after 10 years
「店長って昔、アイドルだったんですか?」
水色のストライプシャツに白いひらひらのエプロンをつけた渚ちゃんが横にいる私を見て尋ねた。
冷蔵ケースの中に並べられた色とりどりのアイスクリームを見ながら発注について悩んでいた私は突然の言葉に驚いて、え?と聞き返す。
「なんか優佳ちゃんがXで松田愛梨のアイドル時代の動画を見ていたら隣で店長が踊っていたって言ってて私も見たんですけど店長ってあの松田愛梨と同じグループだったんですね。ビックリしちゃった!」
そう言って興奮する渚ちゃんの言葉に私は動揺するわけでもなく、「あぁ〜もう十年も前の話だから…」と言って適当に聞き流した。
この手の話は散々されてきたから私はもう動揺もしないし劣等感に苛まれることもない。
ただただ、面倒臭いと思うだけでいつも適当に流して多くを語らないでいる。
だけど私が話すのを避けてもそう言ったことに興味津々な人々は根掘り葉掘り聞いてくる。
生の松田愛梨はどんな感じ?
性格は良かった?どんなキャラ?
ギャラはいくらもらっていたの?
枕営業とか本当にあるの?
好奇心で目をギラギラさせながら尋ねてくる多くの人々に私は正直に答えるのが嫌でいつも口を噤む。するとそういった人たちは決まって裏で、もう芸能人じゃないくせに芸能人ぶっている、自分は売れなかったからわからないだけなんだよ。と陰口を叩く。
うんざりした私は今では極力目立たないように生きるようになった。
「あと、あの人も同じグループだったんですね!えぇ〜と、名前なんだっけ…この間、ドラマに出ていたなんとか志織…うーんと……」
「時川志織。」
私が名前を言うと渚ちゃんは思い出したように、あ!その人‼︎と声を上げた。
「そうそう‼︎私、今、あの人が出てるドラマ観てるんですよ〜。主人公の恋敵役なんですけど見てて超ムカつくくらい演技上手くて〜あの人って結構、色んなドラマに脇役で出てますよね!」
渚ちゃんの言葉に私はやはり極力話さないために、テレビあんまり観ないんだよね〜と適当に流す。
渚ちゃんは他にも話したい、聞きたいことがいっぱいって感じだったが私は仕事に集中してますアピールをしてそれ以上、話をさせなかった。
りんごのソルベ、ラズベリーチョコレート、ダークチョコレート、ミックスナッツ、黒ゴマ…冷蔵ケースに並ぶアイスクリームの減り具合を確認しながら、頭の中では先週、別れた裕也の顔を思い出して胸がズキズキと傷んでいた。
二年付き合っていた三つ上の裕也はアイドルなんて微塵も興味ない男で若い頃はそれなりに遊んでいたみたいだが今は落ち着いたと言っていた。だけど実際は落ち着くどころか遊び足りていなくて私に隠れて浮気三昧だった。私がそれに気付くたびに反省してますって顔で、ごめん…と謝るが直る気配はなく、浮気も夜遊びも止めなかった為、ついに堪忍袋の緒が切れて修羅場になった挙句、別れた。
あんなやつと別れてせいせいしたと思う反面、何故あんな男に二年も振り回されていたのだろう…と後悔する。
アイドルとして活動していた頃、私は男女交際をほとんどしたことがなかった。愛梨や栞菜は上手いこと隠れて彼氏をつくっていたが不器用な私にはアイドル活動で手いっぱいで恋愛にハマっている余裕がなかった。
だからグループが解散してアイドルを辞めてから多くの男と出会い、数人の男と付き合った。だけどファンと交流するのに慣れている一方で恋愛に免疫のない私は男を見る目がなくて色んなタイプの男に騙されて振り回されて今まで散々、泣かされてきた。
今回もまた同じことの繰り返しだ…もう三十二歳だからそろそろ結婚でも…と夢見ていたのに地獄に突き落とされた気分だ。いい加減、男を見る目を養わないと…
志織はもう既にこの十年の間に二回、結婚をしている。グループ解散後、女優としてコンスタントにテレビや映画に出ている彼女は五年前に同い年の人気イケメン俳優と結婚してニュース記事に載った。そして一年も経たないうちに離婚して、一昨年、五個上の若手実業家と再婚したと報道された。
志織は愛梨と違って清純派を売りにしているわけではないから熱愛や結婚はあまり問題視されていないのだろう。
桜子ちゃんは解散した一年後には一般男性と結婚して芸能界を引退している。
栞菜は解散してから一度も連絡を取っていないが、どうやら事件を起こしたやつとは別の元ファンと結婚したと週刊誌の記事で知った。
私と同じく独身なのは愛梨だけ。と言っても愛梨の場合は相手がいないとかではなくて、清純派を売りにしていて今や売れっ子女優だから簡単には出来ないといった感じに見える。
この間、テレビを点けたら愛梨がヨーグルトのCMに出ていて、そのヨーグルトがさっきまで私が食べていたもので一人、クスッと笑ってしまった。
すっかり人気者になった愛梨やテレビにちょこちょこと出続けている志織を見ていると私はこの子達と同じグループで一緒に歌って踊っていたんだな…と感慨深くなる。
今や誰とも繋がっておらず連絡は取っていないが十年前、私達は確かに五人とも同じグループに所属していて同じ夢を持って、特別な糸で繋がっていたのだと思うと私はあの日の記憶を宝物のように抱きしめて大切に大切に思い出として仕舞い込む。
嬉しかったこと、楽しかったこと、憎かったこと、悲しかったこと…どれも大切な記憶で私達は五人で一つのFly Highだった。
何もかも中途半端で悩んでいた私はFly Highのメンバーだった頃の記憶によって少しだけ自信と誇りを手に入れた。
今でも頭の中で時折、あの頃の記憶が蘇る時がある。
円陣の中でリーダーの桜子ちゃんが肩を組みながら私達の顔を順番に見ると名前を叫び、手を重ねるライブ前の恒例儀式を…
”桜子!“
"紫穂!“
“栞菜!“
“愛梨!“
“志織!“
“五人全員で〜”
「空へ羽ばたけFly High!」
短編のつもりで書いたのにめちゃくちゃ長くなっちゃって後半は長いよ〜もういいよ〜ってなってたんですけど取り敢えず無事に書き終えて良かったです。
書いている最中は上手く書けない…ってなって失敗だと思っていたんですけど意外と?ちゃんとまとめられたかなって思います。
ちょうど今、好きな韓国のガールズグループがいてその子達に影響されて書きました。と言ってももっと人数のいる大所帯のグループでコンセプトも全然違いますが…
気づいたら全然違うテイストになっていて、あれ、あれ⁇ってなってます笑