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エピローグ

最終話です!



 柔らかい芝生の周りに色とりどりの花が咲き、美しい庭を形作っていた。美しい木蓮の合間からは一本のブランコがのびて、幼い子どもと若い男女が遊んでいる。


 「リルカねえさま、おして!」

 「任せて!」

 「大丈夫?リルカが押すと向こうまで飛んでっちゃうかもよ」

 「どういう意味よ」

 

 遊具で遊んでいる3人は、屋敷から現れた人物に気づいた。

 「あ、とおさま!」

 「ラーユ、遊んでもらっているのか。そろそろ、お茶の準備が整うらしいぞ」

 「分かりました!」

 「やったー!」

 

 リルカたちはルイス卿の本邸に遊びに来ていた。以前はルイス卿1人で住んでいた屋敷は、別邸にいた妻子を呼び寄せ、今は家族3人で暮らしているそうだ。勉強会を中断していた詫びと、買収騒動に尽力してくれたお礼がしたいと、なんと夫人がリルカたちを招いていた。


 リルカたちが入手した脱税の証拠が国税局に渡ったことで、世間を騒がせていた買収騒動から一転、早々に伯爵一味に検察による捜査が入った。捜査が落ち着き次第、裁判が始まるという。他にも、彼らの関わっていた悪事の証拠(リルカたちの誘拐未遂を含む)をルイス卿が突きつけたので、裁判で伯爵ら主要人物たちの有罪判決はほぼ確定だという。

 ちなみに伯爵らが関与していた大通りのカフェやいくつかの店は、これを機に伯爵と縁を切り、ルイス卿が運営権を握ることとなった。

 

 「お待たせいたしました。みなさま、どうぞおかけくださいな」


 夫人が屋敷の使用人と共に姿を見せると、息子のラーユは夫人に駆け寄っていく。リルカたちがテラスの席に座ると、目の前のテーブルの上に、可愛らしい3段のアフタヌーンティーセットが現れた。


 「美味しそう!ってレモン?」

 「ベネフィット嬢は、柑橘がお好きだとお聞きして用意してもらったの」

 「…聞いたって誰から?」


 季節外れの柑橘に驚いていると、リルカの姉の名前を出された。先日リルカの姉が久々に実家に帰った際に、姉と夫人の学生時代からの仲を聞いたばかりだ。結婚する前から夫人は家族と、ルイス卿との関係で苦しんでいた事、そしてルイス卿が夫人の気持ちを差し置いて、ありとあらゆる手段と根回しで結婚を強行した事も聞いた。

 その話を聞き、リルカは驚きを通り越し呆れ返ってしまった。とんだすれ違いが生み出した騒動に巻き込まれていたのか、と胸の痛みを少しも感じずにいたことに驚いて笑みを零した。リルカの様子を見て、姉は言った。


 「姉も、ルイス卿たちにようやく“春”が来て良かった、と言っていました」

 夫人の名前と掛けているつもりなのだろう。極東では、夫人の愛称は季節の名と同じだ。夫人はきょとんとしているが、ルイス卿やコルアは笑っている。なぜ笑うのか不思議そうにする夫人がルイス卿と目が合うと、頬を染め上げ、その様子を見たルイス卿はますます笑みを深める。

 ......この新婚夫婦のようなやり取りが、日常的に行われているとラーユとメガネの執事から聞かされている。ラーユは「かあさまがとおさまとねるから、ぼくとねてくれない!」と赤裸々な苦情を言っていた。

 

 「...あなた」

 「悪かったよ。コルア、ラーユもちょっと来い」

 笑いを押し殺しながらルイス卿が2人を呼びどこかへ向かっていった。コルアは不思議そうにしながら2人の後を付いて行った。


 「......貴方に謝罪と、お礼を言いたかったの」

 「...必要ありません」

 「いいえ。私は貴方を試すどころか、公衆の面前で貶し、挙句に危険に晒したのよ」

 「...私は、内密に、夫人の部屋に侵入しました」

 夫人は黙って頷く。あの夜リルカが現れた事で、気づいていたのだろう。

 「その時、ラーユ君の様子と、金庫の中に入っていたものを見て、夫人は悪い人ではないと。」

 私を助けるようあのメガネの方に指示したのは夫人でしょう、そう確信めいて聞いてくるリルカに、夫人は浮かない顔をしている。

 「私たちを、2度目も助けてくれたのは間違いなく夫人です。ですので、お礼を言うのはこちらの方です」

 それに、と先ほどまでの真っ直ぐな瞳はどこへやら、リルカは苦笑いして告げる。


 「私はもう、キューピッドの魔法は解けたようですから」


 こんな熱烈な、新婚夫婦のような2人を見れば、100年の恋も冷めるというものだ。ルイス卿に、あんな一面があると知らなかった。むしろ夫人を試し、陥れたのはルイス卿だろう。

