第9話:馬上の姫と、戦場の導き(第1節)
戦闘態勢に移行した野営地は、緊張感に包まれたまま静まり返っていた。悠真たち一行も、傭兵団と敵の間に立つ形で身構える。
「犬姫じゃない!オレは『銀色の狼』だ!何度言わせる、このクソ野郎ども!」
ルナは、配下に向かって叫び、すぐに悠真たちの方へ真っ赤な顔を向けると、悠真を睨みつけたまま、小さく鼻を鳴らした。
「……フン。不覚だ。まあいい。お前たちが騒いだおかげで、不意打ちの矢は避けられた」
ルナは、心底不本意そうな顔をしながらも、口を開いた。彼女は、蛇を踏んだ悠真の不幸な行動が、結果的に自分を狙った暗殺の矢から救ったという、矛盾した事実を認識していた。
ルナは自身の配下に指示を出し、周囲の警戒を強めさせた後、悠真たちに向き直った。
「貴様ら、ツキがねぇな。最近この辺り一帯で、弓などの武器を持った魔物集団が近隣の村を襲う事件が多発している。今のもその連中の仕業だろう」
ルナはそう説明した。
セレスティアは、事態の深刻さに、すぐに表情を引き締めた。
「魔物集団が…?つまり、この山道も安全ではないということですね」
「ああ」
ルナは頷いた。
「こんな山奥で野垂れ死なれて、後で俺たちに疑いをかけられるのは御免だ。それに、偶然とはいえ、お前のおかげで命拾いした恩もある。気持ち悪いがな」
ルナはそう言って、悠真を一瞥した。
「野営地の場所だけ教えるというわけにはいかない。朝になったら、俺たちが途中まで護衛してやる。さっさと飯を食って寝ろ。無駄口を叩くな」
ルナは、そっけなく、しかし冷徹な配慮を見せると、再び配下たちの警戒の指示に戻った。
その夜、悠真たち一行は傭兵団の野営地の一角で、用意された簡素な食事と、仮の寝床を借りた。
翌朝、夜明けと共に悠真たち一行は、ルナ率いるヴァルハラ傭兵団の護衛と共に山道を出発した。ルナは馬に乗り、周囲を数名の獣人族の傭兵が固めるという、厳重な警護体制だ。
「昨日は、悠真様とリーファ殿が二人きりで楽しそうに歩いていらっしゃいましたわね」
出発直後、馬上のセレスティアが、悠真に向かって少し不満げな口調で話しかけた。悠真は一瞬戸惑ったが、すぐにその言葉の裏にある嫉妬を察した。
「ボニー、馬を貸してくださいな。そして、あなたとリーファは、今日は仲良く歩いてくださいまし」
セレスティアは、護衛騎士ボニーにそう命じると、悠真に向き直った。
「今日は、わたくしが馬を操縦いたしますわ。わたくし、こうみえても王女として、幼少より馬術や剣術、護身の武術などは嗜んでおりますの。ゆうゆう、わたくしの後ろにお乗りください」
セレスティアは得意げに微笑んだ。
悠真は、セレスティアの小さな背中にピタリと密着する形で馬に乗せられることになった。
「ゆうゆう、振り落とされないよう、わたくしの腰にしっかりと手を回してくださいまし。この山道は道が悪いのですわ」
セレスティアの予想外の提案に、悠真は戸惑った。
「え、腰に?で、でも、セレスティア様……」
「あら、ご心配なく。わたくし、ゆうゆうの体重くらい、何ともありませんわ。さあ、遠慮はいりません。わたくしに力を預けてくださいな」
セレスティアはそう言って、悠真の腕を自分の腰に回させようと、馬上で小柄な体を少しひねった。
悠真は顔を真っ赤にしながら、恐る恐るセレスティアの華奢な腰に手を回す。セレスティアの金色の髪と華奢な肩のすぐ後ろに悠真の顔が位置し、二人の距離は、身を寄せ合うほど近かった。彼女の柔らかなフローラルの香りが鼻をくすぐり、悠真の心臓は朝から激しく高鳴った。
「ふふっ。いいですわね、ゆうゆう。こうして二人きりで馬に乗っていると、まるで恋人同士みたいですわ。昨日の分、わたくしとたっぷり親密になりましょうね」
セレスティアは、上機嫌で馬に指示を出し、優雅に馬を操り始めた。
一方、馬の下を歩いていたリーファは、ボニーに囁いた。
「すごいですね、ボニー殿!王女様はあんなに優雅に馬を操られるのですね!さすがは王女様ですわ!」
リーファは、セレスティアの馬術を心から褒め称えた。
「は、はい。王女様は、わたくしなど足元にも及ばないほど、馬術に長けていらっしゃいます」
ボニーは、セレスティアの優雅な馬の操縦を見て、誇らしげに頷いた。
「ふふっ、ゆうゆう。ボニーの言う通り、わたくしの馬術は完璧ですわ。この分だと、ゆうゆうを乗せてどこまででも行けてしまいますわね。この二人きりの旅、もう少し長くても構いませんのよ?」
セレスティアは、楽しげにそう言って、愛しい人に向かって囁くような表情を浮かべた。
一方ルナは、一行の先頭で馬に乗り、周囲を警戒しながら進んでいた。
(王族だの騎士だの、何を呑気なことをやっているんだ。まあ、俺にとっては早く護衛の任務が終わるなら、どうでもいいことだ)
ルナはそう思い、悠真とセレスティアの甘いやり取りには目もくれず、周囲の警戒に集中していた。
その時、ルナが乗る馬が、急に足を止めた。ルナの鋭い金色の瞳が、前方数百メートル先の山道の曲がり角の奥を凝視する。
「止まれ!全員、戦闘準備!」
ルナの低い声が山間に響き渡ると、傭兵たちは瞬時に武器を構え、警戒態勢に入った。セレスティアも緊張した面持ちで手綱を握り、悠真はセレスティアの背中に強くしがみついた。
曲がり角から現れたのは、弓と石斧を持った、複数のゴブリンやオークの魔物集団だった。彼らは通常の魔物とは違い、明らかに訓練された動きで、傭兵団の進路を塞ぐように配置されていた。
「ちっ、思ったより数が多いぞ!」
傭兵の一人が声を上げた。
ルナは、腰に差した長剣を抜き放ち、鋭い金色の瞳で魔物集団を睨みつける。
「雑魚どもが、調子に乗りやがって!道を空けろ!さもなくば、この『銀色の狼』の餌食になるがいい!」
ルナの威嚇のセリフが、静かだった山道に響き渡った。傭兵団と魔物集団の間で、激しい緊張感が張り詰める中、今にも戦闘が始ろうとしていた。
悠真は、セレスティアの背中で、目の前で繰り広げられる睨み合いの激しさに震えた。彼の胸ポケットでは、『運命の石』が熱を帯び、ドクドクと激しく脈動し始めていた。
(ドクン!ドクン!)
セレスティアは、背後の悠真の異変に気づき、不安そうに問いかけた。
「ゆうゆう!どうかなさいましたの?急に震えて……まさか、何か見えましたの?」
リーファも続けて尋ねる。
「もしや、救世主様のお力?悠真様、何が見えたのか、お教えください。」
悠真は、混乱しながらも、頭の中に溢れる映像を反射的に口にした。
「傭兵団が突撃した直後、敵の罠にかかり完全に囲まれ、そして、多くの人が血を流して倒れる映像が見えた……」
悠真の不運な予知が発動し、直後に起こるかもしれない味方の被害の様子を伝えた。セレスティアとリーファは、その予知の内容に息をのんだ。
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