第26話
第26話
■神崎玲司視点
渋谷駅地下通路、冷たい風が背中を撫でたその時――目の前に“あの男”が現れた。
柴田圭吾。未来で自分の部下だった男。公安の情報分析官。だが今、この時代にいるはずがない。
「……お久しぶりです。神崎警部補」
「未来から来たのか?」
柴田は静かに頷いた。
「あなたが“何か”を変えてしまった。タイムパラドックスが起きている」
その頃、渋谷スクランブルスクエア時計台の表示が、現実と異なる“未来”の時間を示していた。
渋谷駅地下通路――薄暗い照明の下で、玲司の前に立つ男の姿は、幻のように現れた。
「……柴田?」
60歳の自分が公安にいたとき、最も信頼していた部下。その冷静沈着さと高度な解析能力は、玲司にとって欠かせない存在だった。
だが、今の柴田は、20代後半の青年だった。だがその瞳は、確かに未来の記憶を宿していた。
「お久しぶりです、神崎警部補」
「“今”のお前が、なんでここに……?」
柴田はポケットから一枚のICカードを取り出す。それは、警察庁公安第二課の身分証。だがその発行日は――2044年。
「未来のデータが壊れ始めてる。時間線の構造が揺らいでいます。あなたの行動が、起点になっている」
玲司は口を閉ざした。だが心は静かに乱れていた。
――自分が変えた過去が、未来に“亀裂”を生んでいる?
その時、渋谷スクランブルスクエアの大型時計台が異常を起こした。
ビジョンに表示される時刻が、一瞬“2034年10月23日 午後2時46分”に飛び、その後また“2025年5月11日 午後8時20分”へと戻る。
街の人々が足を止める。
《異常検知:都市時刻ネットワークにタイムジャンプ反応》
ミネルヴァの報告が、玲司の耳に届いた。
柴田の言葉が続いた。
「あなたがこの時代に持ち込んだ“知識”や“技術”が、連鎖的に未来の情報網を狂わせています」
玲司は拳を握り締めた。
「……それでも、俺は戻った。家族を守るために」
柴田は玲司の目をじっと見据えた。
「あなたが過去で“救った者”の数だけ、未来で“消える者”が出てきている」
「因果の均衡、ってやつか……」
「このままでは、2060年以降の記録全体が曖昧化され、都市AIの制御中枢そのものが“未来”の存在を認識できなくなります」
玲司は無言でミネルヴァを呼び出した。
「ミネルヴァ、柴田圭吾の未来行動記録を照合。未来と現在の交差による矛盾点を出力」
《一致データ23件。未来情報:渋谷第七データハブ暴走、柴田が収束処理担当》
「その事件が起きなくなる……それが、問題なのか?」
柴田は静かにうなずく。
「それが“軌道の崩壊”を招く。俺は、あなたの行動を“調整”しに来た」
その言葉に、玲司は鋭い視線を返した。
「俺の家族を殺したあの未来を、“保存”しようとするのか?」
「俺は、未来の“安定”を守る。それが任務だ。あなたの個人的な“正義”とは違う」
玲司は、スクランブルスクエアの時計台を見上げた。
ビジョンが再び歪む。時刻は“1989年”を示し、瞬時に“2071年”へと変わる。
《警告:時間軸スプライス領域発生。都市システムに断裂の兆候あり》
玲司は静かに言った。
「俺が創ったミネルヴァが、未来のAIを狂わせるなら――俺が責任を取る」
柴田はジャケットの内ポケットから、1枚のホログラムディスクを取り出した。
「これは、あなたがこのまま進んだ場合に発生する“断層時空マップ”です。最悪、都市一帯が“時間の孤島”になる可能性がある」
玲司はその映像をミネルヴァに転送させた。
《確認完了。都市時間構造モデルに非連続区間を検出。制御外セクター:渋谷B区画、六本木交差帯、品川南圏》
「本当にこんな未来になるのか?」
「なる。今のままなら、2026年末までに都市AIは完全に“自己認識不能”状態に入る」
玲司は拳を握る。
「それでも、俺は手を止めない。記憶がバグっても、未来が壊れても、俺が求めているのは“救済”だ」
柴田は言った。
「ならば、せめて条件を付けさせてくれ。ミネルヴァの“根幹倫理コード”に、1つだけ“未来保守プロトコル”を残してほしい。制御不可能な時、起動して事態を収束させる保険だ」
玲司は黙考の後、静かに頷いた。
「いいだろう。だがそれを使うのは、最終手段だ」
《“ミネルヴァ・フレーム013”に“柴田コード”を挿入。応答待機》
地下通路に沈黙が流れる。
その瞬間、スクランブルスクエア時計台が“正しい時刻”に戻った。
玲司は歩き出す。
「未来がどうなろうと……俺は、家族とこの街を守る。あの日、失ったものを、絶対に取り戻す」
第26話終わり




