第8話:山道の傭兵団と、月光の少女(第4節)
ヴァルハラ傭兵団のリーダー、ルナ・ガルシア。彼女は、月光を浴びて一段と輝く銀色の髪と、鋭い金色の瞳を持ち、頭上から生える銀狼の耳と腰の尻尾が彼女の素性を主張していた。スラリとした高身長に、クロップトップにショートパンツの身軽な姿で、腰に差した一本の長剣が、彼女が戦場に立つカリスマであることを物語っていた。
彼女は、悠真たち一行を見据え、氷のように冷たい声で断言した。
「俺の名はルナ・ガルシア。人呼んで『銀色の狼』。交渉に来たってんなら、それなりの覚悟を持って、もう一度出直してきな」
ルナは悠真を視界に入れ、フンと鼻を鳴らした。
「そもそも、この期に及んで騎士の後ろに隠れて震えているようなひ弱な男を連れて、王族だの巫女だのと、ふざけているのか?こんな場末の山道で大騒ぎして現れる時点で、貴族のプライドも無能さも鼻につく」
ルナは、自身の「銀色の狼」としてのプライドを鼻にかけ、悠真の存在自体を露骨に嘲笑うかのように言い放った。
悠真は、ルナの容赦ない言葉に顔を青ざめさせた。
(ひぃ、なんだこの人……。初対面でここまで言われる筋合いは……こんな緊迫した空気、すごく苦手だ……!)
「お待ちになって!ルナ・ガルシア様!」
セレスティアが馬から降り、ボニーの前に出て、毅然とした態度で向かい合った。
「わたくしは、アルカディア王国の第三王女、セレスティア・アルカディアです。この山道は落石で塞がれており、人里にたどり着くには、皆様の野営地を通らせていただくか、一晩の宿を借りるしかありません」
セレスティアは、ルナの無礼な態度にもひるまず、必死に説得を試みた。
「知るか」
ルナは一言で切り捨てた。
「ここは俺たちの縄張りだ。王族だろうが、女神だろうが、俺たちの都合に関係ねぇ。面倒事になる前に、今すぐ来た道を引き返すんだな。その臆病な男と、後ろの巫女を連れて」
「待ちなさい!ルナ・ガルシア!」
この言葉に強く反応したのは、護衛騎士のボニーだった。彼女はルナの目の前に剣の切先を向け、恐怖で震える体を懸命に制御しながら、護衛騎士としての義務感だけで怒鳴った。
「王女殿下に対し、それ以上の無礼な言動は許しません!夜道を馬で引き返せと?それはアルカディア王国の第三王女に対する侮辱であり、極めて危険な提案です!」
「へっ。騎士様が吠えたか」
ルナはボニーの剣と、その震える体を見て、鼻で笑った。ルナの金色の鋭い瞳がボニーを射抜く。
「ひっ」
ボニーは一瞬怯み、小さな声を漏らし、剣先をわずかに下げてしまう。ルナはボニーの剣と、その震える体を見て、鼻で笑った。
セレスティアがボニーを制止し、さらに言い募ろうとした。悠真は、セレスティアとルナの間に立ち、緊迫した交渉を見守っていた。横には、不安そうに旅装の裾を握りしめるリーファがいる。
「悠真様……わたくし、あのルナ様という方は、少し恐ろしいですわ。まるで、本物の獣のようです」
リーファは小声で囁き、そっと悠真の腕に寄り添った。悠真は、この張り詰めた状況で、リーファの温かい体温を感じながら、ただルナの金色の瞳から目を逸らすことができなかった。
(このままじゃ、この道を通り過ぎることすら、できそうにないな。落石の危険を覚悟で、さっきの街道に戻るべきだろうか。一体どうすればいいんだ……)
悠真は、ルナの威圧感と、自分の不運が引き起こす最悪の未来を天秤にかけていた。
彼の視線が、ふと足元の暗がりに落ちた、その時だった。
