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「夜景を見ながら、」
展望台の柵に、私は体を預けた。
夜景が、目の前いっぱいに広がっている。
けれど、光よりも眩しかったのは、隣に立つ彼の存在だった。
ふいに、彼がひとつ息を吐いた。
吐く息が、白く浮かび上がり、私の頬をかすめる。
触れもしないのに、距離が一気に縮まった気がした。
顔を向けると、彼もこちらを見ていた。
無言のまま、視線だけで、なにかを交わす。
彼の指先が、手すりの金属をなぞる。
すこしずつ、私の手首に近づき──触れる寸前で止まった。
息を飲んだ私の耳元で、彼が低く、ささやいた。
「……帰り、うち、寄ってく?」
それだけだった。
でも、体の奥が、音もなく熱をあげた。
夜景が遠ざかる。
意識のすべてが、彼の声と、肌をすべる空気に縛りつけられていた。