第5話:王都アヴァロンの策謀家(第4節)
「わたくし、第三王女セレスティア・アルカディアは、ここにいる救世主、悠真様と『婚約』することを、この場にいる全ての人々にお伝えいたしますわ!」
「「え?……!えぇ~?!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
セレスティアの婚約者宣言は、王都に大きな衝撃を与えた。
「こ、婚約ですと?!」(貴族A)
「まさか第三王女様が!」(貴族B)
「きゃー!素敵ー!」(貴族令嬢たち)
会場は一瞬静寂に包まれた後、まるで嵐のような騒めきに包まれた。
僕の隣で純白のドレスに身を包んでいたリーファは、その言葉を聞いて表情を凍りつかせ、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
「悠真様……婚約者……?」
リーファの問いかけに、僕は何も答えられない。僕自身、セレスティアが僕を婚約者として発表するとは、夢にも思わなかったからだ。
「え、えっと……」
僕がしどろもどろになっていると、セレスティアが僕の前に出てきた。
彼女が身につけているのは、童顔の彼女によく似合う、淡い金色の豪華なドレスだ。無数の宝石がちりばめられ、光を放つそのドレスは、まるで天空に輝く星々を閉じ込めたかのようだった。
彼女は、優雅な笑みを浮かべ、僕の隣に立つと、高貴な仕草で片手を差し出した。
「さあ、みなさま。わたくしたちの婚約を祝いなさい!」
セレスティアの言葉に、会場にいた人々は、戸惑いながらも僕たちに祝福の言葉を贈った。その中には、歯ぎしりをしながら僕たちを睨みつけているソフィアの姿もあった。
彼女は、僕を自陣営に取り込むために様々な策を講じていたのだろうが、セレスティアの先手を打った婚約者宣言により、その目論見は一時的に頓挫したようだった。
「あらあら...」
第二王女エメリアは窓際で苦笑し、静かに見守っていた。
その夜、僕たちはセレスティアが手配した豪華な馬車に乗り込んだ。
馬車はパールホワイトの艶やかな車体に、金色の蔦模様が華やかに絡みつき、リボンや小さなバラの装飾が施されていた。車内はフリルやレースがふんだんにあしらわれたピンクのソファが備え付けられており、まるで少女のおもちゃ箱をそのまま馬車にしたかのようだった。
僕はまるで、遊園地のメリーゴーランドに乗せられたような気分で馬車に揺られながら、静かに寝静まった王都の街中を通り抜け、セレスティアの屋敷へと向かった。
セレスティアの屋敷は、その王都の街並みが一望できる高台にあった。
屋敷は白亜の宮殿と見まごうばかりの豪華さで、随所に装飾が施されている。屋根にはクリームを絞ったような飾りつけがなされた小さな塔がいくつも立ち、窓枠にはレースのような繊細な彫刻が施されていた。王都でも一、二を争うほど豪華だというソフィアの屋敷と比べても遜色ない、圧倒的な威厳を放っている。
屋敷の中に入ると、王女が直々に豪華な客室へと案内してくれた。客室は、広々とした空間に、ふかふかの絨毯が敷き詰められている。窓からは月明かりが差し込み、部屋の中央には、見たこともないほど豪華なベッドが置かれていた。
「わたくし、セレスティア様に抗議いたします!」
リーファは客室に入るなり、いきなりセレスティアに詰め寄った。
「わたくしは…わたくしは…悠真様を一番最初に信じた者として...このような勝手な発表は...」
言葉が詰まり声が震える。リーファの青い瞳にうっすらと涙が浮かび、頬が赤く染まっていく。
「一体、なぜ悠真様と婚約すると、あのような...あのような嘘をおっしゃったのですか!?」
「あら、嘘だなんて失礼ね。あれはわたくしの真実の言葉よ」
セレスティアは、童顔に似合わない冷徹な笑みを浮かべ、からかうようにそう言った。
「…!そんな、悠真様は救世主様なのです。王族の道具にされるようなお方ではありません!」
リーファの言葉に、セレスティアはフッと笑い、僕のほうを見た。
「安心なさい、リーファ。あれはあくまで表向きよ」
彼女はそう言うと、リーファに近づき、耳元で小声で囁いた。
