表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

証拠



 「お前ら、ひどい顔してるぞ」


 翌日、ルイス卿の屋敷に半ば強引に押し入り、以前訪れた部屋で屋敷の主と対面した。

 顔を合わせた時から互いの顔色の悪さは把握していたので、聞き流しながら無言で執務机に書類を置いた。

 リルカを不思議そうに見上げ、置かれた書類を手に取る。


―――ルイス卿に渡した書類は、夫人の部屋で見つけた「ゲスロルド伯爵への支援金の書類」。そして、もう一つの書類が買収騒動に関わる伯爵を含む一味の「脱税の証拠書類」だった。


 一通り目を通し終えると書類を掲げ、リルカたちに訊ねた。

 「この書類の出どころは?」

 「…郊外の別邸、夫人の部屋です」

 リルカの回答に満足そうに微笑み、立ち上がる。

 リルカの頭に手を置き、扉の傍に控えていた秘書らしき人物に「国税局に出しておけ」と脱税の書類()()を渡して、部屋から出ていった。




 金庫にあるはずの物が無い。

 昨日失くした物は、間接的に、()()()()()()に渡る手筈だった。

 何者かが持ち出したようだが、無くなったからには、無事に、あの人の手に渡るよう祈るしかない。


 部屋で夫人が額に手を当て思案していると、扉が変な拍子で叩かれた。

 顔を覗かせたのは幼い息子だった。

 「おかあさま、きょうはいっしょにねてくれないの?」

 「ああ、もうこんな時間。ごめんね。今日は一緒に寝てあげられないの。」

 落ち込んだ様子の息子の傍に寄り、膝をついて抱きしめる。子どもの日向のような匂いに胸をいっぱいにする。

 「よるはいっしょにねてくれる?」

 「そうね......。それは、きっと」

 難しいだろう。あの証拠が誰に渡ったのか、おおよそ見当はつく。()()が、あの時間にあそこに立っていた。それが証左だ。

 息子を離し、頬におやすみのキスをする。「お休みなさい。良い夢見るのよ」と伝えれば、頬をさすり、頷きながら不服そうな顔で出ていった。




 夢をみた。これは幼い頃の夢だ。

 ルイス家の屋敷の庭で、2人の子どもが遊んでいる。

 少女はしゃがんで花冠を作り、少年はそんな少女をぼんやりと見ている。


 ーーおおきくなったら、けっこんしよう。ずっといっしょだよ。


 ありきたりで、残酷な言葉を吐きながら、少年に花冠を乗せていた。

 あの時きょとんとした顔の少年は、すっかり忘れているだろう。いや、あの思い出も、全ての出来事を忘れていてほしいと思う。




 目が覚めると、自分の部屋のソファーにいた。寝不足がたたり、うたた寝をしてしまったらしい。

 懐かしい夢を見たと思いきや、何やら部屋の外が騒がしい。

 騒ぎが遠のき、聞き慣れた靴音が聞こえてきて、安堵の息を吐いた。

 (ーーあの子は、ちゃんとやってくれたのね)

 一度目は失敗した。今度こそ成功させる。二度と失敗なんてしない。

 誰がなんと言おうと、必ずーー




 ノックもせずに扉を開け放った人物は、不敵な笑みを浮かべていた。


 「よお。随分と引っかき回してくれたな」


 部屋に鍵をかけた屋敷の主は、隣のソファーに座り込み、足を組む。

 このところ顔を合わせていなかったが、思ったより元気そうだ。しかし、目は全く笑っていない。

 「何のことかしら」

 「これに見覚えは?」

 取り出したのは支援金の書類だった。()()()()彼女が渡したのだろう。誰が手引きしたのか分からないが、良くやってくれたと思う。

 「ああ、その事ですか。」

 扇を開こうとし、手元にない事に気づく。

 ため息を吐き、仕方がないので、手持ち無沙汰な手は腹の前で組んだ。

 「......それで?それが本当だとすると、あなたはどうするの?」

 相手は部屋に入ってきた時と変わらず、笑みを浮かべたまま首を傾げ、どうしようかと呟いている。

 ああ、早く、終わらせてほしいと思う。一度失敗したことで、随分と時間が掛かってしまった。次は絶対に失敗しない、そう言い聞かせてどれだけの時間を無駄に()()()しまったことか。

 「…あなたはそういう時に必ず言うじゃない。相応の報いを、と。...この場合は、そうね、」

 もう十分だ。本当は、全てのしがらみから解放してあげたかった。

 でも、それはできなかったから。せめて、邪魔なものだけでも連れていく。爪痕も残さず何もかも。不要なものは全部。

 跡形もなく消していくのだ。家族も、私という妻も、道を妨げる一切のものを。そしてーー

 「離縁とかかしら?」

 私と不要なものは地獄に落ちよう。だから、どうか、願いを叶えてほしい。

 

 



読んでいただき、ありがとうございます。

ポイントとブクマ、感想もいただけますと励みになります〜!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