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十六夜

 中学校の入学前と、卒業式の日。二つに切り取られた私の心の亡骸(なきがら)は、それぞれ過去に置き去りにされている。今さら取り戻すことはできない。取り戻そうとも思わないけど、その重みだけは、今でもふとした瞬間にのしかかってくる。




 卒業から時を(さかのぼ)る。初恋の人と離れ離れになったクラス替えだが、悪いことばかりでもなかった。趣味を同じくする女子の友人が二人ほどできたのだ。グループではなく、個人同士の付き合いだった。片方はとても大人しい性格で、気ままで尊大に振る舞っていた私を(うらや)み、(した)ってさえいたと思う。


 二人とは、互いの家を行き来することもあった。少女漫画やホラー漫画の貸し借りをした。SFに近い話もあった。中には当時の私の理解を超えた部分もあった。それがボーイズラブだと知ったのは、高校生になって知識を身に着けてからのことだった。




 高校受験の時を迎えた。試験会場では科目の復習もせず、ノートに小説を書いていた。結果は不合格だった。滑り止めで受けた公立校に、どうにか合格した。やはり制服はダサかったが、校則が緩めなのは幸いだった。私はまた髪を伸ばし始めた。


 高校デビューという言葉があるが、そんなものは私とは無縁だった。

 同じクラスで小学校の同級生と再会した。喜ばしくない再会だ。


 この女子と最初に話したのは、小学校ではなく公園だった。何がきっかけかは忘れたが意気投合し、笑い合い、夢中になって一緒に遊んだ。

 後日、改めて教室で会った彼女は、まるで別人のように私を邪険にしてきた。理由に心当たりはない。休みの日とは違う私の雰囲気が気に入らなかったのか。たまたま向こうの虫の居所が悪かったのか。そもそも、仲良く遊んだ記憶自体、女子の友だちを欲していた私が生み出した幻だったのか。何もかもが分からなくなった。


 ともかく、高校で再会した彼女は私を一方的に敵視し、周りの女子もそれに同調して、私を遠ざけるようになった。

 幼稚園の時に植え付けられた人嫌いが、ここに来て大きく頭をもたげ出した。またしても孤独が私の唯一の友となった。




 二年生になると、進学組と就職組とにクラスが分かれた。私は後者を希望した。勉強嫌いもあったが、それよりも大きな理由は、私を目の(かたき)にしていた女子たちが、進学希望だったからだ。将来よりも目の前の好き嫌いを優先してしまう、私はそんな浅はかな人間だった。


 だが、おかげで勉強は楽になった。授業さえまともに聞いていれば、定期テストでも学級で二位を取るのは確実だった。学校での休み時間はひたすら読書をし、家では勉強もせず小説を書いていた。


 定期テストで学級一位を取れた経験が、私は一度もない。毎回ほぼ満点で、常に一位の女子がいたためだ。実際、頭の回転が良く、(ほが)らかで、いつもクラスの中心にいる生徒だった。

 ツインテールのよく似合う、とても可愛らしい女子だった。あんなにも顔立ちの整った同世代の女子を、後にも先にも私は見たことがない。私はクラス替えのその日に、一目で彼女の(とりこ)になっていた。

 人生で二度目の恋だった。当然ながら、住む世界の違う彼女と私に接点はないに等しかった。




 中学の頃からサボり癖のついていた私は、その日も家庭科の授業を抜け出し、教室で本を読んでいた。

 まさか、同じ日に同じことを考えている生徒がいようとは、考えもしなかった。


 女子が三、四人、入室してきた。ピアスを()け、スカート短くし、ルーズソックスを穿()いていた。茶髪と黒髪が半々、黒髪のうち一人が、ツインテールのあの子だった。

 女子たちは私には目もくれず駄弁(だべ)り始めた。私は本を読む(かたわ)ら、話し声に聞き耳を立てた。彼女らは、付き合っている男たちとの情事を赤裸々に、誇らしげに語った。日陰に生きる私とは違い、彼女らは青春を(おう)()していた。

 ツインテールの彼女は、ただ笑って相槌(あいづち)を打っていた。それでいい、自分の話などしないでくれと、私は願った。願いは叶わなかった。




 ところで、中学以降は男子と話す機会もめっきり減ってしまった。一度、小学校での調子のまま男子と接して、距離を詰められて焦ったことがある。その頃になると、男子から向けられる眼差しが今までと違うことにも気付き始めていた。


 男性は苦手だが、嫌いというわけではなかった。女子グループの空気に馴染(なじ)めなかった小学生時代、男子たちの気安さに私が助けられたのは事実だし、憧れも感謝もある。ナイーブな考え方かもしれないが、偽らざる気持ちだ。


 欲望を隠さず生きられる男性たちが(うらや)ましかった。

 きょうだいが買ってくる雑誌のグラビアページを、私は漫画を読むふりをしながら、密かに眺めていた。私が抱く気持ちが男性と同じかは分からないけれど、彼らのおこぼれを(もら)い、私が乾きを癒していることは確かだ。


 いっそ男に生まれていれば楽だったのだろうか。それは違う気がする。

 上手く生きられない言い訳を、私のこの(さが)のせいにする、そんな(したた)かな生き方ができればまだ良かったのかもしれない。

 でも、私はすでに認めてしまった。認めさせられてしまった。あの学び舎ではっきりと知らされた恋心によって。度し難い情動によって。

 たとえ理解してくれる相手がいなくとも、この(さが)を私自身と切り離して考えることはできない。他人の(さが)ならばウザい、キモいで片付けることもできる。だけれど、自分の中にあるものからは逃げられないからだ。


 人は一人では生きられないのだと、大人たちはしたり顔で言うけれど、私の心に響いた瞬間は一度たりともなかった。私に言わせれば、人はたとえ一人でも生きていかねばならないのだ。

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