第8話:山道の傭兵団と、月光の少女(第1節)
夜明け前の王都アヴァロンは、澄み切った夜の空気に包まれていた。城門の上には、まだ星の残滓が僅かに見える濃紺の空が広がり、やがて来る太陽の光を待っている。厳重な警備の交代の足音だけが響く中、一組の馬車と数名の見送り役が、今まさに新たな旅路へと出発しようとしていた。
悠真が異世界に転生して以来、彼の日常は「不幸な偶然」と「美少女の勘違い」の連続だったが、今回はそれらが全て昇華されたような、未来への期待で胸が高鳴っていた。目指すは、二人の天才賢者が住まう技術都市クロノス。そこで彼の持つ『運命の石』に隠された秘密を解き明かすのだ。今日の旅立ちを祝福するかのような、穏やかな風が悠真の頬を優しく撫でた。
旅立ちを前に、悠真の視線は、隣に立つセレスティア・アルカディアに向けられた。彼女は普段の豪華絢爛なドレス姿から一転、旅の装いに身を包んでいた。身につけているのは、王族の象徴色である深い紫色の機能的なローブだ。
「あら、リーファ。似合っていますの?」
セレスティアは得意げに微笑むと、まるで踊るようにくるりと一回転し、その新しい旅の装いを披露した。低めの身長と可愛らしい顔立ちに、金色のストレートヘアがローブの裾とともにふわりと舞い上がり、夜明け前の微かな光を反射して煌めく。
「まことに素敵ですわ、セレスティア様!動きやすそうですし、何よりその紫色が、神聖な巫女のわたくしから見ても、王女としての気品に満ちていますわ!」
隣に立つリーファが、純白の巫女服姿で、心からの賛辞を贈った。
悠真も簡素ながらも機能的な旅の衣装を支給されていた。それは、柔らかい麻布のチュニックとパンツに、丈夫な革製のベストを羽織ったものだ。
「悠真様も、そのお召し物、とてもよくお似合いですわ!なんだか……物語の英雄みたいですわね!」
リーファが純粋な瞳で悠真を見つめ、褒め称える。僕は、照れくさそうに頬を掻いた。
旅立ちを見送る人々の中で、護衛騎士のゼノア・ヴァンスが、いつも通り硬い表情で進み出た。
「セレスティア様。この旅は……」
ゼノアは、言葉を選びながら、任務を最優先に考える彼の性格ゆえの強い懸念を示そうとする。 セレスティアは、笑顔のまま彼の言葉を遮った。
「ゼノア。心配いりませんわ。あなたの仕事は、王都の守りを任せること。任地を離れるわけにはいきませんわ」
彼女は、彼の忠誠心を受け止めつつ、王都の留守を託すという「より重要な任務」を彼に与えることで、彼の不安を静かに鎮めた。 ゼノアは、一瞬だけ瞳に不満の色を浮かべたが、
「……御意に」
と口癖を呟き、静かに一歩下がった。
その傍らには、エメリア・アルカディアが立っていた。彼女はアルカディア王国第二王女であり、王位継承からは距離を置いている。儚げな雰囲気を持つ、病弱な美少女で、銀色の髪は腰まで届くほど長く、透き通るような白い肌が夜明け前の光を吸い込んでいる。いつも憂いを帯びた顔つきで、青い目の下には隈がある、その姿はどこか神秘的ですらある。
「セレスティア、悠真様。道中のご無事を心よりお祈り申し上げます」
エメリアは、その静かな声で挨拶すると、悠真に向き直った。
「悠真様。あなたが持つ『運命の石』に記された古代文字の解読は、並大抵の学者には不可能です。わたくしが城で古文書を調べ続けますが、どうか、技術都市クロノスの二人の天才賢者の協力を得て、謎を解き明かしてくださいませ」
エメリアは、病弱なため外に出られないが、その博識さで悠真の旅を城から支える役割を担っていた。
その時、ソフィアが突然、一行の前に現れた。彼女は艷やかな長い黒髪と、その下に覗く鋭い紫色の瞳が印象的で、完璧なまでに整った顔立ちには、どこか妖艶な微笑みが浮かんでいる。
ソフィアの登場に、周囲の空気が一瞬ピリッと張り詰めた。セレスティアも一瞬だけ表情を引き締め、ソフィアを静かに見据える。
ソフィアは、胸の前で両手を揃え、怯える様子のボニー・ボーンを悠真たちの前に差し出した。 ボニーは、ゆるくウェーブのかかったブラウンの髪をポニーテールにまとめ、不安げに青い瞳を揺らしている。その細身の体つきとは不釣り合いなほど、とてつもなく大きな胸が、騎士服の下で存在感を放っている。
