証拠
「お前ら、ひどい顔してるぞ」
翌日、ルイス卿の屋敷に半ば強引に押し入り、以前訪れた部屋で屋敷の主と対面した。
顔を合わせた時から互いの顔色の悪さは把握していたので、聞き流しながら無言で執務机に書類を置いた。
リルカを不思議そうに見上げ、置かれた書類を手に取る。
―――ルイス卿に渡した書類は、夫人の部屋で見つけた「ゲスロルド伯爵への支援金の書類」。そして、もう一つの書類が買収騒動に関わる伯爵を含む一味の「脱税の証拠書類」だった。
一通り目を通し終えると書類を掲げ、リルカたちに訊ねた。
「この書類の出どころは?」
「…郊外の別邸、夫人の部屋です」
リルカの回答に満足そうに微笑み、立ち上がる。
リルカの頭に手を置き、扉の傍に控えていた秘書らしき人物に「国税局に出しておけ」と脱税の書類だけを渡して、部屋から出ていった。
金庫にあるはずの物が無い。
昨日失くした物は、間接的に、然るべき人物に渡る手筈だった。
何者かが持ち出したようだが、無くなったからには、無事に、あの人の手に渡るよう祈るしかない。
部屋で夫人が額に手を当て思案していると、扉が変な拍子で叩かれた。
顔を覗かせたのは幼い息子だった。
「おかあさま、きょうはいっしょにねてくれないの?」
「ああ、もうこんな時間。ごめんね。今日は一緒に寝てあげられないの。」
落ち込んだ様子の息子の傍に寄り、膝をついて抱きしめる。子どもの日向のような匂いに胸をいっぱいにする。
「よるはいっしょにねてくれる?」
「そうね......。それは、きっと」
難しいだろう。あの証拠が誰に渡ったのか、おおよそ見当はつく。彼女が、あの時間にあそこに立っていた。それが証左だ。
息子を離し、頬におやすみのキスをする。「お休みなさい。良い夢見るのよ」と伝えれば、頬をさすり、頷きながら不服そうな顔で出ていった。
夢をみた。これは幼い頃の夢だ。
ルイス家の屋敷の庭で、2人の子どもが遊んでいる。
少女はしゃがんで花冠を作り、少年はそんな少女をぼんやりと見ている。
ーーおおきくなったら、けっこんしよう。ずっといっしょだよ。
ありきたりで、残酷な言葉を吐きながら、少年に花冠を乗せていた。
あの時きょとんとした顔の少年は、すっかり忘れているだろう。いや、あの思い出も、全ての出来事を忘れていてほしいと思う。
目が覚めると、自分の部屋のソファーにいた。寝不足がたたり、うたた寝をしてしまったらしい。
懐かしい夢を見たと思いきや、何やら部屋の外が騒がしい。
騒ぎが遠のき、聞き慣れた靴音が聞こえてきて、安堵の息を吐いた。
(ーーあの子は、ちゃんとやってくれたのね)
一度目は失敗した。今度こそ成功させる。二度と失敗なんてしない。
誰がなんと言おうと、必ずーー
ノックもせずに扉を開け放った人物は、不敵な笑みを浮かべていた。
「よお。随分と引っかき回してくれたな」
部屋に鍵をかけた屋敷の主は、隣のソファーに座り込み、足を組む。
このところ顔を合わせていなかったが、思ったより元気そうだ。しかし、目は全く笑っていない。
「何のことかしら」
「これに見覚えは?」
取り出したのは支援金の書類だった。やっぱり彼女が渡したのだろう。誰が手引きしたのか分からないが、良くやってくれたと思う。
「ああ、その事ですか。」
扇を開こうとし、手元にない事に気づく。
ため息を吐き、仕方がないので、手持ち無沙汰な手は腹の前で組んだ。
「......それで?それが本当だとすると、あなたはどうするの?」
相手は部屋に入ってきた時と変わらず、笑みを浮かべたまま首を傾げ、どうしようかと呟いている。
ああ、早く、終わらせてほしいと思う。一度失敗したことで、随分と時間が掛かってしまった。次は絶対に失敗しない、そう言い聞かせてどれだけの時間を無駄にさせてしまったことか。
「…あなたはそういう時に必ず言うじゃない。相応の報いを、と。...この場合は、そうね、」
もう十分だ。本当は、全てのしがらみから解放してあげたかった。
でも、それはできなかったから。せめて、邪魔なものだけでも連れていく。爪痕も残さず何もかも。不要なものは全部。
跡形もなく消していくのだ。家族も、私という妻も、道を妨げる一切のものを。そしてーー
「離縁とかかしら?」
私と不要なものは地獄に落ちよう。だから、どうか、願いを叶えてほしい。
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