第7話:闇に潜む影と、謎の神獣(第3節)
王都の城壁崩壊事件から数日が経った。
王都の城壁崩壊という未曾有の危機を経て、王位継承をめぐるセレスティアとソフィアの争いは、一時的に休戦状態となっていた。ソフィアは、王族の立場を守るために、魔物による被害の責任問題について、互いの悪い噂が広まらないよう火消しに努めてくれていた。
「セレスティア様、ご報告申し上げます」
その日の朝、情報屋のエリザが、セレスティアの執務室を訪れていた。彼女は部屋に入ると、すぐさま扉を閉め、周囲に誰もいないことを確認してから、セレスティアの机の前に立った。
「毒薬をソフィア様に譲り渡した犯人は、どうやら教団のユリウス・リヒト司祭のようです。ユリウス司祭は現在、姿をくらましておりますが、彼が魔王軍と裏で繋がっていたのではないかという噂が流れております」
エリザは、緊張した面持ちで、小声で早口に告げた。蜂蜜色の三つ編みをした人懐っこい笑顔とは対照的に、彼女の琥珀色の瞳は、獲物を追い詰めるかのように鋭い光を宿している。
「この証拠をつかめば、ソフィア王女を一気に追い詰めるチャンスかと思われます。引き続き調査を…」
「ありがとう、エリザ。でも、わたくしはいったん身を引くことにしたの。教団との関係性も拗らせたくないし、ユリウス司祭についても、いったん泳がせておきましょう」
エリザは、拍子抜けしたかのように、わずかに目を見開いた。彼女はすぐに表情を取り戻すと、一礼して部屋を後にした。
(…厄介ごとはもうごめんだわ。ソフィア姉様もこの件はもう追及しないと言っていたし、私もこれ以上、事を荒立てないでおこう)
セレスティアは、王位継承争いという矮小な策謀が、いかに無意味なものであったかを痛感していたのだ。それに、魔王軍が裏で糸を引いているのなら、今は内輪揉めをしている場合ではない。
その数分後、僕はリーファと二人で王宮の廊下を歩いていた。先ほど、セレスティアから「エメリアが僕に会いたがっている」という連絡があったのだ。僕たちはセレスティアの執務室に向かうため、リーファが手伝っていた市民たちの元をいったん離れて、王宮へと戻ってきたところだった。
「あら、お兄さん」
僕たちが執務室に近づくと、廊下の角から出てきたエリザに呼び止められた。
「エリザさん、お久しぶりです」
リーファが先に挨拶をすると、エリザは軽く頷き、気さくに話しかけてくる。
「セレスティア様、最近少し雰囲気が変わったと思わない?」
エリザは、琥珀色の瞳でじっと見つめながら尋ねた。
僕が答えに窮していると、大量の書類を抱えた胸の大きな女性が、ポニーテールを揺らしながら、慌てた様子で僕たちの横を通り過ぎようとする。
「…げっ」
その女性、ボニーは僕たちに気づくと、気まずそうに顔を書類で隠し、その場を去ろうとした。
「お兄さん、足元に段差があるわよ、気を付けて」
エリザはわざと聞こえるように僕にそう言った。ボニーは、僕の不運なドジが発動するのを警戒したのか、慌てて大きな胸元を書類でかばった。そのせいで、彼女の幼い顔立ちと不安げに揺れる青い瞳が露わになる。
「あら、生きていたの?てっきり、またどこかで不幸な事故に巻き込まれたのかと…」
「は、はは…おかげさまで…」
ボニーは、エリザの皮肉に引きつった笑顔で応じると、一礼して逃げるように去っていった。
「…では私も、これで失礼するわ。じゃね、お兄さん、リーファさん」
エリザはそう告げると、僕たちに一礼して廊下の向こうへと歩いていった。
僕たちは再び歩き出し、執務室の前にたどり着くと、扉の前に立つ騎士に挨拶をした。護衛のゼノアだった。
「ゼノアさん、セレスティア様は中に?」
「はい、お二方、お待ちしておりました」
ゼノアはにこやかに答えると、扉を開けてくれた。
僕たちが中に入ると、セレスティアは窓から差し込む光を浴びながら、静かに佇んでいた。純白のドレスに身を包んだ彼女は、まるで絵画から抜け出してきたかのように神々しい。僕たちの気配に気づくと、彼女は顔を上げた。その瞳に僕が映ると、彼女の頬がわずかに赤らむ。