「万一、魔物や盗賊に襲われた際の、おとりくらいにはなるでしょう」
と、冷酷な言葉でボニーを護衛に任命する。
ソフィアは悠真に向き直り、口元をわずかに歪ませた妖艶な微笑みを浮かべた。
「ええ、高橋悠真様。貴方が初めてこの王都に来た際、最初にお会いしたのは、私でしたね。どうぞ、ご無事で。無傷で帰ってきていただかないと、困りますので」
その言葉は、まるで悠真の身を案じているかのようにも聞こえるが、どこか腹の底では何を考えているのかわからない、不気味な響きを持っていた。ソフィアは、挨拶を終えると、背筋を伸ばし、すぐにその場を去っていった。
「ど、どうも、、、わたくし、ボニー・ボーンと申しますぅ……」
残されたボニーは、全身を震わせ、顔を青ざめさせながら、情けない声でどもりながら挨拶をした。
リーファは、ボニーの臆病な様子を和ませようと明るく微笑んだ。
「ボニー殿、どうぞご心配なく。ボニー殿は優秀な護衛騎士でいらっしゃいますから、きっと道中の安全を頼りにしておりますわ!」
セレスティアも優しく声をかける。
「ボニー、道中はわたくしを『セレスティア』と呼んで構いませんわ。旅の仲間として、どうか力を貸してくださいね」
そして、護衛騎士のエリザ・クリフォードがボニーの背後に立ち、ボニーに囁く。
「ボニー、変なことしないよう影で見張っているからね」
と釘を刺した。
ボニーは、恐縮しきった様子で何度も頭を下げ、
「は、はひぃ!」
と情けない返事をした。
やがて挨拶が終わり、悠真たち一行は、いよいよ馬車に乗り込もうとした。
その時、エリザが悠真の耳元にさっと近づき、小さな声で囁いた。
「いい?おにいさん。王女様は、旅の途中でも姫として扱われることを好まれます。特に、エスコートをお忘れなく。たのんだわよ、だんなさん」
悠真は慌てて頷くと、馬車に乗り込もうとしていたセレスティアに、ぎこちない手つきでそっと手を差し出した。
「セレスティア……様。どうぞ」
セレスティアは、満面の笑みを浮かべ、その小さな手を悠真の手に重ねた。彼女の指先は驚くほど柔らかく、悠真の心臓が「ドクン!」と大きく跳ねた。
「まあ、ゆうゆう!ありがとう存じます!」
悠真は、セレスティアを馬車に乗せ、続いて自分も馬車に乗り込み、セレスティアの向かい側の席に座ろうとした。その瞬間だった。
「ゆうゆう!隣ですわ!」
セレスティアが、華奢な腕で悠真の腕をガシッと捕まえ、逃がさないとばかりに強く引き寄せた。悠真は、抵抗する間もなく、セレスティアの左隣に座らされてしまう。柔らかく、しかし強引な力で引き寄せられた彼女の幼い体躯が悠真の右側に密着し、ふわりと甘いフローラルの香りが彼の鼻腔をくすぐる。心臓がドクドクと高鳴り、顔が熱くなるのを感じた。
続いてリーファが乗り込み、空いている悠真の左隣にピタリと詰めて座った。こちらも柔らかな巫女の体が悠真の左側に密着し、純粋な花の香りが漂う。左右から挟まれ、悠真は文字通り身動きが取れない状態だ。二人の体温に挟まれ、彼の胸は締め付けられるようなドキドキ感でいっぱいになった。
結果、馬車の中は、向かい側の席ががらんと空いているにもかかわらず、一列の座席に右からセレスティア、悠真、リーファという並びとなり、悠真は二人の美少女に左右から密着され、身動きが取れないという、なんとも窮屈で幸せな状態に陥ったのだった。
「ゆうゆう、この技術都市への旅路は、わたくしにとっても初めてですの。二人の仲を深めるいい機会ですわね」
セレスティアは、そう甘い声で囁くと、悠真の腕に体重をかけ、肩に顔を寄せる。
「王女様!もっと右に詰めてくださいませ!悠真様が窮屈そうですわ!」
リーファは、嫉妬を隠せず抗議するが、もちろん、自分が悠真の隣に座っていることは譲らない。
「あらリーファ。向かいの席が空いてますわよ?」
セレスティアが意地の悪い笑みを浮かべて言い返す。
「わたくしは、ここがいいのです!向かいの席では、悠真様のお顔が見づらいですから!」
リーファも負けずに反論する。
護衛のボニーは、外で騎乗しながら、馬車の窓越しに垣間見えるその光景と、中から聞こえる二人の言い合いに、心底呆れ果てていた。
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