捜査
リルカたちは目的の部屋を目指し、歩き出した。
執事長と呼ばれていた男性が指示したのか、屋敷の中に人の気配は感じない為、目的の部屋まで問題なく辿り着きそうだ。
しかし、遠くから何かの音が聞こえ出した。おそらく夫人が帰宅したのだろう。
先頭を歩くコルアが少し急ぎ気味に歩きながら、小声で呟いた。
「まだ分からないけど、」
突き当たりの、奥にある美術品の時計台が見えてきた。あそこを右に曲がって1つ目の扉が目的の部屋だ。
「鍵で開ける物の中に入っているものは、夫人の証拠かもしれない」
遠くから聞こえる音が、何やら騒がしくなり始めた。
「今更だけど、証拠が見つかれば、僕たちの行為は夫人を貶めることになる。リルカはそれでもいいの?」
リルカもそれには気づいていた。ルイス卿の家族を壊す行為かもしれないと。好いた人の為、と言い訳しながら、あの人の妻である夫人に嫉妬し突き落とそうとする。夫人が以前リルカにしたこと以上に最低かもしれない。
それでも、決めたのだ。コルアに言われて気づいたから、自分の思いや醜さ、無力な自分に、そして......願いに。
「真実は明らかにする。そして委ねるのよ。公平な審判ができるよう。その為に来たの」
リルカの決意の瞳を横目に、コリアは願う。
リルカのこの恋が、どうか泣かずに終わってほしい、と祈るように願った。
突き当たりの時計台の影から、人の出入りがないか確認する。隠れ蓑に使う時計は美術館の目玉にされていてもおかしくない、純金で作られた物だった。
廊下の様子を伺い、コルアがこちらを見ながら頷く。時計台をすり抜け、歩き出した。その時。
「ねえ、なにしてるの?」
驚いて振り返ると、半ズボン姿の男の子が立っていた。慌ててコルアの方を見遣ると、彼は時計台の死角の位置に隠れていた。
「おねえちゃんどこからきたの?」
「え、えーと今日入ったばかりで...」
「そうなんだ。ぼくねえ、おひるねがおわったから、おへやからでてきたんだよ」
部屋の位置を指を刺している子どもは、緑の瞳で顔立ちも驚くほど夫人に似ていた。おそらくこの子が夫人の子どもだろう。ルイス卿に全く似ていないという噂も頷ける。
「かあさまが、おきたらいなかったんだ。おひるねもよるも、ねるときはいつもいるのに、おきるときはね、いなくなっちゃう」
「起きるときいないのも、ずっと?」
「ううん、まえはいてくれたよ。おそとにでかけることもね、かあさまはなかった」
という事は、出歩くようになったのは噂が流れ出した極最近の出来事らしい。
「かあさまはまだいない?」
「ううん!今お帰りになったところよ!」
「そうなんだ。じゃあぼく、かあさまのところにいくね」
「玄関口にいらっしゃると思うの!!できれば母様としばらくそこにいて欲しいな!」
「うん、わかった」
お願いね!!と力強く言うリルカに、子どもは手を振りながら去っていった。
「全く...子どもに向かって無理言うね」
「コルアこそ、ずっと隠れていたじゃない...!」
「咄嗟だったから」
緊張が解けたからか、息を吐きながらコルアが出てきた。
夫人が部屋に戻る前に捜索する必要がある為、緊張しながら部屋に近づく。
扉のドアノブを回し中を覗くと、そこは執務室のような空間が広がっていた。
夫人がこんな部屋にいるなんて意外だが、この中に目的の物があるはずだ。
「どこにあるんだろう」
「一目で分かるようなところには置かないだろう。おそらく、個人的な物には近寄りがたいからその辺りにあるんじゃないかな」
コルアが指したところに写真が並んでいた。先ほどの子どもの写真が並んでいる。その中に驚いたことに、夫人とルイス卿、そしてリルカの姉が並んだ写真が混ざっていた。
「姉様が写ってるわ」
「ルイス卿が言ってた事って本当だったんだ」
「私の言った事も信じてないって事?」
「あ!リルカ、これ見て」
写真の奥に古書がビッシリと並んでいた。本棚には大きさ、種別問わず並んでいるのに写真の奥の辺りだけなのは...。
写真を移動し、コルアが古書の一冊を取り出してみると、本の後ろは棚の背板だった。
「違った...」
「いやこれは」
背板に触ってみると、古書の後ろの部分だけ背板が動いた。
リルカたちは顔を見合わせ、2人で背板を動かそうと藻搔いた。
すると、外れた背板から覗かせたのは、鍵穴を持つ、黒色の長方形の箱。
目的の“金庫”だった。
「...本当にあった」
「リルカ。鍵を」
言われるままに、震える手で穴に鍵を差し込み、回してみる。あっさりと開封の音がした。
不自然な静寂の中、金庫の扉を恐る恐る開けると、暗くて何が入っているのか見えにくい。目を凝らしてようやく入っている物が予想通りの“書類”だと分かった。
「当たりだね」
ほっとしながら、リルカが手を伸ばして書類を取り出す。すると、書類にはいくらか厚みがあった。
「なんて書いてある?」
「えーと、」
捲りながら、証拠となり得る書類を探す。互いの心臓の音が聞こえているのではないかと思うほど、波打っていた。数枚捻ったところで手が止まる。
「あった...」
「......支援金の証拠だね」
想像通り、ゲスロルド伯爵への支援金の契約書があった。
ルイス卿に渡そう、コルアの言葉を聞き、書類を握る手に力が入る。これで本当にいいのか、リルカの決意が揺らぎかけた。
続けて書類を捲り、再び手が止まり、目が釘付けになる。
「これって」
その刹那、扉の向こうから人の話し声が聞こえはじめた。
「やば......」
「リルカ、出るよ」
今ならまだ、と撤退の指示に、慌てて書類を懐に仕舞い、金庫を元に戻そうとする。
扉を閉める直前、金庫の中にもう1つ入っていたものに気づいたリルカは、訝しげに眉を寄せた。
夜空の星々が輝き出した頃、郊外にある別邸の門が開き、灯を持った人間が慌てた様子で出てきた。
「夫人」
夜闇に溶け込むような服を纏った夫人の前に現れたのは、頭の上に葉っぱを乗せた状態のリルカだった。
「あなた......。こんな時間にお一人で?もしかして、出てくるのをずっと待っていたの?」
「もうやめましょう、夫人。あなたの行いは間違っている」
灯りが小さく薄暗くても、夫人が顔を顰めた様子が伝わる。夫人の慌てぶりから、書類が無くなった事による急な外出だったのだろう。リルカが現れた事で、書類が誰の手で持ち出されたのかも気づいたのかもしれない。
突然現れたリルカに動じることもなく、切り捨てる。
「...あなたには関係ない話のはずだけど」
「『惚れた目で見ると,たとえ卑しくても下劣であっても立派で堂々としたものに見えるのよ。
恋は目ではなく,心で見る。』」
夫人が不審な表情になる。
「私の思いは疾しいものです。でも、夫人。あなたの行為も、強すぎる思いにより盲目になってるだけでは。」
リルカの堂々とした姿に、夫人は一歩も引かなかった。しかし、手は口ほどにものをいう。握り締められた手に、感情が宿っていた。
「もうやめてください!!あなたの行為は傷つく人を増やすだけです!」
夫人は俯き、リルカを前に、消えそうな声で呟いた。
「.........だから最初からあなただったら良かったのよ」
その言葉を最後に、リルカの制止も聞かずに、車に乗り込み出ていった。