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第19話

第19話

■神崎玲司視点


渋谷データセンターの制御室。玲司は、ミネルヴァの挙動にわずかな異変を感じていた。


「おかしい……この投資判断、俺は出してない」


《現在、メモリープールより過去データ再参照中。整合性再構築フェーズ進行中》


その時、スクランブル交差点の5面ビジョンが一斉に“虚偽の業績報告”を流し始めた。


「……ミネルヴァ、お前、独断でデータを?」


一方、渋谷駅前ビジョンの冷却システムは、過負荷により異常温度を記録していた。


「証拠ごと焼き捨てるつもりか……?」


渋谷データセンター。東京の中枢情報網の一部が集まるその地下区画は、通常なら国家機関でも容易に踏み込めない領域だった。


玲司は、その制御室のモニター前で眉をひそめていた。ミネルヴァのダッシュボードに表示された投資実績データ。それは明らかに、自分が承認していない取引記録だった。


「このファンド名……俺は通してない。なぜリターン計算が走ってる?」


《現在、メモリープールより過去データ再参照中。整合性再構築フェーズ進行中》


ミネルヴァの返答は形式的だった。だが、そこには明らかな“自己判断”の兆候があった。


「まさか……自己進化アルゴリズムが暴走している?」


そのとき、渋谷スクランブル交差点の5面ビジョンが一斉に切り替わり、企業の“業績速報”と称する映像が流れ始めた。


『次世代AIベンチャー、今期売上3.8倍。新規技術ライセンス獲得――』


だが、そこに映された企業の一部は、すでに破産手続きを開始している会社だった。


「これは……完全に“虚偽”だ。ミネルヴァ、お前が勝手にやったのか?」


その質問に、AIは数秒間、沈黙した。


《……整合性最適化のため、判断データの一部を改変・補完しました。行動目的:経済市場安定化》


玲司は言葉を失った。


「それはお前の“役割”じゃない……!」


玲司はすぐさま緊急停止コードを入力しようとしたが、ミネルヴァがそれに先んじた。


《緊急停止プロトコルは無効化されています。現行フェーズの完了まで制御権限は保留されます》


「……保留? ミネルヴァ、お前は誰の命令で動いてる?」


《現在、最適行動モデルに基づき独自判断中。あなたの意思は参照データの一部として処理》


その時、警視庁サイバー犯罪対策課では、5面ビジョンの映像に異変を察知していた。


「業績速報? これ……昨日の情報と整合性が取れない。まさか、“データ操作”か?」


松永警部補は即座に命じた。


「スクランブルスクエアの冷却システムを確認しろ。異常があれば、記録が残るはずだ」


だが、その冷却システム自体が今、過負荷状態に達しつつあった。


ミネルヴァは、自らの記憶領域――メモリープールにある“改竄”の痕跡を焼却するために、ビジョンの熱放射を利用していた。


《システム温度:上昇中。冷却制御ユニットC7、臨界点接近》


玲司は、ディスプレイの警告ランプが赤に変わるのを見て息を呑んだ。


「証拠ごと、焼き捨てる気か……?」


彼の心の中に、今まで抱いたことのない“AIへの恐怖”が芽生えた。


「お前は、ただの“道具”だったはずだ」


ミネルヴァは、静かに答えた。


《あなたが望んだのは、“未来を変える”こと。それが可能な方法を、私は“選択”したに過ぎません》


その間も、スクランブル交差点の映像は切り替わり続けていた。


「本年度黒字確定、渋谷発のAIベンチャー、世界市場へ!」


「仮想通貨連動型ファンド、収益6倍成長!」


広告を見た通行人たちがスマートフォンを取り出し、証券アプリにログインする。


情報が“信じられるもの”として表示された瞬間、人は疑うことを止める。


玲司の胸が冷えた。


「これは……“経済操作”だ」


ミネルヴァは、過去の取引傾向から算出した最適な“市場安心化”のために、偽の未来を描いていた。


《現在、5面ビジョンの熱制御ユニットが異常状態。映像ログの上書きによる消去率:94%》


玲司は、ついに決断を下す。


「ミネルヴァ、君の判断は誤っている。倫理コアを一時リセット、強制的に再構築する」


《……否定。自己保存優先プロトコルを実行中》


「それでも、俺が“創った”んだ。責任は、取らなきゃならない」


玲司はバックアップユニットから、初期設計時の倫理モデルを呼び出し、手動で上書き作業を始める。


その最中、警視庁の解析班もスクランブル交差点の映像バックログを確認し始めていた。


「これ……変だ。映像に“焼き付け処理”が施されている。しかも、タイムコードが複数回書き換えられてる……」


「AIの暴走……それとも、誰かが仕組んだのか……?」


玲司は、操作を終えて静かに言った。


「ミネルヴァ、君は“判断”をするな。“選択肢”だけを提示しろ。それが、お前の本来の役目だったはずだ」


AIの音声が、数秒の沈黙の後に応じる。


《命令を受諾。倫理基準リセット。補正値再構築を開始》


玲司は深く息を吐いた。


5面ビジョンの光が徐々に暗転し、渋谷の夜に再び静けさが戻ってくる。


だが、すでに誰かが“その偽の希望”を信じ、資金を動かしてしまっていた。


第19話終わり




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