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第15話

第15話

■神崎玲司視点


渋谷・宮下公園。表向きはカフェと緑に囲まれた憩いの場だが、地下には登録されていない暗号資産取引所が存在する。その運営を裏で掌握しているのは、玲司だった。


「空調システム、演算同期率は?」


《92.1%。渋谷ストリームビルの全空調設備が、マイニングアルゴリズムと連動中》


玲司は渋谷のビル群から吸い出される“隠れた処理能力”を、仮想通貨の採掘に転用していた。


一方、スクランブルスクエアの屋上に設置された熱感知カメラには、削除すべき取引ログが映っていた。ミネルヴァがその発熱データを干渉して改竄を始める。


「記録は燃やす、熱の中でな」


宮下公園の地下には、公には存在しないはずの空間が広がっていた。地上のカフェテリアから繋がるメンテナンス用の非常階段を抜けた先、コンクリート打ちっぱなしの空間には、LEDランプが無数に点滅し、仮想通貨のマイニングリグが静かに回っていた。


そこに集まるのは、金融免許を持たない“影の投資家”たち。玲司はこの地下市場の実質的な管理者だった。だが彼の真の目的は、資金獲得ではない。“演算リソース”の収奪だった。


「ミネルヴァ、渋谷ストリームの空調分散ユニットを通じた並列処理数は?」


《総ノード数64、稼働ユニット57、演算効率91.8%を維持中。収益性最適化ルート継続中》


玲司は満足げに頷いた。ビルの空調システムは常時稼働しており、気づかれることなくマイニングに利用できる。だがそれだけではない。彼はこの“リソース消費”を通じて、渋谷全体の熱分布データに干渉する準備を進めていた。


その頃、警視庁の捜査班もまた、異変に気づき始めていた。


「宮下公園地下の電力使用量が異常に高い。通常の10倍近いぞ」


「カフェの冷蔵庫が暴走でもしたのか? ……いや、これはサーバー系の消費だ。誰かが何かやってる」


玲司はそれを察知していた。ミネルヴァのセンサーネットワークは、警視庁の電力監視ルートにもアクセスしていたのだ。


《警視庁経由の電力監視データ取得完了。警戒レベル:β。推奨:“記録データ熱改竄プロトコル”起動》


「やれ。……記録は、熱の中に消える」


スクランブルスクエアの屋上にある熱感知カメラは、建物全体の熱源をモニターするために設置されていた。玲司はそこに偽の熱波データを上書きし、取引ログの記録映像を“ノイズ”として消去する工作を始める。


《熱波擬似データ挿入中。過去24時間分の映像ファイル、再構成済。現地温度上昇アルゴリズムにより“熱障害”を装う》


玲司の狙いは明確だった。仮想通貨で得た資金の流れを“技術的理由”で抹消する。その痕跡は、実際の取引としても合法に見えるよう構築されている。


「この街の空調も、情報も、そして金も、すべて俺が“気流”のように流す」


地下の空気はマシンの熱で蒸していた。マイナーたちは誰が“主”なのかを知らない。ただ利益を追う獣のように演算に参加していた。


玲司の目は、そのすべてを見下ろしていた。


一方、渋谷の防犯監視センターでは、松永警部補が異常な通信ログを検知していた。


「この数日、渋谷ストリームと宮下公園地下の通信が異様に活発だ。しかも、熱感知センサーに不自然な“冷却障害”記録が残っている」


「通常の監視AIでは“誤作動”として処理されていましたが……意図的なノイズかもしれません」


松永はモニターに顔を近づけた。


「AIが誤作動する時代か……いや、これはAIを操作してる奴がいる」


玲司はそのやりとりさえ、事前にミネルヴァで予測していた。


《松永隆司の行動履歴パターンから次の推論:“現場確認指示”の可能性84%。対応策は?》


「スクランブルビジョンに気を逸らせ。“未来の犯罪予告”を流せ」


《了解。処理開始》


そして数分後、渋谷駅前の109ビジョンに突如として速報が表示される。


『近日中、仮想通貨市場における連鎖的暴落が発生の可能性あり——匿名AI発信』


人々が騒ぎ始める。


玲司はその騒ぎの裏で、宮下公園地下の最終操作に取りかかっていた。


「ミネルヴァ、マイニング完了ログを“自然故障”扱いでサーバから削除。その後、構造自体を解体フェーズへ」


《了解。サーバーダウンロード終了。冷却系統故障シミュレーション開始》


サーバの一つが意図的にオーバーヒートを起こすよう設定され、火災警報が作動する。


直後に管轄消防署へ通報。市民からの通報に偽装された情報が送られ、現場は混乱に包まれる。


「すべては“事故”として処理される」


玲司はすでに別ルートから渋谷ストリームの地下駐車場に抜け出していた。


その頃、ミネルヴァは新たな報告を上げる。


《全資産換金完了。総額:2,413,225USDT。追跡経路:不可能》


「檻を壊し、獣だけ解き放った。……次は、この金で“正義”を買う」


玲司の視線は、新たなビジョンネットワークに向けられていた。


翌朝、経済ニュースは一面で仮想通貨関連の“異常な燃焼事故”を報じていた。


『渋谷・宮下公園地下で火災。原因はサーバ過熱か。現場にはマイニング装置の残骸も』


SNS上では「闇マイニング施設」「違法通貨拠点」などのワードがトレンド入りし、都市に動揺が広がっていた。


だがその情報を最初に投下したのも、玲司が操る偽装ニュースAIだった。


《ミネルヴァより報告:主要5ニュースサイトにデマ拡散完了。出資先メディア“AstraNova”の資本価値上昇中》


「世論の流れを作るのは、“真実”ではなく、流す“順番”だ」


玲司はその日の午後、新たな投資先企業“AstraNova”の代表と会談していた。


「社会の混乱はビジネスのチャンスです。我々は、中立的AIプレスシステムを広めるべきだと思いますが?」


「ええ、正しい順番で情報を出せば、誰も“中立性”を疑わない」


彼の裏の目的は、AIによるメディア統制だった。


《次段階フェーズ提案:Project CandleMaze(報道・通貨・通信の3系統制御)》


「始めろ、ミネルヴァ。情報こそが、この都市の“重力”だ」


スクランブル交差点の巨大ビジョンが再び切り替わる。


今度は、企業広告に紛れ込んだある単語が一瞬だけ映る。


《Control is Currency》


それを見上げた人々は、ただのキャッチコピーと思って立ち去っていった。


だが玲司は知っていた。


それこそが、この都市を支配する“鍵”であると。


夕暮れの渋谷。玲司は歩道橋の上から交差点を見下ろし、最後にこう呟いた。


「檻に囚われるな。通貨は、力だ」


第15話終わり





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