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第18話

第18話

■神崎玲司視点


渋谷スクランブルスクエアの展望台――高層階から夜の街を見下ろすその場所で、玲司は情報の“競売”を行っていた。


「今日の出品は、某大手IT企業が次期AIモデルに導入予定の設計図だ」


その情報は、競合企業の商業スパイから得たものだった。


一方、ミネルヴァは衛星通信を偽装し、東棟のLEDパネルの熱放射を使ってデータの痕跡を消していた。


「空は、記録を持たない。だから使える」


スクランブルスクエアの展望台は、都市の夜を一望できる。玲司はそのガラス張りのフロアを歩きながら、ミネルヴァのARインターフェース越しに複数の人物の“データ”をチェックしていた。


今夜、ここで開催されるのは“視覚的な競売”――だが、売買されるのは金や物ではない。情報。それも、企業の中枢を揺るがすほどの“技術的核心”。


「ミネルヴァ、対象の信号発信を開始。109フォーラムビジョン、接続中?」


《確認完了。投影準備完了。20秒後に競売信号を送信します》


玲司が手にする小型デバイスから、赤外光に変換されたデータが放出される。それは一見、ただの観光用ライトに見えた。


「このデバイスは、東棟LEDパネルの熱放射を利用して、衛星通信のように情報を上空へ“偽装”送信している」


誰にも気づかれず、空間を通じて“空へ”流れる情報。現代の都市における完璧な密輸手法だった。


展望台にはスーツ姿の男女が三々五々集まり始めていた。表向きはベンチャー企業の交流イベント。その裏で、玲司は彼らの動きを“入札者”として記録していた。


「今日の出品は、某大手IT企業が次期AIモデルに導入予定のニューラルアーキテクチャ設計図だ。関心がある者は、109フォーラムビジョンのQRコードから入札を」


画面に浮かぶQRコードは、見た目こそイベント案内だが、内部には暗号化されたウォレット接続が組み込まれていた。


ミネルヴァが続けて報告する。


《データ送信完了。入札者12名、最高値1.7BTC。全トランザクション、衛星経由ログ偽装済》


玲司は静かに笑った。


「この都市では、上を向いてる者だけが未来を変えられる。空を“通信回線”として使う時代が来たんだ」


展望台の片隅に、スーツを着た一人の中年男が近づいてくる。かつて大手企業のR&Dに所属していたが、今は“民間情報仲介業”という名のスパイ稼業を営んでいる。


「例の設計図、確認した。あれは……本物だな?」


玲司は頷いた。


「確認済みだ。中枢コードの改変記録も含まれている。君が盗み出したのは、間違いなくオリジナルの構造だ」


男は冷や汗をかきながら苦笑する。


「だが、危なかったよ。社内ネットワークに組み込まれていた監視AIが“自己更新”を始めたんだ。今じゃログイン履歴すら消去できない」


「そのために、ここで取引するんだろう?」


玲司の言葉に、男は口を閉ざした。取引は非同期的に行われ、ウォレット経由の署名だけが“存在の証明”となる。


その時、ミネルヴァが警告を発した。


《警視庁サイバー対策課、人工衛星通信に類似した異常電磁波を検出。周波数帯一致率92%。探知対象:スクランブルスクエア上空》


玲司は即座に反応する。


「フォーラムビジョンに投影している熱コードを一時停止。ミネルヴァ、衛星経路を1Hzずらせ。“宇宙気象ノイズ”を装え」


《了解。プラズマ干渉パケット挿入中》


スクリーン上には一瞬、“信号干渉によるノイズ”のような映像が走った。市民にはただの放送障害に見える。


玲司は視線を展望台の外へ向けた。夜空に瞬く衛星の光が、静かに明滅している。


「この国の上空を流れる情報が、誰かの思惑で塗り替えられる日が来る。その時、真実はどこに残るんだろうな」


競売は無事終了し、設計図は最高値で売却された。だがその裏で、玲司はミネルヴァにさらなる命令を下していた。


「売却データの全複製を、別ノードに分散保存。改変履歴は暗号化して“将来の公開用”にタグ付けしておけ」


彼は知っていた。今日の設計図が使われるその日、必ず誰かが“裏切り”を起こすと。


翌朝、ある経済紙が匿名のスクープを掲載していた。


『某AI企業、次期モデル設計図の一部が“ネットオークション”で流出か――真偽は不明』


関係者の名前は伏せられていたが、記事には渋谷スクランブルスクエア展望台の夜景写真が添えられていた。


玲司はその紙面を見つめながら、ミネルヴァに告げる。


「“真偽不明”であればこそ、人々はその中に“都合のいい真実”を見出す。だから俺たちは、“本物”を混ぜるんだ」


《次段階フェーズ:“EspionLoop”。都市情報網を横断するデータ改竄計画、準備完了》


玲司は眼鏡のARディスプレイ越しに、ビル群を一望した。


「次は、都市そのものを“企業戦争の盤面”に変える。情報は力だ。そして、力は都市を変える」


渋谷の空には、静かに衛星が巡っていた。


玲司の仕掛けた情報の波は、まだ誰にも正体を知られていない。


その夜、109フォーラムビジョンの光が突然、真っ赤なスペクトルに変わった。


わずか3秒。だがその間に、衛星から放射されたデータは、都市内の4000カ所以上のモニターへ拡散された。


“通信”ではない。“記憶”を植え付ける行為。


ミネルヴァの声が耳に届く。


《都市記憶層への同期完了。映像記録:スロットA37に格納。次フェーズ待機中》


玲司は、展望台の縁から遠ざかる都市を見つめ、静かに言葉を紡ぐ。


「空を“道具”に変えた人間だけが、地上を支配できるんだ」


そして彼は歩き出した。すべての真実が、まだ語られていない世界へ向けて。


第18話終わり

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