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第11話

第11話

■神崎玲司視点


渋谷ストリーム国際会議場。そのホールに詰めかけた百数十名の観衆は、新時代の“天使投資家”の登場に胸を躍らせていた。壇上に姿を現したのは、黒のスーツに身を包んだ玲司。


「本日、私はAIスタートアップ5社への出資を発表します」


会場の空気が一変する。同時に、渋谷109フォーラムビジョンにはその様子がライブ中継され、道行く人々の注目を集めていた。


だが、その裏で進行していた“もう一つのプレゼンテーション”――。


《DHC Channelサーバー侵入完了。政党資金流用記録の抽出率82%。ミネルヴァによる解析開始》


玲司は語る。


「AIは、未来を支える技術であると同時に、“正義”を支える武器でもある」


まさにその言葉通り、別チャンネルでは暴かれていく闇。


“某政党資金、関連企業への不透明融資記録”

“裏献金ルートに関する録音データ”


玲司の仮面は、“未来の希望”と“社会の裁定者”の二面を持つ。


そしてその夜、109フォーラムビジョンが一瞬だけフリーズし、画面が切り替わる。


《Project M: Initiated》


社会はまだ気づかない。彼がすでに、情報戦の頂点に立っていることに。


会場の中央には、玲司の前にプレゼン用のタッチパネルが設置されていた。そこには、投資予定のAIスタートアップ各社の名前が並び、資金配分比率や事業領域が可視化されている。


「まずはこちら。医療AIを開発する“NeuroHeart社”。彼らの技術は、脳波解析による早期認知症診断を可能にします」


観衆からはどよめきが起こる。次々に紹介されるAI企業群は、いずれも将来性の高い分野に属していた。教育、医療、エネルギー、物流、司法支援。


だが、その“清廉な顔”の裏で、玲司は別の目的を遂行していた。


《DHC Channel内広告ログ解析中。政治資金タグ付きデータ89件、うち37件が異常構造を含む》


ミネルヴァの計算は正確だった。すべての不正支出は広告料を経由してマネーロンダリングされており、政党名義からの不透明送金が記録されていた。


玲司は壇上で穏やかに語りながら、手元の端末にコードを入力する。


「AIは、感情や偏見に左右されない判断を可能にします。しかし、それを設計するのは人間です。ゆえにこそ、私たちは責任を持ってそれを導かなければならない」


《解析完了。関連政治家:大谷英樹。疑惑件数:11。証拠動画3件、音声記録2件、広告契約書データ1件》


彼は視線を上げ、観客席を見渡した。誰もが未来に期待し、目を輝かせていた。


「私はこの渋谷を、“希望の中心”に変えたい。だからこそ、闇もまた照らさなければならないのです」


その言葉と同時に、ミネルヴァはDHC Channelのサブ放送波を掌握。視聴者の目に、突然流れ出した“不自然な番組”が映し出される。


「……え、今のって……政治資金?」


「なんだこれ、ニュースじゃなくて録音……?」


群衆の声が広がる。SNS上には、瞬く間に映像の切り抜きとハッシュタグが踊り始めた。


玲司のプレゼンは、クライマックスに差し掛かっていた。


「皆さんが投資する未来は、現実の社会に直結しています。だからこそ、ここから始めましょう。倫理ある資本主義を」


そして――109フォーラムビジョンに映し出された“異常信号”。


画面が一瞬ブラックアウトし、浮かび上がるのは白地に赤の文字。


《Project M: Initiated》


それは、玲司が次に仕掛ける社会変革の第一波であり、同時に“深淵”の再始動だった。


その頃、都内某所の高級料亭では、大谷英樹が側近たちと会食中だった。テレビの音が突然乱れ、DHC Channelが切り替わる。


「今、何か言ったか?」


「あ……いえ、妙な音声が……」


画面に現れたのは、まさに彼の声だった。裏献金を示唆する録音。そして、契約書のデジタルコピー。すべてが“証拠”として、映像で可視化されていた。


「馬鹿な……どうして、これが……!」


彼の額に冷や汗が滲む。横に座っていた広告代理店の担当者が慌ててスマートフォンを確認し、顔色を変えた。


「議員、SNSが……“大谷×DHC”でトレンド入りしてます」


「止めろ! 全局に抗議しろ、電波停止だ! デマだと流せ!」


その怒声も空しく、ネットは止まらない。玲司が仕掛けたのは、放送ではなく“社会構造そのもの”を使った情報流通だった。


会場ではプレゼン後の質疑応答が始まっていた。


「神崎さん、ご自身の投資哲学に、“倫理”という言葉を強く使われますが、そこには何か特別な理由が?」


玲司は穏やかに笑い、少しだけ目を伏せた。


「私は、過去に大切なものを失いました。だからこそ、未来に同じ痛みを繰り返さない社会を望んでいる。それがAIであろうと、人間であろうと、共にあるべき“倫理”があると信じています」


観客席からは、拍手が沸き起こった。その中には、藤原里奈の姿もあった。彼女の目は玲司をまっすぐに見つめていた。


玲司の背後、スクリーンには未来AI事業のロゴが映し出されていた。


NeuroHeart、EduFlux、SolarData、Justitia、UrbanChain――そして、最下部には、ひときわ異質な英字が浮かぶ。


《MINERVA》


発表会が終了した後、玲司は渋谷ストリームの裏手にある控室で、ミネルヴァのダッシュボードを確認していた。


《Project M 拡散分析:Twitterトレンド世界7位、国内1位。動画共有サイト同時接続数 約25万件。主要5メディアが速報掲載中》


「いい流れだ。あとは、政治の側がどう動くかだな」


玲司の目に、緊張の色はなかった。すでに勝負の趨勢は見えている。証拠の提示、世論の反応、情報拡散の速度――すべてが設計された“現象”だった。


《次のフェーズ:公共放送局連動の調査報道AI連携を提案。倫理審査通過済み》


「進めろ。俺は――“倫理”という名の包丁で、この社会をさばく」


外では、渋谷駅周辺に集まった市民の一部が、ビジョンに映る《Project M》の文字に向かってスマホを掲げていた。


中にはハッシュタグを手書きしたプラカードを掲げる若者も現れ、ニュース番組ではそれを「新時代の市民意識運動」として取り上げ始めていた。


玲司はガウンを脱ぎ、スーツの袖をまくりながら呟く。


「天使の仮面も、ここまでだ」


彼の背中には、次なる計画書が投影されていた。


《Phase 2 — CODE: TRUST_BROKEN》


その文字は、今後起きる波乱の前触れだった。


渋谷の夜空を、無数のドローンが横切る。その一機が撮影した映像が、再び109フォーラムビジョンに映し出される。


白地に刻まれた新たな言葉――


《No more hidden funds. No more silent witnesses.》


玲司はその文字を見上げ、最後にこう告げた。


「仮面は、剥がされた。次は、“心臓”を狙う」


都市の灯りの中で、神崎玲司という名前が静かに、だが確実に刻まれていった。


第11話終わり





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