ベチャリ。
一行の最後尾にいた悠真が、足元に落ちていた何かをうっかり踏んづけてしまった。
「うわっ!」
悠真は慌てて足をどかし、地面に目を向けた。冷たいものが足の裏から離れず、嫌な感触だけが残った。
「なんだこれ?財布とか、落とし物か?」
悠真は不運にも、その何かを確認しようと、恐る恐るそれを拾い上げた。
月光を反射して、悠真の手の中で蠢いたのは、一匹の蛇だった。
「へ、へびっ!?」
悠真は悲鳴を上げ、思わずそれを拾い上げた勢いそのままに、無意識に最も遠い場所へ放り投げた。
ヒュッ――
投げられた蛇は、見事な放物線を描き、野営地の中心に立っていたルナに向かって飛んだ。蛇はルナの顔をかすめることもなく、彼女の薄い革鎧とシャツのわずかな隙間、豊かな胸の渓谷へと、まるで磁石に吸い寄せられるように、ひやりと着地した。
(にゅるっ)
冷たい胴体が、谷の奥深くに入り込む感触に、ルナの体は硬直した。
「きゃあああああああああああああああああ!!!」
それまで自信に満ち溢れていたルナが、戦場を駆ける『銀色の狼』の威厳をかなぐり捨て、情けない絶叫を上げる。
「ひゃっ……ん、や、やめ、ああっ…」
蛇が胸のスキマでうごめくたびに、ルナは恐怖と嫌悪感から、思わず息を詰めたような、色っぽい声を漏らしてしまう。その声は、野営地の緊迫した空気を一瞬で滑稽なものに変えた。先ほどとは全く違う表情の彼女を見て、悠真、セレスティア、リーファ、そして護衛のボニーまでもが、そのギャップに思わず目を丸くし、絶句した。
ルナは蛇の冷たい感触と、首元で蠢く動きに驚愕し、腰が抜けたように尻もちをついた。
(ヒュン!)
ルナが尻もちをつき、頭が不自然に下がったその瞬間、彼女の頭上を、一本の弓矢がかすめるように通り過ぎた。矢はそのまま背後の木に深く突き刺さり、偶然にもルナを狙った致命的な攻撃が回避された形となった。
直後、蛇はルナの胸元から地面に滑り落ち、慌てて闇へと逃げ去った。ルナは、恐怖でうっすらと目に涙を浮かべ、革鎧の上から胸元を庇うように押さえ、ハァハァと荒い息を必死に整えていた。
「矢だ!敵襲!野郎ども、武器を構えろ!」
野営地全体が、一瞬で戦闘態勢に移行した。篝火の周りで警戒していた数名の傭兵たちが、一斉に弓矢の飛んできた闇に向かって剣や斧を構える。ルナの近くには、最初から彼女を護衛していたらしい二人の大柄な獣人族の配下が、瞬時にルナの前に立ちはだかり、盾を構えた。
「犬姫様!ご無事ですか!」
矢の音とルナの悲鳴を聞きつけ、ルナを護衛していた一人の傭兵が、狼狽しながらルナに声をかけた。
「犬、いぬひめ……?」
悠真は呆然と呟き、その言葉は静まり返った夜の山道に響いた。
「犬姫じゃない!オレは『銀色の狼』だ!」
あだ名をバラされたルナの顔は、銀色の毛皮の下で真っ赤に染まった。彼女は這うように立ち上がり、激しい動揺と羞恥心で上下する胸元を乱暴に押さえつけ、顔を上げる。悠真たち一行を睨みつけたその目には、怒り、恥ずかしさ、そして蛇への恐怖が入り混じっていた。
「な、何を見ている!この痴れ者どもが!へっ、蛇など、この『銀色の狼』が恐れるものか!お前らこそ、夜道で馬鹿騒ぎするんじゃねぇ!」
ルナは、蛇の恐怖と命を狙われた怒り、そして恥ずかしさがごちゃ混ぜになり、悠真たちに向かって怒鳴り散らした。
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