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第12話

第12話

■神崎玲司視点


QFRONTビル最上階、通常は立入禁止の制御室。玲司はミネルヴァと共に、渋谷スクランブル交差点に並ぶ5面ビジョンの制御システムを解析していた。


「……始めようか。市場が目を覚ます前に」


ミネルヴァが静かに応じる。


《ハッキングモジュール展開中。各ビジョン制御プロトコルを掌握。東急OOH経由での信号遮断成功》


瞬間、渋谷の空に並ぶ全ビジョンが同時にフラッシュ。映し出されたのは、存在しない“株価急騰”の速報だった。


『東都電力、+37%爆騰』『一ノ瀬製薬、新薬認可で時価総額2兆円突破』――


玲司は静かに笑う。


「これで、虚構に踊る連中の顔が見られる」


一方、株式市場は異常な売買を検出し、証券取引委員会が動き出す。


玲司の狙いは、ただの混乱ではない。その“混乱の中”で、本物の裏資金の流れを洗い出すことだった。


QFRONTの制御室は、かつて映画館だったフロアの最奥に設けられている。厚い遮音扉の向こうには、渋谷の5面ビジョンを統括する専用端末が並び、玲司はその中心で黙々と操作を続けていた。


「ミネルヴァ、現時点の信号変換レイヤーの同期状況は?」


《ビジョン5基中、4基は完全掌握。残り1基、Rakuten Visionに接続遅延あり。迂回経路経由で制御中》


手元のディスプレイには、架空の株価データがリアルタイムで生成されていく。AIによるアルゴリズムが、市場に与える“影響度”と“視覚的信頼感”を即座に算出し、映像に変換する。


「数字は嘘をつかない。けど、人間は“信じたい数字”を選ぶ。そこに罠を張る」


ミネルヴァの演算により作られた“架空の急騰データ”は、瞬時に5面ビジョンへ送信される。午後13時の昼休み直後、市場が最も動き出すその瞬間を狙って。


一斉に交差点の空が白光を放ち、仮想の“株価ニュース速報”が表示された。


「緊急速報!東都電力、政府との共同事業発表」

「速報:一ノ瀬製薬、新薬フェーズ3通過、承認確定間近」


それらはすべて、存在しない未来の情報。だがその演出はリアルだった。


同時刻、証券取引所では急激な出来高上昇が観測され、売買アルゴリズムが異常反応を起こし始める。


「おい! 東都電力の株、何だこの上昇率!?」

「フェイクニュースじゃないのか!? いや、でもビジョンで流れてるし……」


焦った投資家たちが次々と買いに走る。そこに潜ませた罠――玲司は、あらかじめ仕込んでいた別銘柄の空売りポジションで利益を得ながら、その裏で取引履歴のトラフィックを解析していた。


「この異常取引に、どの口座が反応するか。それで、誰が裏金を操作しているかがわかる」


《取引追跡開始。国内大手証券の一部口座が異常反応。警戒対象“光栄マネーサービス”経由で高額取引を確認》


玲司の狙いは、虚構の混乱に乗じて、裏資金の動きを“浮かび上がらせる”ことだった。


証券取引委員会のサーバールームでは、取引異常を示すアラートが立て続けに鳴り響いていた。監視担当官が眉をひそめる。


「東都電力に短時間で5万件以上の成行注文? ……こんなの、過去に例がない」


「いったい誰が……いや、なんでメディアには何もないんだ?」


一方で、テレビや新聞社の記者たちも混乱に陥っていた。どの大手通信社にも、株価上昇の根拠となる情報が届いていない。


「ソース元が見つからない? でもビジョンには映ってるんだよな?」


「これは……ハッキングだ。意図的な情報操作だ」


SNSではすでに“株価詐欺”というハッシュタグがトレンド入りし、市場は一時的なパニック状態に陥っていた。


その最中、玲司は渋谷のQFRONT制御室に静かに立ち尽くしていた。ターミナルにはリアルタイムで追跡されたIPアドレスと口座情報が表示されている。


「やはりこの口座……光栄マネーサービスの裏口座。政治家と広告代理店の結節点」


ミネルヴァが報告する。


《裏金操作ログ取得完了。関連人物:大谷英樹、資金経由先4件、不正操作履歴12件》


「……やっと繋がったか。これで証拠は揃った。次は、“あの男”を舞台に引きずり出す」


玲司はビジョン操作を終了し、すべての端末からログを削除する。その痕跡は、わずか数分で“存在しなかった現象”として、都市に吸い込まれていく。


だが、株価と証券記録、そして人々の記憶は、それを完全には忘れない。


その夜、109フォーラムビジョンの画面が一瞬だけ暗転し、赤い英文字が浮かび上がった。


《FAITH IN DATA IS FRAIL》


数字への信仰は、もろい――その警告は、都市の空に一度だけ刻まれ、また静かに消えた。


玲司は深く椅子にもたれ、ミネルヴァに最後の確認を求める。


「取引履歴、バックアップを“深淵”サーバに移行しろ。次のステージは“信頼の崩壊”だ」


《移行完了。次フェーズ:都市広域情報通信網の脆弱性調査》


玲司は瞼を閉じながら呟いた。


「信じていたものが崩れたとき、人は初めて目を開く。俺はその瞬間を見たいんだ」


渋谷の喧騒の中、誰も知らない静かな革命が、また一歩進んでいた。


翌日、金融庁と警視庁の合同会見が開かれた。司会を務める官僚の顔は青ざめていた。


「昨日、13時より発生したビジョン表示の誤情報による株価変動に関して……現在、捜査を進めております。サーバーの不正侵入を確認しており……」


その言葉が終わらぬうちに、会場の記者が食い気味に質問を投げる。


「では、政府関連企業が映像ネットワークに依存しているリスクは、想定外だったと?」


「……はい、想定されておりませんでした」


ニュース番組はそのやりとりを繰り返し流し、評論家はスタジオで語る。


『もはや“画面に映ること”が真実となっている社会……それを逆手に取った者が現れた』


『投資とは数字を見ることではない。“誰が”その数字を操作できるかを見極める時代に入った』


玲司はその報道を見ながら、淡々とミネルヴァに命じる。


「次は、教育系プラットフォームの中核サーバを掌握する。“真実”を教える者が誰か、それも問う」


《指令受領。“Project EDU-FRACTURE”へ接続準備中》


玲司の眼差しは、すでに未来を見据えていた。


数字の嘘、人の盲信、映像の罠――そのすべてを操る“深淵の支配者”として。


そして、その夜。渋谷の空に浮かんだ5面ビジョンは、何の前触れもなく一言だけを表示した。


《この世界は、誰のものか》


それは問いであり、警告だった。


それを見上げた一人の通行人が、つぶやいた。


「わかんねぇけど……この街、動かしてるのはニュースじゃなくて、ビジョンかもな」


誰もが知らずに見上げる。誰かが仕掛けた情報の幻影を。


そして、玲司は静かに笑った。


「支配とは、力ではなく“視線”だ。それを集めた者が世界を変える」


風が吹き、スクランブル交差点の灯りが瞬いた。


革命は、もう始まっている。


渋谷という舞台で、真実という名の幻想は今、静かに書き換えられていく。


そして、その筆を握っているのは——神崎玲司だった。


第12話終わり









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