「それに、もし悠真があなたのことが好きで、彼が望むなら、わたくしが第2夫人として迎えてあげてもよくってよ?」
「なっ!?そ、そのようなこと…!ふ、ふしだらですわ!」
リーファは顔をさらに真っ赤にして叫んだ。その表情は怒りというよりは、羞恥心と複雑な感情が入り混じったものだった。彼女は、裾が長いドレスで転びそうになりながらも、高貴さとはかけ離れた、慌ただしい足取りで部屋を飛び出していった。
僕は、ただただ二人のやり取りを呆然と見つめるしかなかった。
リーファが僕を置いて部屋を出ていくと、セレスティアは僕の顔をじっと見つめ、静かに答えた。
「…わたくしは、この国を、民を、守りたいの。そのために、あなたの力が必要なのよ」
彼女のアメジストの瞳は神秘的な光を宿し、その言葉には、幼い見た目とは裏腹の、この国を想う強い意志が感じられた。
「わたくしは、あなたをこの世界の道具として使うつもりはないわ。そして、悠真様が望むなら、元の世界に帰れるよう、わたくしが全力を尽くすことを誓います。どうか、わたくしに力を貸してちょうだい」
僕は、目の前にいる幼い顔立ちの彼女の言葉に、複雑な感情を抱いた。彼女は、ただ純粋にこの国を守るため、僕の力を利用して王位継承争いを制しようとしているのだ。そして同時に、僕の個人的な願いにも答えようとする誠実さも見せてくれていた。
(自分には、王女が言うような運命を捻じ曲げる力などない。ただのドジで、不幸なだけの人間なのに……)
けれど僕は、元の世界に帰るというたった一つの目的のために、彼女の申し出を受け入れるしかなかった。幼い見た目と純粋な誠実さで語りかけてくる彼女を、元の世界に帰るという個人的な理由で利用しようとする罪悪感が、僕の胸をキュッと締め付けた。
そんな折、エリザはセレスティアの指示を受け、王都の裏路地を訪れていた。
王都の裏路地は、日差しも届かないほど建物が密集し、生乾きの洗濯物と生ゴミの悪臭が混じり合い、不衛生な空気が漂っている。奥まった一角にあるゴミ捨て場には、見るからに柄の悪そうな男たちがたむろしていた。彼らは、ソフィア王女から受けた任務の打ち合わせのため、人目を避けて集まっていたのだ。
彼女はいつもの軽装な制服ではなく、黒いフード付きのローブを身につけ、顔の半分ほどを隠すようにしていた。足元は頑丈な革のブーツで、腰にはナイフを忍ばせている。その人懐っこい笑顔は消え、鋭い眼差しだけが琥珀色の瞳に宿っていた。
「…いいお仕事になりそうね」
エリザは、にやりと笑い、裏路地に潜んでいた男たちに声をかけた。
「あなたたち、第一王女様からのお仕事、受けたんでしょう?近々、第三王女様の隠れ家に潜入する計画があるって、あたし知ってるわ。その計画、あたしに売ってくれないかしら?」
彼女の言葉に、男たちはギョッとして顔を見合わせた。そして、一斉にエリザを睨みつけた。
「てめぇ…どこでその情報を…!口封じしてやる!」
男の一人が、懐から短剣を取り出し、襲いかかろうと一歩踏み出した。
しかし、その男は、フードの隙間から見えた琥珀色の瞳に気付き、その幼い顔立ちから女であることを悟る。
「なんだ、お嬢ちゃんじゃねぇか。へっへっへ…口封じの前に、いいことでもしようぜぇ」
男たちは、いやらしい目つきでエリザを取り囲んだ。
だが、エリザは動じることなく、その男が振り上げた短剣を軽やかにかわし、男の腕を捻り上げた。
「なっ…!?」
「騒がないで。あたしはあなたたちに危害を加えるつもりはないわ。ただ、話がしたいだけよ」
男は、背中に当てられた冷たいナイフの感触に、彼女がただの娘ではないことを悟った。
「これは、前金よ。もし、情報が確かだったら、これの十倍の額を払うわ。どうかしら?」
エリザは、懐から魔晶石の入った袋を取り出し、それを男たちの目の前に置いた。
「…わ、わかった。その話、乗った」
男たちは、顔を見合わせ、やがてゴクリと唾を飲み込んだ。
エリザは、その言葉を聞くと、満足そうに笑みを浮かべた。彼女は、ソフィア陣営の不穏な動きを阻止するため、王都の裏社会に潜入し、暗躍していた。




