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聞き取り調査


 一夜明け、リルカたちはゲスロルド伯爵と買収騒動の詳細について調べ始めた。

 伯爵はいくら身分と実業家としての実績があろうと、「後ろめたいことがあるに違いない」と当たりを付け、弱味を探ることにした。


 リルカが考えた案を話すと、コルアは額に手を当て、ため息を吐いた。仕方ないといった表情で頷き、リルカに言い聞かせる。

 「伯爵の事だから一番の弱みは女性関係が有力。でも、()()をつついてルイス卿の奥方との醜聞が先に出てしまうと、今度はルイス卿の不祥事扱いにもなり状況は悪くなる一方だ。それに伯爵へ支援金を提供したことが事実であれば、伯爵だけでなく奥方も収賄罪になる可能性がある。」

 それはルイス卿の望むところではないだろう。リルカは事態の深刻さをようやく理解し、頭を抱える。

 実業家たちに伯爵と奥方の噂が広まっているくらいだから、彼が知らないはずないだろう。何も手を打っていないとは思えないが、このままでは悪化の一途を辿るばかり。

 コルアも、奥方とルイス卿の事に思うところはあるのだろう。先ほどから眉の間を微かに曇らせている。

 「まだ買収の決定日まで、日はある。ルイス卿は騒動で手一杯みたいだし。僕たちには圧倒的に情報が少ない。手始めに、ルイス卿との視察で会った実業家たちに聞いて回ろう」

 そうして情報集めに出ることになった。


 「…いくつか回ってみたけど、芳しくないわね」

 「…そうだね」

 王都の広場のベンチに座り、2人は途方に暮れた顔をしていた。広場には子どもたちがはしゃぎ声をあげ、楽しそうに駆けまわっている。

 リルカたちが聞き込みを行ったことで、いくつか分かったことがあった。

 ルイス卿の夫人についてだが、彼女と噂になった男の大半が、今回の買収騒動で伯爵に関わっているらしい。

 伯爵について、伯爵は過去に税金関係で不正を行った疑惑があったが、証拠不十分で逃げ切られたことがあるとのこと。

 「伯爵の不正について証拠があれば立証できそうだけど…」

 「一度疑惑が出て、調査が入りかけたくらいだからね。証拠は隠滅されていてもおかしくはない」

 聞き取りを行った数人も、同じようなことを言っていた。今回ばかりは、とルイス卿を心配する声もあった。


 手詰まりだった。

 リルカは何もできない自分が悔しくて、俯いた。

 彼の力になりたい、その一心でコルアにも無理を言って頼み込み、伝手を辿ったが、リルカたちにこれ以上のことは難しい。

 無力感に打ちひしがれていると、背中に温かいものを感じた。

 「ねえリルカ、僕どうしても分からないんだ」

 コルアがゆっくりと、やさしく背をさすっていた。まるで子どものあやすかのようだ。

 「ルイス卿のことを、僕にも恩人のように思うことは理解できる。色々お世話になってるしね。でも、今回の件は、僕たちの手に余りすぎる。それに、ルイス卿の()()で大きくなってしまっていることでもある。」

 コルアは顔を上げ、リルカを見つめた。

 「それなのに、君はまるで自分が原因とでもいうように、自分を責め、彼のことを思い必死になっている」

 コルアの顔はこれまでに見たことのない表情をしていた。繊細な、悲しみと怒りと甘さを含んだような、形容しがたい表情だった。

 「今回のことはルイス卿の()()()が原因だよ。それにどうして君が必死になるのさ」

 コルアの言うことはきっと正論なのだろう。実際、他の人たちも濁してはいたが、同じようなことを言っていた。奥方を野放しにしていた夫の責任だと。

 それでもリルカは、自分が彼の力になりたいと思っていた。そう思うのに、明確な理由があるわけではなかった。それでも。


 「仕方ないことなの。」

 風が吹いて、リルカの髪がなびく。

 先ほどまで暗い顔で俯いていた女の子は、口元に笑みを浮かべていた。

 「理由なんてない。最初はあの人が好きだから、憧れの方だからと思っていたこともあったと思う。」

 不思議そうなコルアを見て、苦笑した。さっきまで、真っ暗な闇が覆いかぶさったかのようだったが、今は不思議と心が軽い。

 「力になりたいと思った。恩師だから、恋した相手だったからとか理由なんて挙げればキリがないよ。それに、あんな人でも、やっぱり好きだと思う気持ちも嘘じゃない」

 ベンチから立ち上がり、腕を持ち上げて大きく伸びをする。コルアのおかげで、気分はすっかり良くなっていた。つま先から全身に、勇ましい気持ちが広がった。

 「恋は盲目って本当ね。だって周りも見えなくなるもの。――あなたのことも」

 くるりと振り返り、花柄のスカートが翻る。呆然としているコルアの手を、思いっきり引っ張り、立ち上がらせる。

 「心配させてごめんね。でも、諦めるにはまだ早いでしょ。手始めに、ルイス卿のところに行きましょう」

 直接文句をぶつけてやりましょう、そう言い切るリルカの顔は晴ればれとしていた。


 コルアはまぶしいものを見るかのように、目を細めた。



 ルイス卿の屋敷を訪れたが、ルイス卿は留守だった。出迎えてくれた使用人が申し訳なさそうに主の留守を謝罪している。

 「先ほど出ていかれたばかりでして」

 「いえ、こちらこそ約束はしていなかったので」

 不在なら仕方ない、と使用人には日を改めることを伝え、屋敷を後にした。

 

 買収の決定までまだ猶予はある為、リルカは心配性のコルアに、半ば強引に家に帰るよう促された。

 コルアに送ってもらう帰り道、太陽は沈みかけていた。街を歩く人の姿もまばらになりつつある。 

 大通りを2人並んで歩いていると、後方からコルアを呼び止める声がかかった。

 「知り合い?」

 「学園の、一つ上の先輩だ」

 少し待ってて、とリルカに声をかけ、小走りで駆け寄っていった。

 相手はコルアより少し背丈のある男性だった。並んで歩いたときは気づかなかったが、コルアも意外と背丈があると今更ながらにリルカは感心していた。

 コルアをつぶさに観察していると、遠くから人の悲鳴と衝撃音が聞こえた。

 何事かと怪訝に思ったが、その原因はすぐに分かった。

 ――大きく脱落した車輪が、勢いよくリルカに向かっていた。

 「おい!嬢ちゃんあぶねぇぞ!」

 「リルカ!!」

 

 リルカは動けなかった。体が石像のように固まっている。

 あ、と思った次の瞬間。

 


 木っ端微塵に砕け散ったような、大きな炸裂音が、街に響き渡った。


 

 


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