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事件の調査

 紳士服の男に紹介された診療所でコルアを診てもらった所、出血はあるが打撲程度であるから数日で回復するだろうとの見立てだった。

 謎の3人組は誘拐未遂で警察に連行された。取調べではリルカの誘拐理由は3人とも「言い値で払ってくれる奴からの依頼。仲介人が金を寄越してきたから依頼人の名前も知らない」と主張しており、雇い主・仲介人は調査中とのことだった。

リルカたちも事情聴取されたが、何も知らないまま誘拐されかけた被害者として早々に家に帰された。


 「とにかく。コルアの怪我が大したことなくて良かったわ!」

 「リルカは他にも不安に思うことがあるだろうに…。全く、能天気だね。」

 「何よ」

 「いえいえ。ご心配、アリガトウゴザイマス」

 「心がこもってない!」

 学園からの帰り道、2人はルイス卿に呼ばれ、勉強会で使ういつものカフェではなく、彼の屋敷へ向かっていた。事件は新聞にも大々的に掲載され、お互いの家族の心配もあり、2人は数日学園を休んでいた。久々の登校となり、その帰りに顔を見せに来い、とのお達しだった。

 「家族の心配もわかるけど、私は無事だったんだから何も休むことなかったのに…」

 「まあ、怪我の有無ではなく、事件であれだけ注目されてしまうとね。心配にはなるよ。きっと。」

コルアは鼻の絆創膏をさすりながら笑う。顔の頬にも大きいものが貼られていたが、治りかけで痒いのか触れているところをよく目にする。

 「誰なのか分からないけど、本当に助けてもらえてよかったね。」

 「うん…」

 リルカたちの危機に現れた婦人や紳士服の男も、未だに正体を掴めていなかった。

 特徴がない男については分からず仕舞いだとしても、貴婦人については少し調べれば分かりそうだと思い返し、リルカはほぅと息をついた。

 (あのお美しい婦人は、一体誰なのかしら…)

 美しい黒髪も帽子に纏め、全身を黒で覆った謎の婦人。凛とした姿に周りが目を離せなくなる。その方にせめてお礼くらい伝えたい、と考えていたら、コルアがニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。

 「当てようか。今あの婦人のことを考えていたでしょ」

 「なっ、なによ!悪い?」

 「顔に出てるよ。ほんとに綺麗な人が好きだよね」

 面食いっていうのかな、コルアに好き勝手言われ、リルカは無言でコルアの片足を踏んだ。


 ルイス卿の屋敷は市街地から少し離れており、王都の一等地に佇みつつも広大な敷地から市街地の喧騒とは無縁な場所にある。

 入り口である門を見上げるよう立っていたリルカは、敷地だけでなく屋敷の大きさに驚いていた。そんなリルカを置いてコルアは使用人と一緒にさっさと向かってしまうので、あわてて追いかけた。

 

 「なんだ、思ったより元気そうだな」

 案内された部屋はルイス卿の仕事部屋らしく、執務机に座ったルイス卿に出迎えられた。棚には本や資料が所狭しと並び、ルイス卿のテーブルの上にも資料らしきものが山積みとなっている。テーブルもさることながら置いてある一つ一つの家具はどれも一級品で、リルカにはいくらするものなのか分からない。

 部屋の中央にあるソファに案内され、席についてからメイドがお茶を運んでくれた。渡されたお茶から香りが立ち、屋敷に気後れしていたリルカの心をほぐしてくれるようだ。

 「コルアは大きく殴られたと聞いたが、大丈夫か」

 「だいぶ良くなりましたよ。腫れも引いてきたのでもう少しで治りそうです」

 近況を兼ね怪我の報告をしていたところ、扉が叩かれた。入ってきたのは使用人ではなく、スーツ姿の男性だった。ルイス卿に紙の束を渡して、一礼してまた戻っていった。

 「ちょうど良かったな。事件の調査資料が出たぞ」

 「調査資料?」

 「事件のこと、調べてくれていたってことですか?ルイス様が」

 「さすがに教え子が事件に巻き込まれていたら、調べないわけにはいかないだろう」 

 他にも気になることがあったからな、と言いながら資料に目を通す。資料の2,3枚目に目を通しているところで口角を上げ、テーブルの上に置いた。

 「これだな。お前らを襲った犯人は」

 資料の一文に指をさし、書いてあったのはあの誘拐未遂犯3人組の名前と仲介した相手の名前だった。仲介した者はまだ見つかっていないと聞いていたので、コルアとリルカは驚き、顔を見合わせる。

 「調査中だったはずなのに」

 「警察が取調べで仲介人の特徴は聞き出したらしい。特徴さえ分かれば王都内のことであれば大体割り出せる。仲介人の名前はディルド・グレイか。こいつは面倒だな」

 「面倒?」

 なぜ面倒なのか不思議に思い、リルカは顔を上げる。

 「こいつはな」

 ルイス卿もゆっくりと顔を上げ、紙の上に置いたままの指先を叩いた。


 「先週、遺体で見つかった奴だ」




 仲介人のディルド・グレイは情報屋として客に言い値で情報を提供するだけでなく、情報通として依頼人たちの仲介もしていた。今回は依頼した直後に殺されたのだろう、ということだった。

