第9話:馬上の姫と、戦場の導き(第3節)
ルナの的確な指示と、暴走した馬が偶然作り出した安全な突入路によって、戦況は一変した。
「行け!馬が通った道だ!怯むな!」
ルナの叫びとともに、傭兵団は一斉に突撃を開始した。罠が仕掛けられているのを知り警戒していた傭兵たちは、馬の通り道の罠がすでに起動済み、あるいは解除されていることを知り、躊躇なく敵陣深くに切り込んでいった。
先鋒を務めるルナの剣技は凄まじく、彼女の長剣が閃くたびに、オークやゴブリンが血しぶきを上げ、地面に倒れていった。
その背後では、ボニーとリーファが声を掛け合った。
「ボニーさん、私たちも追いかけましょう!お二人とも心配ですわ!」
リーファは必死な様子で言った。
「は、はい!リーファ様!ぼ、僕たちも急ぎましょう。しかし、あの馬のスピードじゃ、無事かどうか……」
ボニーは相変わらず弱気な口調ながらも、使命感から慌てて後を追った。
悠真とセレスティアを乗せた馬は、もはや制御不能のまま、魔物の群れの中を突っ切り、そのまま山道の奥へと走り続けた。
「止まって!止まりなさい!お願い、止まってえええ!」
セレスティアが馬の耳元で絶叫した。
「た、頼むから、止まってくれぇ!」
悠真も泣きそうな声で馬に懇願した。悠真の絶叫とセレスティアの悲鳴は、傭兵団の鬨の声と魔物の断末魔に紛れ、次第に遠ざかっていった。
圧倒的な戦力差と、ルナの冷徹な指揮により、魔物集団は瞬く間に壊滅した。
「全軍、手を止めろ!魔物は壊滅した!」
ルナの宣言に、傭兵団は疲労の中にも歓喜の声を上げた。
「「「おおおおお!!やったぞ!勝利だ!」」」
ルナはそう命じ、血に塗れた剣を鞘に納めた。しかし、彼女の視線は、壊滅した戦場ではなく、未だ遠くへと走り続ける馬の背中に向けられていた。
「おい、馬鹿どもは、どこまで行くつもりだ」
「ルナさん、待ってください! 私も一緒に追いかけます!」
リーファがそう叫び、必死で馬の後を追った。続いてボニー、そして数名の傭兵たちが、後を追って馬が走り去った山道を急いだ。
その頃、暴走を続けていた馬は、激しく荒い息を吐きながら、ようやく大人しくなっていた。悠真とセレスティアは、その場で全身の力が抜け落ち、馬の背にしがみついたまま呆然としている。
「はあ、はあ……や、やっと止まってくれたわね……」
セレスティアは安堵と疲労で息を切らしながら呟き、ふと我に返った。
「っ!いつまで、わたくしの胸を触っているんですか、エッチ!」
セレスティアが再び顔を真っ赤にして、悠真を強く押し返した。
「うわああ!」
悠真は強く押され、馬の背から後ろ向きに転がり落ちた。
その時、ルナとリーファたちが追いつき、ボニーが馬に駆け寄り、心配そうに声をかけた。
「セレスティア姫!ご無事ですか!」
「おい、お前ら。まさかこんな場所まで無傷で来るとはな。」
ルナも二人に、ワイルドな口調で声をかけ、二人はびくりと体を震わせた。
リーファは転がっている悠真を見て駆け寄り、心配の声を上げた。
「悠真様!馬の暴走で振り落とされてしまったのですね!お怪我はありませんか?」
セレスティアは、自分の胸元を両手で覆い、真っ赤な顔で目を泳がせたまま、
「わ、わたくしの馬が急に荒ぶったものですから……」
と、その事実のみを呟いた。
地面で呻いていた悠真は、リーファの心遣いを察し、慌てて起き上がりながら、顔の前で両手を振って誤魔化した。
「あ、はい!大丈夫です!ちょっと、転んだだけ、です!」
悠真はそれ以上言葉を続けず、落馬の際に擦りむいた腕をさすり、必死に平静を装った。
ルナは、二人の様子を特に追及することなく、二人の後ろの岩陰を指さした。
「おい、あれを見ろ。」
ルナの視線の先、山道の奥にある大きな岩の陰に、何かを発見した。それは、複数のオークや大型ゴブリンが出入りした痕跡がくっきりと残る、不気味な黒い大穴――魔物の本拠地、巣穴だった。
悠真とセレスティアは、その大穴を呆然と見上げていた。
「な、なんだ、これ……?」
悠真が震える声で呟いた。
「……信じられない。この山奥に、これほど大規模な巣穴が存在していたなんて」
ルナは、長剣を再び引き抜きながら、そう呟いた。