「待っていたわ、悠真様。あなたとリーファに、ぜひ協力していただきたいことがあるの」
セレスティアの瞳には、迷いのない強い光が宿っていた。今の彼女は、王位継承争いというしがらみから解き放たれ、僕の不運の謎を解き明かすことに前向きになっているようだった。
「…それと、エメリアから、悠真様にお見せしたいものがあると、先ほど連絡があったのです」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸ポケットに入れていた『呪いの石』が、激しく脈動し始めた。それは、王都の城壁崩壊を予知した時よりもさらに強い、心臓を直接叩きつけるような衝撃だった。
「…っ、まただ…!」
僕は思わず胸を押さえ、苦痛に顔を歪ませる。セレスティアが驚いて僕に駆け寄ってきた。
「悠真様、どうなさったの!?」
その声が遠のき、僕の意識は真っ暗な空間へと引き込まれていく。
脳裏に浮かび上がったのは、半透明でぼんやりとした、一人の女性の姿だった。その輪郭はゆらゆらと揺れ、まるで水面に映る月のように不安定だった。
彼女は、静かに、しかし威圧的に僕に語りかけてくる。
「ようやく気づいたようね」
声は美しいのに、なぜか背筋が凍るような冷たさを含んでいる。僕は声を出そうとしたが、まるで水の中にいるように音が出ない。
女性は、僕の『呪いの石』を指差すと、優雅な仕草で一礼した。
「この世界の呪いは、あなたを導いた神獣の力と、その手に持っている運命の石の力が融合して生まれたものよ」
透き通るような声でそう告げた女性は、ゆっくりと僕に近づくと、さらに言葉を続けた。
「初めまして、残念な救世主様。我が名は魔王軍軍師ブルーメ」
彼女の言葉に、僕の思考は追いつかなかった。魔王軍、軍師…? なぜ、そんな人物が僕の予知の中に現れるんだ?
「世界の危機は、すぐそこまで迫っているわ。あなたと、その不運な力が鍵となるでしょう。次の場所で、お会いできるのを楽しみにしているわ、救世主様」
ブルーメは、僕を嘲笑うかのように不敵な笑みを浮かべた。
その瞬間、彼女の姿が霧のように消え、代わりに巨大な影が空間に満ちていく。それは、まるで星空を閉じ込めたような、荘厳な姿をした謎の神獣で、その瞳は、すべてを見通すような深淵の輝きを放っていた。
その神獣は、僕を見下ろすと、静かに、しかし威圧的な声でこう告げた。
「お前は…我らを…」
そこで予知は途切れ、僕は息を大きく吸い込みながら、現実の世界へと引き戻された。
「悠真様…!」
目が覚めると、セレスティアとリーファの顔が、目の前にあった。
リーファは膝の上に僕の頭を乗せ、心配そうに僕を見下ろしている。隣にはセレスティアがいて、真っ白なハンカチで僕の額ににじむ汗を優しく拭ってくれていた。
「僕の不運がまた...すみません、セレスティア様」
「悠真様、それは不運ではなく...」
「いえ、きっと僕の体質のせいで変な夢を見ただけです。ご心配をおかけして...」
セレスティアとリーファは顔を見合わせ、ため息をついた。
「悠真様、一体何が見えたんですか?」
リーファの問いかけに、僕は震える声で答えた。
「魔王軍の軍師と、謎の神獣が現れて…僕に、世界の危機が迫っていると…」
僕がそう言い終えたその時、執務室の扉が静かに開いた。
「それは…『幻影のブルーメ』ね…」
扉の向こうに立っていたのはエメリアだった。
彼女の銀色の長い髪は、窓から差し込む陽光を受けて淡く輝き、まるで夜明けの霧のように神秘的な雰囲気を纏っていた。薄い顔色の頬はわずかに赤みを帯び、その眼差しには、知的な光と同時に、どこか悲壮な決意が宿っている。
彼女は、その青い瞳で僕たちを見つめると、震える手で何かを差し出した。
「お話ししましょう…世界の危機について」
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