第27話
第27話
■神崎玲司視点
宮下公園地下のAR戦略室。玲司はそこに招かれていた。
柴田圭吾が用意したのは、“情報戦による現実操作”――その試験場だった。
「君の判断基準が、都市にどんな影響を与えるか……ゲームで示してもらう」
スクランブル交差点の全ビジョンが、チェスボードに見立てられ、株価、天気、広告が“駒”として現実の事件をシミュレートする。
「これは……5次元チェスか」
玲司は、自らの未来を懸けた対局に臨む。
宮下公園の地下――廃ビルの奥に設置されたAR戦略室は、未来から持ち込まれた技術で構成されていた。
広さ100平方メートル。360度の湾曲スクリーンに囲まれた空間で、情報は視覚化され、“ゲーム”として展開されていた。
「これは情報戦の縮図……株価、天気、広告、SNSトレンド、犯罪予測。そのすべてが“駒”となり、都市の未来を揺らがせる」
柴田がそう言いながら、1手目を指す。
スクランブル交差点のQFRONTビジョンに、今夜の降雨確率80%という天気予報が表示された。
《仮想駒A:雨天→群衆密度低下→犯罪発生率3.2%減少》
「つまり、“雨”という情報一つで、街の行動が変わる」
玲司も静かにミネルヴァを操作した。
「じゃあ、俺は広告を駒にする。“新作アイドルグループイベント開催”」
渋谷109フォーラムビジョンに、それが放映され、スクランブル前に若者が集まり始める。
《仮想駒B:集客増→財布所持率上昇→スリ発生率2.1%上昇》
「人を動かすのは、気象じゃない。“欲望”だ」
柴田の眉がわずかに動いた。
「君はやはり、“ゲーム”の中にしか正義を見ない」
玲司はチェス盤を見つめながら、次の一手をミネルヴァに指示した。
「グリコビジョン、19時15分。“防犯カメラAI強化キャンペーン”を表示」
スクリーンにその広告が映った瞬間、都市のSNSで話題が拡散された。
《仮想駒C:抑止効果による未然犯罪抑制指数+4.7%》
柴田は腕を組んで、カーブモニターの中心部を凝視した。
「なるほど。君は直接犯罪を潰すのではなく、犯罪者の“意欲”を削ぐ情報を選んでる」
「犯罪は現象じゃない。“行動の芽”を潰す、それが俺のAI戦略だ」
柴田は少し微笑む。
「だが、君が今選んだ情報は、警察の“監視社会化”への誘導だ。民間人の自由度が、2.8%低下している」
玲司は迷いを見せなかった。
「代償なく“制御”はできない。俺は、人の命を優先する」
ミネルヴァが分析結果を提示する。
《現在の都市影響指数:玲司チーム52.3%、柴田チーム47.7%。優勢》
柴田は最終手を打った。
「気象操作広告。“来週、史上最速の梅雨入り”を流せ」
109フォーラムとQ'S EYE、DHC Channelに同時放映。
通勤計画、購買指数、物流計算が一気に変動した。
《柴田陣営:株価下落シナリオ誘導→消費者心理マイナス→“社会不安指数”上昇》
玲司は目を細めた。
「それが君の“選択”か。なら……俺の一手で終わらせる」
「……来い、玲司。君の正義を見せてくれ」
玲司は一呼吸置き、目を閉じてから最後の一手を入力した。
「スクランブル交差点、全ビジョン同時表示。“一夜限りの家族再会企画”。感情訴求型広告モードを起動」
その瞬間、交差点の全ての巨大ビジョンに、子供と再会する高齢の母、離ればなれになった兄弟、戦地から帰還する兵士と抱き合う恋人たちの映像が映し出された。
人々の足が止まり、涙を拭う者さえ現れた。
《仮想駒E:共感指数最大値。犯罪意欲−7.2%。都市調和度+8.9%。AI混乱指数−13%》
柴田の目が揺れた。
「……“情動”でAIを抑え込んだか」
玲司は言う。
「情報で支配するのではない。“人間”で動かす。それが俺の答えだ」
AIが計算しても予測不能な“感情”こそが、都市を守る最大の抑止力になる。
ミネルヴァが解析結果を提示する。
《最終結果:神崎チーム勝利。都市安定指数55.4%。社会不安因子最低化。未来予測線、軽微な回復兆候》
柴田は静かに、席から立ち上がった。
「君の正義は、まだ“壊れて”いないらしい。だがこの先、必ず揺らぐ」
「ならその時は、また“次のゲーム”で答えを出す」
二人の視線が交わる。
ARチェス盤が静かにフェードアウトしていく。
宮下公園の地下室には、ただ冷たい空調音だけが残された。
第27話終わり




