で喜んでいる。リーファもセレスティアも、誇らしげに微笑んでいる。
(もしかして...僕の不運って、こんな風に人を笑顔にすることもあるのかな)
悠真の胸に、小さな、でも確かな温かさが灯った。
一方ルナは、クールな表情を保ちながらも、満足している様子だった。
「当然だ。貴様らは、後の雑魚処理をさっさと片付けろ。勝利の美酒が不味くなる」
「へっ!承知しました!」
ルナの命令を受け、傭兵たちは次々と席を立ち、雑魚処理へと向かい始めた。宴の熱狂は次第に静まり、焚き火の火だけが、パチパチと音を立てていた。
悠真は、ベタベタと酒まみれになりながらも、不思議な感覚に包まれていた。
自らの不運な体質が、人々を不幸にするだけでなく、こんなにも大きな笑いや、仲間との結束を生むきっかけになる……。
初めて知った事実が、彼の心を静かに満たしていった。
(この世界にいても...いいのかもしれない)
そんな考えが、悠真の頭をよぎった。
宴が終わり、焚き火の火が弱まり始めた頃、一人の傭兵が片づけのために倒れた酒樽を起こそうとした。
「重てえな、この樽……ん?」
酒樽を持ち上げると、その真下、泥と酒にまみれた地面から、潰れてひしゃげた、黒いものが顔を出した。
「なんか酒樽の下に、変なのがいたぞ」
傭兵は、その奇妙な黒いものを観察したあと、長靴で泥の中に押し込もうと、体重をかけて踏みつけた。
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