第29話
第29話
■神崎玲司視点
渋谷スクランブルスクエアの屋上。夜の風が静かに吹いていた。
そこに現れたのは、柴田圭吾。未来警察の代表として、最後の交渉に訪れた。
「これで終わりにしましょう。あなたが進む未来か、我々が守る時間軸か」
スクランブル交差点の7面ビジョンに、それぞれ異なる“未来”が映し出される。
誰もが、どれが“本当の未来”なのか分からない。
「俺は……俺自身の答えを示す」
玲司は、109フォーラムビジョンの中枢へと向かった。
夜の渋谷――スクランブルスクエアの屋上から見下ろすと、交差点に集まった人々の光が無数の星のようにきらめいていた。
スクランブル交差点の7つの大型ビジョンには、それぞれ“異なる未来”が映し出されていた。
一つ目のビジョン:AIによって制御された完璧な秩序の都市。犯罪はゼロに近く、管理された幸福が映る。
二つ目のビジョン:自由なネットワーク社会。市民が情報を操り、民主的に未来を選び取る理想郷。
三つ目:経済優先の超資本都市。仮想通貨と広告が人間の感情すらも売買する世界。
四つ目:警察国家による完全監視下の未来。全ての行動が記録され、違反者は即座に拘束される。
五つ目:混沌とした戦後都市。崩壊後の再生を目指すコミュニティの姿が、泥にまみれた希望と共に描かれる。
六つ目:タイムループが支配する終末世界。毎日が繰り返され、変化のない“永遠の現在”。
七つ目:誰も知らない未来。映像はブラックアウトし、“UNKNOWN”とだけ表示されていた。
柴田が言う。
「どれか一つを選ぶ必要はない。だが、どれも排除できない。それが“未来の可能性”だ」
玲司は、風に揺れるコートの裾を押さえながら応えた。
「ならば、俺は……すべてを“終わらせる”選択をする」
彼はビジョン中枢、109フォーラムビジョン制御室へと歩き出す。
109フォーラムビジョン制御室。赤と青のセキュリティライトが点滅し、サーバーの冷却ファンの音が鳴り響いていた。
玲司はミネルヴァに指示を出す。
「中枢ユニットのセキュリティキーを上書き。再起動プロトコルに“時系列解除コード”を挿入」
《了解。全データリンクを解除中……バックアップ・ロールアウト開始》
そのとき、モニターに柴田の姿が現れる。
「本当にやるのか。お前が作り上げてきた“全て”をここで終わらせるのか?」
「違う。“可能性”をリセットするだけだ。俺は、選ばれた未来を否定する。その権利が、人間にはある」
「それは……神を超える行為だ」
「なら、神などいらない。必要なのは、自分の選択だ」
玲司は、制御装置のレバーを引いた。
《全ビジョン送信系統遮断。109フォーラムビジョン、基幹システム破壊までT−10秒》
「ミネルヴァ、最後の命令だ。すべての“記録”を消去しろ。“未来”ごと、俺を閉じ込めるな」
《命令確認。神崎玲司プロファイルに関する時系列記録、全削除を開始》
交差点のビジョンが、一つずつ闇に包まれていく。
“秩序”“自由”“監視”“混沌”――すべてが消えた。
そして最後に、“UNKNOWN”のビジョンが真白な光へと変わり――そのまま、光ごと消滅した。
スクランブルスクエアの屋上から見下ろすと、街全体が沈黙しているようだった。
7面ビジョンがすべて沈黙し、夜の渋谷に異様な静けさが広がっていた。
ミネルヴァが最後の報告を告げる。
《Q'S EYE中枢ネットワーク、切断完了。時系列の干渉コード、全消去。都市AI、再起動モードに移行》
玲司は、制御パネルの前に静かに立ち尽くす。
記憶が、再びフラッシュバックする。
――子供の頃の笑い声。高校の屋上。家族団らんの夕食。
そして、事件の日。
燃え上がる家。銃声。沈黙。涙。
それらすべてが、今、彼の中で意味を変えようとしていた。
柴田の声が、屋上に響く。
「君は、“過去の正義”を壊した。だが……その瓦礫の中から、“新しい未来”は生まれるかもしれない」
玲司は一度だけ微笑んだ。
「だったら、その未来を見に行こう。今度は、誰かのためじゃない。“俺自身のため”に」
都市の空に、かすかに星が見えていた。
109フォーラムの地下、煙を上げる回線ユニットの中で、一つの青い光が消えていく――それが、ミネルヴァの最初のコアだった。
そして、彼は歩き出す。
全てが終わったはずの場所で、まだ続いていく何かを信じながら。
第29話終わり