 「こいつは裏では麻薬取引を行っていた疑惑があったが、警察が捕らえる直前に消されている」

 「け…消されて」

 物騒な言葉にリルカは口が塞がらない。先ほどからリルカには馴染みのない単語が多発しすぎている。

 「今回の件はリルカを本気で攫うというより、ベネフィット家に対する嫌がらせに近いだろう。本気で誘拐を考えているなら真昼間の人通りの多い場所で拐かそうしないだろう。犯行人が手練れでないことも含めてだ。だから」

 ルイス卿はリルカに、本日一番の笑顔を向けた。

 「しばらくお前は気を付けるしかないな」

 仕方ないから事件についてもう少し調べてやるよ、資料をまとめながら彼はぞんざいに言い放った。


 テーブルの値段も考えずに、リルカは顔を突っ伏した。

 

 「誘拐犯のやつら!家の経営の邪魔したみたいなこと言ってたんですよ!上手くいったら困るとこが出てくるとか!」

 「まあ事業で全ての者が裕福になれるわけじゃない。時や運もあるからな。その点お前のとこは、親御さんには悪いが、吹けばすぐ消えそうなものだったけどなぁ」

 「な、なんてこと言うんですか!吹く方が悪いんですよ!」

 人の手以外の原因も含めてだよ、と言い含められ、リルカは悔しそうな顔をする。

 誘拐事件の依頼人についての調査は引き続き警察とルイス卿に任せることにし、リルカたちは帰り支度をする。屋敷の外に向かうまで、今までの鬱憤を晴らすかのようにリルカは口を開いていた。「外では絶対にするなよ」と釘を刺されるほど喚き散らしていたが、未遂とはいえ誘拐されかけたリルカを気遣ってか、ルイス卿も愚痴に付き合う。

 これからの家の立て直しについてリルカが熱く語っている時に、庭の木にぶら下がっているものに気づいた。

 「あれ?あそこにあるのって」

 「ああ、ブランコだな」

 外に出て、3人は庭の木に設置されたブランコに近づいていく。座面が木の板で作られたブランコは、ロープを引っ張ってもびくともしない。大人が乗っても問題なさそうだ。

 「子どもが乗りたいって言うんで、作ったんだ」

 「子どもって?」

 「うちの子だよ」

 まだ小さいから乗るのに支えてやらないといけないんだ、という言葉もリルカの頭を通り過ぎていった。子どもがいるなんて知らない。

 (お屋敷にいる気配もないのに…)

 唖然としたリルカの横腹がつつかれた。振り向くとコルアと目が合い、しっかりしろと視線で訴えてくる。

 (そうよ、落ち込んでる場合じゃないわ)

 「どうした?」

 「いえ、お子さんがいるのに驚いてしまって」

 コルアが笑って答える。ルイス卿は驚いたように大きく目を見開いた。

 「言ってなかったか?」

 リルカは大きく頷いた。身振りでも全く聞いてないと伝える。

 コルアの顔も見ながら、彼はそうかと言ってブランコを押した。

 「今はお子さんと奥様はお屋敷にいるのですか?」

 「いや、郊外の別邸にいる。産後に体調を崩してからずっとだな」

 この大きな屋敷に1人で住んでいることにさらに驚いた。

 「でも行き来はあるからな。こうして一緒に庭で遊んだりもするし」

 夫婦仲が良くない噂に納得する所もあった。妻子と別で暮らしていることで噂が立ったのだろう。

 衝撃の大きさにしばらくは立ち直れそうにないな、とリルカはそっとため息を吐いた。

 

 屋敷の去り際、周囲に気を付けるようリルカは何度も念を押された。

 「大丈夫ですって」

 「甘い。そう言ってるやつに何かと事が起こるんだよ」

 指を突き付けられ、唸りたくなった。コルアに窘められるが、納得がいかずに口をへの字に曲げる。危険な目に遭いたいわけはないのに。

 「そんな言い草はないじゃないですかー」

 「馬鹿だな。心配してなかったらこんな事言ってない」

 瞬きをして彼の顔を見上げる。相変わらず整ったお顔だが、表情は真剣だった。

 「お前に何かあったら、悲しむ奴が出てくるんだ。俺も含めて」

 突然の吐露に、顔が熱くなる。顔が赤くなってないか心配になった。

 ふわふわしそうになる身体を落ち着かせようとしていたら、大きなため息が聞こえた。頭を掻いたルイス卿はリルカに指を突き付ける。

 「大体な、お前になにかあったら、俺がお前の姉から嫌味をしつこーく言われるんだよ。」

 それだけはご免だな、ときっぱり言われたリルカの心は、急降下していった。

 (そーだよね、この人はそういう人よ)

 気持ちの乱高下が激しすぎて途方にくれているリルカを、コルアはなんとも言えない表情で見つめていた。


  屋敷の門を潜ると、夕日に照らされた町が広がっていた。

 コリアと並んで家に向かう帰り道、大通りを横切り交差点で立ち止まった時だった。ふと、リルカの視界の端に人影が映る。

 その人影が気になり、なんとなく目で追ってみると、相手は2人組の男女で、反対側の通りに接する建物に入っていく様子だった。

 入り口の両開きの門を1人が開けようとしたところで2人の顔が見え、リルカは驚きで固まった。

 「リルカ?」

 リルカの様子を不審に思ったコルアが声をかけてきたが、返事ができない。

 2人組の1人はゲスロルド伯爵。もう1人の女性はあの緑色の瞳を持つ、リルカたちを助けた婦人だった。


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