 リルカのおかげだ、と姉は言った。2人が上手くいったのは、リルカが良くやったからだと。しかし、夫人の事は「元々檻の中の生活だったけど、とうとうそこに猛獣が侵入してしまったわね...」と嘆いていた。ルイス卿を押さえつけていた理由は分からないが、夫人との和解以来、確かに暴走しすぎな気はする。水面下では、姉とルイス卿は夫人を取りあってよく喧嘩をしていたらしい。


 リルカの話を静かに聞いていた夫人は、懐からテーブルの上に取り出した物を置いた。

 「これは...」

 「返すのが、遅くなってごめんなさい」

 「いえ...ありがとうございます!」

 リルカは嬉しげに、手にとってそれを眺める。それは誘拐未遂事件以来、リルカが無くしていたハンカチだった。事が落ち着いたらルイス卿から渡してもらう手筈だったと、申し訳なさそうな様子で言われる。リルカにとってこれは姉から貰った大事なものだったから、金庫の中にあったときは安堵した。けれど、これは夫人の手ずから返してもらうべきだと思ったので、金庫から取ってこなかった。


 無くし物が戻ってきた喜びで満足気なリルカに、夫人も柔らかく微笑んだ。


 「せっかくなので先にいただきましょう。ベネフィット嬢、これからもあの人が面倒をかけると思うけど、宜しくね」

 「いえ!こちらこそ、全力で学ばせていただきます!」


 美しい緑の瞳を細める夫人に、見惚れてしまう。又もやリルカに勝てるところなんて一つもないと思わせた。しかし、リルカは自ら経営に携わりたいと思う意欲だけは誰にも負けないつもりだ。これからもその点についてはルイス卿から学んでいく予定なので、一つくらい...と考え直す。

 紅茶を飲む仕草から、育ちの良さが滲み出ている夫人をこっそり眺め、所作の参考にしようと目論む。


 ...失恋相手に悪態をつき、夫人には密かに振る舞いの参考にしようとする自分に、思わずリルカは笑い出した。突然声を上げて笑うリルカに、夫人から心配そうな視線が送られるが、笑いは収まりそうもない。

 リルカも、夫人も、失恋で涙を流さなかった。それで良かったことにしよう。

 



 「とうさまー!こっち」

 「はいはい」

 コルアたち一行は、テーブルに飾る花を集めようと広大な庭を歩いていた。というのは建前で、夫人とリルカだけの空間を作ってあげることが目的だという。

 「お礼を言いたいんだと」

 コルアとしても、リルカの健闘振りは謝罪や何かしらないと納得できないものだったので有難い。

 走って進むラーユをゆっくりと追うルイス卿の背中を眺めながら、気になっていた事を訊ねる。


 「そういえば、リルカにどうして経営を教えようとしたんですか?」

 「リルカから聞いてないのか。本人から直接頼まれたんだよ」

 「その前からでしょう?」

 ルイス卿が足を止める。

 「夫人が言ってましたよ。あの面倒くさがりの人が、よく教える気になったと。どうせ夫人から言われ、伯爵の資金援助を断った熱意あるリルカを直接手助けしてやるのが良いと、リルカに接触できる機会を待っていたのでしょう」

