第5話:王都アヴァロンの策謀家(第1節)
「その少年を、すぐにわたくしの元へ連れてきなさい。……決して、粗相のないように。わたくしが、この目で確かめますわ。」
アルカディア王国の王城の一角にある、とある執務室。
そこに座る少女は、まるで物語から抜け出てきたお姫様そのものだった。童顔で、腰まで届く燃えるような金髪は、宝石をちりばめた豪華なドレスに映える。
しかし、その華やかな容姿とは裏腹に、第三王女セレスティア・アルカディアの瞳の奥には、年齢に似合わぬ冷徹な光が宿っていた。
彼女は、情報屋であるエリザから受け取った報告書を静かに読み上げていた。
それは、辺境の村で、魔物と遭遇した際、自らの不幸を代償に魔物を退け、村を救ったという少年の話だった。その少年は、巫女であるリーファに保護され、王都へ向かっているという。
「……不幸を予知し、それを自らの身に引き受けることで、他者の運命を捻じ曲げる……。それがもし、本当なら……」
セレスティアは、その奇妙な話が、教団が喧伝する「聖なる予言」に記された救世主の能力、すなわち「運命を捻じ曲げる力」と酷似していることに思い至り、静かに息をのんだ。
彼女は、椅子からゆっくりと立ち上がると、窓から外の景色を一瞥した。その瞳には、すでに姉ソフィアとの対立を思い返し、奥歯を噛みしめるほどの闘志が宿っている。
教団が救世主の存在を喧伝する中、この少年こそが、王位継承争いの鍵を握る存在かもしれないと直感したのだ。
その背後に立つエリザは、主人の纏う空気が一変したことを感じ取り、無言で次の命令を待った。
セレスティアの冷ややかな声が部屋に響く。彼女の視線は、もはや報告書ではなく、はるか遠く、王都の中心にそびえる王城の方向を向いていた。
「…御意」
エリザは、その命令を確かに胸に刻み、主人の姿に深く頭を下げた。彼女の口元には、面白い獲物を見つけたかのような、不敵な笑みが浮かんでいた。
一方、僕とリーファを乗せた馬車は、石畳を軋ませながら、アルカディア王国の王都アヴァロンの門をくぐった。
僕が今まで見てきた、のどかな村や街道とは全く違う、圧倒的な活気とスケールがそこにはあった。高くそびえる石造りの建物は、まるで天を突くかのようだ。行き交う人々は皆、色鮮やかな服をまとい、活気に満ちている。
王都の中心にそびえる王城は、まるで白亜の城のようだ。屋根には金色の装飾が施され、窓からはきらびやかな光が漏れ出ている。
「わあ!これが王都アヴァロンですわ!聖なる予言に記された、世界の中心でございます!」
リーファは、目を輝かせながら王都の風景を見つめていた。しかし、僕の目には、その華やかな光景とは別のものが映っていた。
道の脇で、ボロボロの服を着た子供たちが、行き交う人々の残したパンのくずを奪い合っていた。その痩せこけた体からは、この街の貧困が伝わってくる。裕福な馬車が通り過ぎるたびに、埃まみれの男がその車輪を拭い、わずかな金貨を乞うていた。
「これが…この世界の中心…か?」
僕が呟くと、リーファは僕の腕を掴み、心配そうな顔で僕を見た。
「どうかされましたの、悠真様?」
「いや……なんでもない。ただ、少し、想像と違っただけだ」
僕は曖昧に答え、王都の光と影に言葉を失っていた。
その頃、王宮の一室では、窓辺に立つ一人の少女が、王都の街並みをぼんやりと見つめていた。彼女は、王位継承争いからは距離を置く第二王女エメリア・アルカディアだ。
銀色の髪は腰まで届くほど長く、透き通るような白い肌は、まるで雪のようだった。しかし、その顔にはいつも憂いを帯びた表情が浮かび、青い目の下には、薄く隈ができていた。病弱な彼女は、煌びやかな王城の生活よりも、書物に囲まれた静かな日々を好んでいた。
彼女の視線の先には、窓から見える王都の光景、そして、その光の届かない路地の影で暮らす人々がいた。
「…今日もお腹を空かせた子供たちが、こんなにもたくさんいるのね…」
エメリアは、その小さな手で窓ガラスをそっと撫でた。彼女自身、病に苦しむ時間が長かったため、弱い立場の人々の苦しみが、まるで自分のことのように感じられた。
(この国はいったい、どうなるのかしら……)
アルカディア王国は、大陸最大の領土を誇る大国であり、その中心である王都アヴァロンは、世界の政治、経済、そして宗教の中心でもあった。この国を治めるのは、老齢の国王ルイ・アルカディアだ。彼が近年は政治を大臣に任せがちになっていることから、王族の弱体化が懸念されており、王都には貧困層が増加し、格差が広がっていた。
そのような国の不安定な状況は、王位継承者である王女たちの間に、静かな権力争いを引き起こしていた。
最有力候補である第一王女ソフィアは、王族の権力を立て直すため、教団の力を借りることを決断していた。彼女は計算高く、完璧主義者で、その美貌と知略で人々を魅了し、王座への道を固めようとしていた。
一方、その姉ソフィアに対抗意識を燃やす第三王女セレスティアは、自信家で、自分こそがこの国を強くできると信じていた。セレスティアは、教団の腐敗した幹部が大臣アルベール・ド・グロリューと結託して私腹を肥やしていることを知っており、姉がそうした勢力と手を組むことに危機感を抱いていた。
そして、王位継承争いからは距離を置く第二王女エメリアは、病弱な体でありながらも、書物から得た知識と、弱い立場の人々を憂う優しい心を持っていた。
(第一王女の姉様は、この街の光しか見ていない。第三王女の妹は、王族の力だけを信じている。このままでは、この国はきっと……)
エメリアは、その小さな手で窓ガラスをそっと撫でた。そして、憂いを帯びたため息を、そっと吐き出した。その吐息は、儚くも色っぽく、窓ガラスに白い跡を残しては消えていった。
彼女は、王女たちの争いを遠くから見つめ、その行く末を案じていた。
時を同じくして、王都の大通りを、一人の商人が足早に歩いていた。
彼女の名はエリザ・クリフォード。第三王女セレスティアの密命を受け、彼女は王都の裏社会に潜り込み、救世主の捜索を続けていた。
その時、彼女の情報網から、見慣れない服装の男が巫女であるリーファによって王都に連れてこられ、ソフィアの屋敷に向かっているという報告が入った。
「例の預言者に間違いないわ。まさか、第一王女が…そんなに早く動くなんて!」
エリザは、ソフィアが預言者を手駒にしようとしているのではないかと疑念を抱いた。もし本当にソフィアが彼を手に入れてしまえば、セレスティアにとって大きな痛手となる。
エリザは、その情報の真偽を確かめるため、急ぎ足で大通りを歩いた。
その時、彼女の目の前を、村で出会った2人組を乗せた馬車が通り過ぎていく。馬車は、ソフィアの屋敷の門の前に停まった。馬車から降りた2人は、屋敷の門をくぐり、中へと入っていく。
物陰から見ていたエリザは、驚きに目を見開いた。
「…やはり、報告書は正しかった。これは…急いでセレスティア様に報告しなければ!」
エリザは、ソフィアの動きをセレスティアに報告するため、急いでその場を後にした。彼女の口元には、面白い獲物を見つけたかのような、不敵な笑みを浮かべた。




