第4話:王都への旅路は、トラブルだらけ(第3節)
道を進むにつれて、僕の不幸体質はさらに加速していったが、リーファは、その度に僕を「救世主様」と呼び、僕の不幸を「神の啓示」だと信じて疑わない。その健気な姿に、僕は言い訳をする気力すら失っていた。
しばらくして、僕たちはようやく、先ほどの村にたどり着いた。
渡ろうとした吊り橋の板が目の前で落下したため、やむなく回り道をしたためだ。
「わあ!ここが村ですわ!」
リーファは、目を輝かせながら、村へと続く道を進んだ。
「この村から、王都へ向かう馬車にのれますわよ。」
僕が初めて見た異世界の村は、静かだがとても穏やかな場所だった。
土と木骨で造られた素朴な家々の軒先には、干し肉や干し草が吊るされている。屋根は赤茶けた瓦で、窓辺には色とりどりの花が植えられている。
村の空気は、パンを焼く香ばしい匂いと、家畜の匂い、そして薪を燃やす煙の匂いが混じり合い、どこか懐かしい香りがした。
村の中は、昼間だというのに人影はまばらで、時折、屈強な兵士らしき男が通りを歩くくらいだ。
僕の住んでいた世界とは全く違う景色だが、どこかで見たことあるような……
「まるで異世界アニメみたいだな。って、ここは異世界か?たぶん……」
僕が興味深く村の景色を見渡していると、先ほどまで木剣で遊んでいた子供たちが、僕の姿をじろじろと、珍しそうに眺めていた。
「そういえば、普段着のままだったな……」
僕のボロボロになった普段着は、この世界の人々の服装とは明らかに異質だ。王都で浮かないかと不安になって、僕は思わずリーファに問いかけた。
「なぁ、リーファ。この格好、ちょっと目立たないかな?何か着替えないと……」
すると、リーファは僕のボロボロになった普段着を優しく撫で、その青い瞳に悲しみを浮かべた。
「本当に……申し訳ございません、悠真様。わたくしの配慮が足りませんでしたわ。」
「そうですわ、悠真様!王都に着いたら、救世主様にふさわしい、立派なお召し物をご用意させましょう!きっと、悠真様がお召しになれば、その凛々しさが何倍にも増して、誰しもがひれ伏したくなるほどに、お似合いになりますわ!」
リーファは両手を頬に当て、うっとりとした表情で、僕の新しい服を想像しているようだった。
「そうと決まれば、急いで馬車乗り場へ向かいましょう!」
リーファはそう言って、とても嬉しそうに僕の手を取り、村の中心に向かった。彼女の小さな手は、興奮しているのか、少し汗ばんでいた。
僕は、ただリーファに手を引かれて、彼女の後ろを歩いていた。
僕の目に入ったのは、彼女の純白のローブの背中と、歩くたびに揺れる髪だった。彼女が嬉しそうにしているのを見て、僕は自分のことのように嬉しくなる。
異世界にきてから、ずっと、僕はリーファの言葉通りに動いてきた。
「本当に、僕は救世主なんだろうか……」
僕の心の中で、何度も繰り返される疑問。それでも、僕は彼女の小さな手を握り返すことはしなかった。
ただ、僕の心の中には、この奇妙で優しい世界に、少しでも長くいたいという、小さな願いが生まれていた。
僕たちは、村の広場にたどり着いた。
広場の中央には、大きな噴水があり、人々がその周りで談笑していた。
「では、王都へ向かうための馬車を手配しましょう!」
リーファは、そう言って僕を馬車乗り場へと案内した。
馬車乗り場で僕たちを待っていたのは、予想外の人物だった。
大きな荷袋を背負った少女が、まるで僕たちを待っていたかのように振り返る。蜂蜜色の長い三つ編みが肩で弾み、商人風の軽装に身を包んでいるが、その整った顔立ちは貴族の令嬢と言われても疑わないほど美しい。
特に印象的だったのは、その琥珀色の瞳だった。人懐っこい笑顔を浮かべているのに、どこか値踏みするような鋭さが隠れている。
「あら、お疲れ様♪ 旅のお兄さんたちね」
彼女の声は蜜のように甘いが、なぜか背筋がゾクッとした。
「私、この辺りで商売をしているエリザよ。ちょうど王都に向かうところなの。馬車代、お安くしてあげる♪ どうかしら?」
(なんだろう、この人……普通の商人じゃない気が……)
僕は、リーファに視線を送り、彼女の判断を待った。リーファは、少女の笑顔に警戒を解き、僕に微笑みかけた。
そのとき、僕の手に握られた石が、ドクンと大きく脈打った。僕の脳裏に、新たな「不幸な予知」が浮かび上がる。
無数の人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う中、巨大な石の壁がガラガラと崩れ落ちていく未来。
僕は、その光景に息をのんだ。
「……ダメだ、これは……」
