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第13話

第13話

神崎玲司視点


渋谷スクランブルスクエアB2F、かつて人通りの多かった地下通路は、今や玲司の“取引場”となっていた。天井に設置されたサイネージには、一見広告に見える暗号コードが流れ続けている。


「会場は整った。ミネルヴァ、ステージを起動」


《暗号美術品取引プロトコル展開中。競売開始まで120秒。参加者ログイン完了:18名》


玲司が出品したのは、未来の犯罪者から没収した美術品。仮想通貨での完全非対面オークション。


「さて、どの“欲望”が一番強いか、見せてもらおうか」


その間、警視庁の監視カメラは一切異常を検知しない。玲司が仕込んだ3D錯視映像が、“通常の通行人”を演じていた。


「透明な市場。透明な犯罪。だが、俺には全部見えている」


B2Fの天井からぶら下がる大型サイネージは、通常の目にはただの広告映像に見える。しかしミネルヴァが制御する映像フレームの1/60秒ごとに挿入された“不可視コード”は、仮想通貨ネットワークに接続された匿名ノードにだけ“オークション会場”を映し出す。


玲司はその様子を、携帯端末越しに観察していた。各ノードからのアクセスはトーラス型ネットワークを通じて匿名化され、接続元は特定不可能。だが、玲司は逆にそれを“特定するための罠”として設計していた。


「表の取引に使われるアドレスは、裏の顔を持つ。……人間もそうだろ?」


ミネルヴァの処理は正確だ。出品された美術品は、いずれも違法に取引された品を押収・再構成したデジタルアート。実物の所有権は関係ない。“価値”を競るのは、見えない者たちの“欲望”だけだった。


《競売開始。最初の出品:デジタル復元画『盗まれた夜景』。初期価格:2BTC》


数秒後、18のノードのうち5つが応札。その速度と数値変動に、玲司の目が鋭く光る。


「この応札速度……裏カジノ経由だな。あの金融ブローカーも混じってる」


《照合一致。IP遷移元に“高橋 俊彦”関連仮想通貨ウォレット反応》


「詐欺師が美術に興味か? それとも、“洗浄”のつもりか?」


その一方で、警視庁の地下監視センターでは、担当刑事が映像モニターを見つめていた。


「渋谷スクランブルスクエア地下、動きはあるか?」


「いや、通行人ばかりです。特に不審な動きはありません」


彼らが見ているのは、玲司が“用意した映像”。実際の通行はすべて3D合成で作られた“錯視映像”で、監視AIすら騙していた。


玲司の声が、無線に近いレベルの暗号通信でミネルヴァに届く。


「映像誤差率は?」


《平均誤認率:98.7%。認識AIの判定はすべて“通行人”に分類中》


玲司は微笑んだ。


「なら、次の出品を」


二品目の出品は、特注の仮想データ彫刻《黙示録の仮面》。視覚的には単なる立体画像だが、素材に利用されたメタデータには、過去に摘発された地下銀行の通信ログが含まれていた。


《初期価格:5ETH》


オークションが進行する中、玲司は応札パターンから参加者の“性質”を逆解析していた。


「この三番ノード、動きが鈍い。元官僚系か……警戒してるな」


《接続元IP、匿名VPN経由の通信。過去に国会中継用アカウントと一致》


「ふっ……議会関係者も興味を持ってるとは、面白い」


一方、警視庁地下室では異変を感じ始めた若手刑事・伊藤真理子が上司に報告を上げようとしていた。


「課長、B2Fのカメラ映像、どうも不自然です。通行人の動きにパターンがあります、AIが騙されてる可能性も……」


松永警部補は一瞬だけ沈黙したが、首を振った。


「そこは既に検出アルゴリズムが強化されているはずだ。……だが、気になるなら別経路のカメラと照合してみろ」


伊藤は端末を切り替え、建物内の別フロアから地下への動線映像を検索する。


その頃、玲司は三品目を出品しようとしていた。


「次は“情報”そのものだ。芸術作品ではなく、“金になる秘密”を売る」


《出品:大手広告代理店の未公開契約書データ(政治資金関連)。初期価格:3BTC》


ミネルヴァが並行して構成する出品情報には、企業の内部構造、予算分配データ、秘匿ルートの資金移動ログが含まれていた。つまりそれは、“暴露”でもあり、“脅迫”でもあった。


瞬時に応札が殺到した。


《最高値更新中。現在価格:7.4BTC》


「欲しがるか。裏金で買い戻すとは、笑える構図だ」


玲司は目を細めた。


そして、競売の裏で静かに記録されていたもの――それはすべて、玲司が設けた“接触者リスト”に蓄積されていった。


《接触ログ:新規デバイス署名4件、金融ルート認証成功2件、政界関連IP1件検出》


「これでいい。金で買われる真実を、今度は“使う”側に回る」


玲司は地下通路の照明が一瞬揺らぐのを見上げた。


「次は、光と音を使った“空間そのもの”のオークションだ」


玲司は全取引のタイムスタンプとIP応答遅延から、応札者の性格傾向すら記録していた。


《参加者分類完了:強欲型 6名、観察型 4名、沈黙型 2名、リスク追求型 6名》


「次回の操作対象が揃ったな。裏と表、両方の顔を確認した。十分だ」


ミネルヴァが通知する。


《警視庁・伊藤真理子が地下映像の再検証を開始。補正用錯視レイヤーを再設計しますか?》


「いや、それも餌だ。あいつには“気付いてもらう”必要がある。正義感の強い刑事なら、動くだろう」


玲司は最終出品として、《視覚アルゴリズム乱数鍵》を提示する。


この“商品”には、次世代AR広告の中枢である“感性誘導アルゴリズム”の断片が含まれていた。


《出品:感性誘導型AI広告コア鍵断片。初期価格:10BTC》


即座に応札。取引は一気に20BTC超へ跳ね上がる。


玲司は目を細めた。


「データの価値は、見る者によって変わる。だが、見られていないと思っている奴が一番危ない」


そして――取引終了直前、渋谷の地下で静かに変化が起きた。


警視庁の監視カメラが、映像の一部に“揺れ”を検出する。


「検出レベル2。映像と実空間のズレを発見。これは……本物か?」


伊藤真理子がモニター越しに叫ぶ。


「誰かが……渋谷の地下で、何かをやってる!!」


その報告は、上層部の松永に直ちに伝わった。


「……奴か。神崎玲司」


だがその頃には、玲司はすでに地下通路から姿を消していた。


彼がいた証拠は、サイネージに1フレームだけ映された文字だけ。


《SOLD》


その瞬間、渋谷の地下にいたすべての情報が“完売”されたことを示す、終止符だった。


そして、ミネルヴァが静かに語る。


《第13フェーズ終了。情報流通経路掌握率:92%。深淵ノードに記録を移送中》


玲司はエスカレーターを昇りながらつぶやいた。


「情報の時代では、“価値”とは交換されるものではない。暴露され、消費される運命にある」


都市の奥深くで、新たな流通の形が生まれた夜だった。


風が渋谷の地下から地上へと吹き上がる。玲司はそれを背中に受けながら、最後に一言だけ呟いた。


「人の欲が織り成す市場――そのすべてを、俺が観測する」


第13話終わり






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