「悠真、でかしたぞ! この巣穴を潰せば、周辺の村や街道は永続的な平和を得る!」
ルナは迷わず指示を下した。
「セレスティア姫、悠真、リーファ、ボニー。すぐに終わらせるから、しばらくここで休憩しててくれ。ここから先は我々傭兵団の仕事だ。」
「全傭兵に伝えろ!目標を巣穴内部の掃討に切り替える!敵の本拠地を叩き潰すぞ!この山域に巣食う魔物を全て根絶やしにせよ!」
ルナの命令が響き渡り、魔物の巣穴への一斉攻撃が開始された。
その間、リーファは転んだ悠真の体にできた擦り傷に気づいた。
「まあ大変、悠真様!腕を擦りむいていますわ!」
リーファは慌てることなく、そっと悠真の腕に触れると、静かに緑色の光を灯した。治癒の魔法だ。たちまち悠真の腕の擦り傷は綺麗に消え、皮膚は元通りになった。
「あ、ありがとう、リーファ。助かるよ……」
悠真はリーファの優しさに感謝した。
それを見ていたセレスティアは、手の甲を口元に当てながら、
「ほほほ、とんでもない暴れ馬でしたわね。」
と、ごまかすように、そう言った。
一行は巣穴の入り口から少し離れた、山道の木陰に腰を下ろした。まだ遠くから魔物の咆哮と、ルナたちの剣戟の音が聞こえてくる。
リーファは、先ほど治癒魔法を施した悠真の腕をそっと見つめていた。
「よかった、もう跡形もなく治っていますね。痛くないですか、悠真様?」
「あ、うん。ありがとう、リーファ。治癒魔法ってすごいな、もう全然痛くないよ」
悠真リーファのやり取りをそばで見ていたセレスティアは、自分の胸元をそっと触りながら、隣に座るリーファの豊かな胸を、自分の小さな胸と比べるような仕草をした。
「……ゆうゆう。さっきのこと、ちゃんと覚えてますわよ?感想は、あとでこっそり聞かせてくださいね?」
セレスティアは真剣な顔で、非常に意地悪な質問を投げ、悠真は顔から火が出るほど赤くなった。
次にセレスティアは、隣に座るボニーの胸をまじまじと見つめ始めた。ボニーは、セレスティアの視線に気づき、慌てて腕で胸元を隠すように身をかがめた。
「ひ、姫様……な、何か?」
ボニーは戸惑った声を出した。
「ねえ、ゆうゆう。その……やはり殿方は、大きいほうがよろしいのかしら?」
セレスティアは再び悠真に質問する。
「そ、そんなことないですよ!人によりますし、ぼ、僕は別に……!」
悠真は顔から火が出るほど赤くなり、必死に手を振った。
「……?お二人とも、何のお話ですか?」
リーファが不思議そうに首を傾げるが、セレスティアと悠真は目を合わせず、顔を赤くしているだけだった。
「ところで、ゆうゆうも疲れているでしょう?……わ、わたくしの膝枕で休んでもいいんですのよ?遠慮はいりませんわ」
セレスティアは、楽しそうに話題を変え、悠真の方に少しだけ体を傾けた。
「い、いや、セレスティア様、大丈夫です!座って休んでるだけで十分ですから!」
セレスティアは顔を赤らめつつも、悠真に膝を差し出した。悠真は慌ててそれを辞退した。
数時間後、戦いは終結した。巣穴は完全に制圧され、この地域を襲っていた魔物は全滅した。ルナの傭兵団と王国の兵は、大きな犠牲を出すことなく、偉大な功績を上げたのだった。
「みんな、待たせたな」
すべてが終わるとルナは、夕暮れの山道で座り込んでいる、悠真たち一行の前に立った。
「悠真、お前の能力は、本当に大したものだ。最初は、ただの足手まといかと思ってた。けど今は違う。お前の『運』が、俺たちを救った。礼を言う、悠真」
ルナはそのまま悠真に向き直り、素直にそう口にした。その瞳には、もはや軽蔑はなく、純粋な感謝と敬意が宿っていた。
そして、ルナは笑顔を浮かべて言った。
「お前たちには、この功績に対する感謝のしるしをしたい。休息がてら、今夜は私たちの拠点に立ち寄ってくれるか?もちろん、もてなすぞ」
この戦いで、ルナは悠真に対する認識を完全に改めた。彼はただのひ弱な男ではなく、戦況を一変させる「何か」を持っている。この異世界の救世主は、自分が思っていたよりも遥かに危険で、そして重要な存在だと感じた。
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