第23話
第23話
■神崎玲司視点
渋谷スクランブルスクエア展望台。玲司は、高層から渋谷の街を見下ろしていた。
その足元――B2Fのサイネージには、玲司の過去の投資記録とハッキング履歴が、暗号形式で“売却”されていた。
「……三上、お前だったのか」
情報屋・三上智也の裏切り。彼は、玲司の信頼を裏切り、警察に情報を渡していた。
その瞬間、東急OOHの広告ビジョン全体に「TRUST NO ONE」という警告が流れ出す。
ミネルヴァが、都市に警鐘を鳴らした。
渋谷スクランブルスクエアの展望台。夜風が吹き抜ける高層の屋外スペースで、玲司は静かに街を見下ろしていた。
地上からは見えないが、彼の足元――スクランブルスクエアB2Fのデジタルサイネージには、特殊な暗号化グラフィックが映し出されていた。
ミネルヴァが警告を発する。
《警告:サイネージ映像にあなたの過去投資記録とハッキングログの断片が埋め込まれています。拡散経路:三上智也より警察サーバへ直通リンク》
玲司の表情が静かに歪む。
「……三上、お前だったのか」
情報屋・三上智也。裏社会で情報を扱うプロ。これまで何度も玲司に有益な情報を売ってきた男。
その三上が、玲司の機密記録を売った――それも、最も避けたかった相手に。
玲司は、かつて三上と最初に取引した場所――渋谷スクランブルスクエアの地下通路を思い出した。
「お前は……“信頼”を商品にしたのか」
その瞬間、スクランブル交差点全域の東急OOH広告ビジョンが、一斉に切り替わった。
「TRUST NO ONE」
白地に赤。目を刺すようなコントラストの警告文が、渋谷の夜を支配した。
ミネルヴァの判断だった。だが、それは玲司の意志でもあった。
玲司は、静かにミネルヴァへ指示を出す。
「三上の現在位置を特定。スクランブルスクエア内の通信履歴を解析しろ」
《通信ログより推定。地下二階、メンテナンスエリアにて不正アクセスポート使用》
「やはり……ここにいたか」
玲司は展望台から非常階段を使って地下へ向かう。
メンテナンスエリアには、蛍光灯の薄明かりが揺れていた。その奥に、ノートPCを開いたまま佇む男がいた。
「……来たか。やっぱり、気づいたんだな」
三上は、どこか諦めたような表情で呟いた。
「どうしてだ、三上。俺たちは“利益”のためだけじゃない、理想のために協力していたはずだろ」
「お前の“理想”が、いつの間にか人を傷つけるようになった。カレンだって、危なかった」
「お前は俺の背中を見てきたはずだ。それでも裏切るのか」
「裏切りじゃない、“警告”だ。お前が限界を越えた。止めたかったんだよ、誰よりも」
玲司の拳が、震えた。
その直後、三上の端末からデータが警察サーバにアップロードされていく。
《データ転送進行中:ハッキングログ、投資口座、被写体コード——95%》
玲司は迷いなくミネルヴァに命じた。
「サイネージアクセス回線、遮断。同時に送信ログを逆流処理。“送信者なりすまし”を挿入しろ」
《完了。送信元IPを“海外匿名ノード”に偽装。三上のログは残りません》
玲司は三上の前に立ち、声を落とした。
「……お前を“敵”にはしない。だが、俺の邪魔はさせない」
地上では、東急OOHの全ビジョンに映し出された「TRUST NO ONE」のメッセージが、SNSを席巻していた。
《あの警告、誰が流した?》
《これ、AIの犯行じゃないの? ミネルヴァじゃ……?》
その疑念が、徐々に玲司の周囲に広がっていく。
ミネルヴァが状況を報告する。
《市民による“情報過敏”反応増加中。信頼構造の再構築が必要です》
「信頼ってのは、壊れたあとに試されるもんだ」
玲司は三上に背を向け、スクランブル交差点へと歩き出した。
その夜、交差点中央に浮かび上がったのは、一つのQRコードだった。
“Scan to See Truth”
何者かが操作したのではない。これは、玲司がミネルヴァと共に仕込んだ“選択の入り口”だった。
「この国の“真実”を、見たいかどうかは……お前たち次第だ」
第23話終わり