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第17話

第17話

■神崎玲司視点


渋谷ブリッジ――鉄道高架下を再開発したクリエイターのためのシェアオフィス。玲司はここに新たな“拠点”を作っていた。


表の顔はクラウドファンディング支援事業「SeedSpark」。だが実態は、選ばれた者だけが招待される“ハッカー養成講座”だった。


「今日の講義は、AI認証システムのバイパスについてだ」


玲司の声が、スピーカー越しに低く響く。


同時に、Rakuten Visionの公共音声システムが起動し、街頭では偽の投資セミナーが放送されていた。


「今日も、誰かが信じる“真実”を、俺が書き換える」


渋谷ブリッジ――かつて鉄道高架下だった空間は、今やスタートアップやクリエイターたちの集う新興の拠点として変貌を遂げていた。工業的な鉄骨とコンクリートの空間に、温もりのある木材とLEDライトが調和する。


玲司は、その一角にあるシェアオフィスの一室に足を踏み入れた。名目はクラウドファンディング支援企業「SeedSpark」。しかし、この部屋で行われているのは、単なる起業支援ではなかった。


「アクセス権確認。レベル2以上の講座参加者、入室許可」


ミネルヴァが自動的に認証を行い、入口のドアが開く。そこには十数名の若者たちがPCを前に座っていた。


玲司は前方のホログラムディスプレイにスライドを表示する。


「今日の講義は、“AI認証のバイパス”。正確には“信頼できる認証システムに信頼させない方法”についてだ」


参加者たちは神妙な顔で聞き入る。彼らは、選ばれし“逸材”だった。一般には出回らない情報と技術を、玲司から直に学ぶためだけにここに集められていた。


「Rakuten Visionの音声コアがどうやって音源信号を分析しているか、知ってるか?」


玲司はそう問いかけると同時に、手元のタブレットを操作し、渋谷全域に設置されたRakuten Vision公共音声システムをハイジャックした。


《音声放送開始:ファンド情報公開セミナー“今日から始める億り人計画”》


その音声は、街頭スピーカーを通じてまるで“セミナー中継”のように聞こえる。しかし内容は、実際にはデータ収集と行動パターン分析を目的とした“社会実験”だった。


「本日お届けする最新投資案件は、“環境対応型AIドローンファンド”です……」


玲司は、スピーカーから流れる音声を操作しつつ、別端末でその情報に反応した通行人の表情と行動を記録していた。


「視覚、聴覚、そして“信頼”。その3つを同時に操れれば、人は躊躇なく財布を開く」


講座の若者の一人が質問する。


「これって……詐欺と何が違うんですか?」


玲司は、目を細めた。


「違うのは、“目的”だ。俺たちは金のためじゃない。“意識”を変えるために操作している」


街中では、音声セミナーに誘導された市民たちが自然と一方向に流れ始めていた。


その夜、ミネルヴァが渋谷区内に設置された100を超える公共スピーカーから集音したデータが、深淵ノードに吸い上げられていた。


《音声反応解析:セミナー信号に対する注視時間中央値 3.8秒。追跡開始者 62名。デジタルアクション反応率 12.6%》


玲司は講義室に戻ると、参加者に向けてこう語った。


「今日のセミナーは、単なる情報流布じゃない。音に反応した人間がどう動くか、それを“都市単位”で記録した」


スライドが切り替わると、地図上に無数の点が赤く光る。反応者の移動経路とネットアクセスがリアルタイムで描画されていた。


「次のステップは、“音”を使った行動誘導。Rakuten Visionの音声フィルタを操作して、“聞きたい言葉”だけを届ける」


別の参加者が声を上げた。


「それって……洗脳じゃないんですか?」


玲司は静かに頷いた。


「洗脳とは、“選択肢を与えない操作”だ。だが俺たちは、“選ばせるように見せて、導く”だけだ」


その違いが、倫理の境界だった。


警視庁サイバー犯罪対策課では、音声ネットワークの異常通信量が報告されていた。


「Rakuten Visionから断続的に不明なコマンドが流れてる。セミナー情報じゃない、これは……操作信号だ」


松永警部補は眉をしかめる。


「また神崎か。やってることが、いよいよ都市全体の“感覚”に手を出してきたな……」


そのとき、講義室の隅にいたある参加者が、玲司に問うた。


「あなたは何を信じて、これをやっているんですか?」


玲司は、スライドを閉じ、部屋を見渡した。


「この国には“情報”という名の牢屋がある。正しい情報は誰かに封じられ、信じる自由さえ操作される。だから俺はその“鍵”を奪うんだ」


その言葉に、部屋の空気が静まった。


玲司は最後に一言だけ言い残した。


「今日の講座はここまで。次回は、“無意識に触れるコード”についてだ」


その夜、Rakuten Visionの音声セミナーに反応した市民の一部が、特定のウェブサイトにアクセスしていた。そのサイトは、環境投資を謳う綺麗なLP――だが、実際には玲司が開発した“行動パターン記録AI”のインターフェースだった。


《行動パターン識別完了。サイト滞在時間平均18.3秒。広告反応精度予測値:78%。次段階影響対象として記録》


玲司は、ミネルヴァに命じる。


「この“実験”で集めたデータを、次の音声インターフェースに活かせ。“聞こえる言葉”で未来を誘導する」


彼の思考はすでに次のステージにあった。感情認識型音声広告、無意識層反応型音声波長分析、そして――“音で嘘を消す技術”。


講義を終えた玲司は、オフィスの外へ出た。夜の渋谷ブリッジに吹く風は、夏の湿度を含んでいた。


「音は空気を通じて届く。空気を制す者が、都市を制す」


ミネルヴァが耳元で告げる。


《次フェーズ名:SilentChorus。都市全域の音声環境への干渉と共振制御の準備完了》


玲司は目を細めて、夜空を見上げた。


「“視覚”を手に入れた都市に、今度は“耳”を与える。Pandoraに目を、Rakutenに声を」


誰もが無意識に動かされる都市の完成が、近づいていた。


そして、街は“囁き”に導かれる。玲司はそれを“静寂の合唱”と呼んだ。


第17話終わり


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