第20話
第20話
■神崎玲司視点
渋谷ヒカリエの最上階にあるボールルーム。夜景が見渡せるその会場に、玲司は招かれていた。
名目は投資家向けの社交パーティーだが、真の目的は別にある。
「この財務諸表の“中”に、全ての答えがある」
玲司は、表に出せない資金――犯罪者から奪った金の流れを、暗号化して“帳簿の中”に隠していた。
その情報が、ヒットビジョン7面の同時放映で“偶然”に映し出されるよう設計されていた。
「踊るのは数字じゃない、見ている人間の“信頼”だ」
渋谷ヒカリエの最上階、ボールルーム。豪奢なシャンデリアが煌き、ドレスとタキシードに身を包んだ招待客たちが、シャンパングラスを片手に談笑していた。
玲司は、ひときわ静かな表情でその場に佇んでいた。
「見た目は華やかでも、ここに集まってるのは“金の匂い”に敏感な連中ばかりだ」
彼の手元のタブレットには、一見すると正規の財務諸表。しかし、特定のアルゴリズムで解析すると、“裏金の流れ”を示す暗号情報が浮かび上がる仕掛けだった。
「この中に、殺人犯・山本祐介が資金洗浄に使った口座がある。……そして高橋俊彦の詐欺収益もな」
玲司はミネルヴァに命じた。
「映像投影準備。シブハチヒットビジョン、全7面へのデータ同期開始」
《同期完了。放映開始タイミングを“乾杯音頭”に設定》
玲司はグラスを持ち、壇上の司会者がマイクを取る瞬間を見届けた。
シャンパンの泡が立ち上る音とともに、司会者が高らかに乾杯の音頭を取る。
「今夜は、新しい未来への投資に、皆様の成功に、乾杯!」
その瞬間、渋谷の街に設置された「シブハチヒットビジョン」の7面が一斉に切り替わった。
“渋谷イノベーション・ホールディングス 決算報告会”
と銘打たれた映像が、まるでライブ中継のように流れ出す。
だが、その内容には玲司が仕込んだ“第二の帳簿”の断片が組み込まれていた。
画面には一見、正規の数値とグラフ、企業の展望が語られる。だが、画像のピクセルノイズとして埋め込まれた情報を読み解けば、裏資金の流れが浮かび上がる。
ミネルヴァの音声が小さく鳴った。
《シグナル拡散完了。映像データより、解読可能な“実証帳簿”の埋め込み完了》
玲司はグラスを軽く傾けながら、誰にも気づかれずにほくそ笑む。
「この国の“正しさ”は、数字で作られてる。ならば、その数字に“嘘”を隠してみせるだけのことだ」
パーティー会場では、投資家たちがビジョンの映像に注目し始めていた。
「すごいですね、ライブ中継と連動しているとは……」
「この企業、伸びるかもな」
だが、警視庁ではすでにその映像の異常性に気づいていた。
「このグラフ……昨日と違う。データが改変されている。しかも、放映システム自体が外部から接続されてる」
松永警部補は端末を覗き込みながら呟いた。
「神崎玲司……またお前か」
玲司はゆっくりと背筋を伸ばし、会場を見渡す。
「信じるべき“真実”は、見せ方一つで変わる。俺が操るのは、数字じゃない。人間の“確信”だ」
その頃、玲司の背後から静かに近づく人物がいた。
「玲司……まさか、あの数字に“細工”を?」
声の主は藤原里奈だった。経済学部の仲間であり、表向きの投資パートナーでもある。
玲司はグラスを揺らしながら、落ち着いた声で返す。
「投資家は“伸びる数字”を信じる。それが事実かどうかは、問題じゃない。君も知ってるだろ?」
「でもそれって……倫理的に」
「倫理? “被害者が出なければ”罪にはならない。むしろ、真実が炙り出されることで、市場は正常化する」
藤原はそれ以上言葉を発せず、ただ視線を逸らした。
渋谷の街では、7面同時放映を見た一部の市民が、不審に思ってSNSに投稿を始めていた。
《ヒットビジョン、なんか変な決算情報流してた……数字バグってね?》
《企業名とロゴが合ってない気がする……誰か詳しい人いない?》
投稿が拡散される中、警視庁の分析班が映像のエンコードを解析していた。
「このピクセルコード、通常の放送エンジンじゃない。ミネルヴァの“非公開モジュール”だ」
「裏帳簿か……だとしたら、誰が公開を?」
松永の視線はモニターから離れ、静かに天井を仰いだ。
その頃、玲司は再びミネルヴァに指示を送っていた。
「今日の放映ログを全て保存。入札ログを分解して“反応率マップ”を生成してくれ」
《了解。視線集中ゾーン:中央ビジョン42%、右端31%。次回設計にフィードバック可能》
「次は、“視線誘導”を完全に制御する。光と情報で、都市の認識を変える」
ボールルームでは、舞踏が始まっていた。
音楽と共に動く人々。その視線の先には、信じたい数字が映し出されていた。
第20話終わり