 「よく分かってるじゃないか」

 まだー?、と離れたところからラーユの呼ぶ声がする。すぐ行く、と言って再び歩き出した。

 「まあ一石三鳥、いや四鳥だったな。ベネフィット家は手助けできるし、面倒な伯爵絡みでリルカは動いてくれた上、妻は安心しただろう。ついでに嫉妬してくれたようだしな」

 「最低」

 「それくらいの利点がないとやる気にならない」

 「というかベネフィット家の手助けについては、操作できるの間違いでは?あの契約書は何なんです?」

 コルアが指しているのは、ルイス卿の屋敷で2人の時にリルカ宛に、と渡された書類の事だ。コルアは全く聞いていない話だったので、寝耳に水だった。

 「ああ、あれな。リルカに言われたんだよ。立て直しが上手くいったとしても、また今回のように倒れないとは限らない。そこで今後も経営に問題ないか確認し見守ってくれるような何かがあればいいのにって」

 「......それがあの顧問契約書ですか」

 「ああ、顧問になってやると言ったら吃驚するほど喜んでたぞ。経営が安定するまでは金は取らない約束の上で。」

 「安定したら顧問料をベネフィット家の売上の何割か貰うのですね...。で、それもあなたの本当の目的は?」

 「働かないで妻といる時間を増やしたかったから。出来る奴を増やしてベネフィット家以外にも顧問としてルイス家(うち)が入ることで、自動的に金が入ってくれば申し分なし」

 「最低だ」

 コルアの言い草に笑うルイス卿は、それくらい()()()()()なら考えるんだよ、お前も、と言ってきて余計に腹が立つ。

 視線を移せば、夫人そっくりな顔で、中身はルイス卿似のラーユが、一生懸命に花を集めていた。



 花を集め終え、一緒に来た2人の姿を探すと、まだ話しているようだった。なぜか拗ねているコルアの向こうでは、リルカと母が上機嫌でお茶を飲んでいる。それぞれの楽しそうな様子にラーユは胸が温かくなるのを感じた。

 やっぱり2人に頼んで良かった、とラーユは思い返して笑った。

 コルアが1人で本邸に来たあの日、泊まっていたラーユは帰りがけのコルアを呼び止めた。母が1人で何か企んでいる、きっと父にとっても良くない事だから助けて、と鍵を渡した。傍の眼鏡の執事長が心配そうな視線をラーユに送っていたことに気づいていたので、執事長にも手伝ってもらうことにしたのだ。


 「そろそろ戻るぞ」

 父が声を掛けてきたので、大きな声で返事をする。ラーユが片手に花を掴みながら走り、先を行く父に気づかれないように、後ろからコルアの裾を引いた。

 「コルアにいさま」

 呼ばれてコルアがしゃがむと、内緒話をするように耳に口を寄せた。

 「ありがとう。かあさまのこと」

 「いや......僕もあの時は驚いたよ」

 「そうかな?まえにねえさまと2人がきたのをみてたから。だいじょうぶだとおもってた」

 「......よくまあ、それだけで」

 疲れた顔をするコルアに、夫人そっくりな顔で弾けるように笑った。父がわざわざ屋敷に招くくらいの人だから大丈夫と、思った通り2人のおかげで上手くいったのだ。


 「別邸の部屋の前で、どうして声をかけてきたの?」

 「とおさまがうわきしたのかをね、たしかめるため!」

 でもリルカねえさまはぜんぜんちがうとおもった、と首を振りながら素直に言う。

 「とおさまのこのみは、やっぱりかあさまだね」

 「ほんと...呆れちゃうくらいにね......」


 どうしたのー?、と声がする方向を向けば、お茶のテーブルに座るリルカだった。早く来いよ、と夫人の傍にいるルイス卿に2人は笑って、手を繋いで歩き出した。



 『ーー惚れた目で見ると,たとえ卑しくても下劣であっても立派で堂々としたものに見えるのよ。

 恋は目ではなく,心で見る。

 だからキューピッドは,空高く飛べる翼があるけれど,その目は目隠しをされている。

 キューピッドは,気まぐれで,冷静ではいられない子どもの姿をしている。

 そして,キューピッドは恋の神様なんだって--。』


 

 

キューピッドによる、初恋を抱えた人間たちの喜劇、でした!

おかげさまで無事に完結しました。

めげそうになったこともありましたが、読んでくださる皆様のお陰でここまでお届けできました。


(短編の予定だったのですが、どうしてここまで...)

しかし、無事に終わりましたので、亡命の〜を書いていきたいと思ってます!


そのうち、ベネフィット嬢の続きを(今度こそ短編で!)書いていきたいと思っています。


また息抜きに遊びに来てくださったら嬉しいです。

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