僕がそう呟くと、エリザは怪訝な顔で僕を見た。
「え、どうしたの、お兄さん?急に大きな声出して……」
「違いますわ!悠真様は、神の啓示を受け取られたのです!」
リーファは、興奮した様子でエリザにそう告げた。
「神の啓示って?…それ、どういうことなの?」
エリザは、リーファの言葉に興味を示した。
「わ、わたくし、急ぎますわ!悠真様、馬車に乗りましょう!」
リーファはそう言うと、強引に僕の手を引いて、馬車乗り場に停まっていた馬車の一台に飛び乗った。
「えっ?!ちょっと、まって……」
僕は混乱しながらも、リーファに引きずられるようにして馬車に乗り込んだ。
エリザは、突然の出来事に目を丸くしたが、僕たちを興味深そうに見送った。その口元には驚きと好奇心が入り混じった笑みが浮かんでいた。
「うふふ、これは面白い掘り出し物かも!いいお仕事になりそうね!」
馬車に揺られること数日、僕たちは王都への道をひた走った。
車内は、僕とリーファの二人きりだった。リーファは、窓の外に広がるこの世界の景色を僕に熱心に説明してくれた。
遠くに見える険しい山脈や、初めて見る色をした木々、空を優雅に飛ぶ巨大な鳥たち。どれもが僕の知っている世界とは全く違っていた。
「あちらに見えますのは、天を突く『竜の牙』と呼ばれている山でございます。伝説によると、遥か昔、世界を襲った邪悪な竜を神が討ち、その牙が山になったと伝えられ……」
リーファが瞳を輝かせて語る伝説に、僕はただ相槌を打つことしかできなかった。
彼女にとってはすべてが真実なのだろう。その純粋な眼差しを前に、僕の「そんなこと、あるわけないだろ」という常識は、いとも簡単に打ち砕かれた。
夜になり、街道沿いの宿場町に立ち寄った。
「あの、お部屋を……ふ、二つで、お願いしますわ!」
リーファは顔を赤くして、小さな声で店主に告げる。僕の顔をチラチラと見ては、口元をきゅっと引き結ぶ。
「お嬢ちゃん、うちは相部屋しか空いてないよ」
店主の言葉に、リーファはますます顔を赤くし、
「そ、そうですか!仕方ありませんわね……救世主様も、文句はありませんよね?」
そう言いながら、僕に上目遣いで尋ねてくる。僕はただただうろたえることしかできず、曖昧に頷くのが精一杯だった。
相部屋になったその夜、僕たちは一つのベッドの端と端で、互いに背中を向けて縮こまっていた。
部屋にあるのは一つのベッドだけ。毛布は二枚あったものの、どちらも遠慮しがちに端っこで小さくなっている。
「わ、わたくし、もう寝ますわ! 何も見ておりませんし、何も聞いておりません!」
リーファの声が震えているのがよくわかった。彼女なりに必死に平静を装おうとしているのだろうが、緊張で声が上ずっている。
「あ、ああ……僕も寝るよ……」
しばらくすると、規則正しい静かな寝息が聞こえてきた。安心したような、少し寂しいような、複雑な気持ちで僕も目を閉じる。
(リーファ……この子、本当に僕のことを救世主だと信じてるんだな……)
月明かりが窓から差し込んで、彼女の銀髪をほのかに照らしていた。寝顔は天使のように無邪気で、僕は胸がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。
僕は、リーファに背を向けたまま、静かに息を吐いた。
(相変わらず……僕、不幸だよな……)
そう心の中で呟いた時、僕の手に握られた石が、再びドクンと脈打った。
そして、ようやく旅の終わりが見えてきた頃、馬車の窓から遠くに見える巨大な建造物をリーファが指さした。
「見てください、悠真様!あれが、わたくしたちの国、アルカディア王国の首都ですわ!」
僕が見上げた先には、予知で見た、あの巨大な石の壁が、雄大にそびえ立っていた。
「……この街が、崩壊する?」
僕の胸に、不安がよぎる。
その頃、アルカディア王国の王城——
一人の少女が、静かに報告書を読んでいた。
彼女の名は、セレスティア・アルカディア。王国の第三王女だ。
彼女の足元には、先ほどのエリザが膝をついて控えていた。
「――ふむ。」
セレスティアは報告書から目を上げると、薄く笑みを浮かべた。その笑みは美しいが、どこか底知れない恐ろしさを秘めている。
「はい、殿下。馬車乗り場で、不気味な予言を口にしておりました。」
「ふむ。ただの詐欺師か、それとも本物の予言者か……。どちらにせよ、興味がありますわ。」
セレスティアは、報告書を閉じ、冷たい笑みを浮かべた。
「その少年を、すぐにわたくしの元へ連れてきなさい。……決して、粗相のないように。わたくしが、この目で確かめますわ。」




