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Fly Highが無期限の活動休止に入ってから三ヶ月後、メンバーの状況は少しずつ変わっていっていた。
まず活動がなくなって暇になった私は志織と一緒にアルバイトに明け暮れていた。
私はアイスクリーム屋のアルバイトと倉庫内の仕分け作業を掛け持ちして、志織は私と一緒に同じ仕分け作業のアルバイトをやっていた。
「紫穂ちゃん、実は私、今、オーディション受けているの。」
バイト終わりに二人で帰っていると志織が突如、私にそう言った。
「オーディション?」
「そう。私、歌って踊るのも好きだけど昔から演技の方にも興味があって今、女優のオーディション受けたり、エキストラの仕事したりしているんだ。」
飄々と話す志織に私は志織が女優の仕事にも興味を持っているとは全く知らなくて驚いた。
志織は元から不思議ちゃんキャラで何を考えているのか分からないところがあって、あまり自分の考えを口に出さない子だからたまに話を聞いていると意外な一面を知って驚く時がある。
女優といえば愛梨がこの間、地上波のドラマで脇役として出演していた。出番は少なかったがちゃんと台詞のある役をもらっていてテレビ越しに観ていた私は親戚の子がスターになったような気分になって高揚したと同時に寂しさを覚えた。
愛梨は着々とテレビで出演面積を増やしていっている。私はそれを知れば知るほどに愛梨が遠い存在になってしまったように感じた。
「そうなんだ…私はバイトばっかりで何にもしてないや。これからどうしよう…」
「アイスクリーム屋さんのバイトはどうなの?」
「まだ始めたばっかだけど楽しいよ。接客ってやったことなかったけどSNSでファンと交流するよりも面倒な人が少なくて楽かも笑」
「紫穂ちゃんは柔らかい雰囲気だから接客とか向いてそう!志織は陰気な感じが出ちゃって接客なんかしたら、何この子?って言われちゃうもん笑」
そう言って笑う志織は栞菜が襲撃されたあの日からだいぶ元気になって目のクマが落ち着いた気がした。
あれから数日後、栞菜の安否がマネージャーからラインで共有された。
栞菜は命に別状なく退院したが後遺症で顔に大きな火傷痕が出来てしまい、とても活動できる状態ではなく今後の活動は未定だと書かれていた。
桜子ちゃんと愛梨は栞菜に何やらメッセージを送ったみたいだが、どちらも返信はないらしい。私と志織は栞菜になんのメッセージも送らなかった。
普段からメッセージを送るほど親しい間柄ではなかったし、今この状態で掛ける言葉が浮かばなかったため自重した。
あの混乱からいざ三ヶ月経つと状況は落ち着いて私自身も前までは考えられなかったなんの活動もない日々に慣れて、むしろグループ活動していた時よりも平和で穏やかで不安定さが減ったため、目立たないけれどこんな生活もありだな…なんて考えだしていた。
ほぼ毎日一緒にいた五人がバラバラになったことは寂しさもあるけれど集団行動が苦手な私からすると気楽な面もある。
歌って踊ることは楽しいけれど同じメンバーでずっと一緒にいるのはうんざりするから接客みたいに対応する相手がコロコロ変わるのはファンサービスみたいで楽しい。
Fly Highとして活動するのは私にとって日常の一部だった。だけどそれがなくなっても私は意外と気楽にやれることがわかって自分でも驚いている。
Fly Highではないフリーターの諸里紫穂としての生活に慣れてきた頃、久々にプロデューサーから召集命令が下った。
内容はFly Highの今後についてだった。
晴天の午後三時、事務所に呼ばれて向かうと栞菜を除いた三人がマネージャーらと椅子に座ってプロデューサーを待っていた。私も横並びに座ったメンバーに並んで桜子ちゃんの隣に座る。
私は久々に見るメンバーの顔にどこか懐かしさを覚えて安堵した。
志織とは週に数回、会っているけれど桜子ちゃんとは一番古くメンバーとして活動していてこんなに会わない日々はなかったから久々に会って実家に帰ったような安心感を覚えた。
愛梨はテレビの仕事が増えたためか以前にも増して綺麗になっていて、華やかなオーラを放っている。
そんな愛梨の横でも志織は物怖じせずに変わらず飄々としていた。
予定時刻の数分後、痩せ細った私達とは対照的に小太りで頭皮が寂しいプロデューサーが相変わらずダサいサーモンピンクのポロシャツに黒のスラックスという壊滅的に合わないコーディネートで登場すると私達の向かいに座って淡々と話し出した。
「久しぶりだね。実を言うと数日前に栞菜から電話が来てグループを脱退して芸能界を引退するって言われたんだ。僕はそれを承諾したんだけどそうなると残った君たちは今後どうしたいかって思って今日集まってもらったんだ。」
プロデューサーの言葉に対して私達は大して驚きもせずに至って冷静に沈黙する。
栞菜がグループを脱退する…それは休止期間の間にきっと誰もが予想していたことだった。だから今さらそれを聞いても、あぁ、やっぱりね…としか思いようがない。
問題は栞菜ではなく、他のメンバーの考えだ。残り四人が同じ意見なら同じ方向に進めるが一人でも違う意見が出れば話し合いは平行線を辿るだろう。私は…
「私は抜ける。栞菜がいないのならFly Highとして活動したくない。」
皆が沈黙する中、先陣を切って口を開いたのは愛梨だった。
愛梨の顔に現場にいる全員の視線が集まる。彼女は顔を上げて何か決意のようなものを感じられる強い口調で話し出した。
「私は栞菜に嫌われていたし私も栞菜にムカついていたけど、栞菜がいたから負けたくないって思って頑張れた時もあったしFly Highは栞菜も含めた五人じゃないとしっくり来ないからグループを抜ける。」
強い意思を感じられる愛梨の口調に私は反論する余地もなく沈黙する。すると続いて桜子ちゃんも口を開いた。
「私もFly Highは五人じゃないと意味がないと思う。だから栞菜も愛梨も抜けるのなら解散した方がいいと思う。」
解散。今まで考えないようにしていたその二文字をいざリーダーから口に出されると現実味を帯びて心臓が嫌な音を立てた。
私達は五人で空を羽ばたかずに各々で飛ばなければならないことになる。
リーダーの言葉は絶対…桜子ちゃんが解散と言うのなら私達はもう従うしかない。それは序列の問題ではなくて桜子ちゃんだからだ。
桜子ちゃんは私達にとってグループの方位磁石であり指標のような存在…彼女が私達のその先を照らす存在だったから彼女が解散と言った時点で誰がなんと言おうとグループは解散だ。
彼女の言葉にプロデューサーがゆっくりと頷くと、私や志織の意見は訊かれることもなくグループの解散が決まった。
「じゃあ、Fly Highは今日をもって解散します。」
プロデューサーの号令とともにスタッフたちは淡々と解散するにあたっての話を始める。
メンバーの今後の芸能活動、SNS各種での知らせ方、マネジメント契約内容の確認…粛々と行われる解散への動きに私は戸惑い、困惑する。
私達は明日からグループではなくなって一人の女性として生きていくことになる。
それは大切な大家族をいっぺんに失う感覚に似ていた。メンバー五人だけでなく、マネージャーやプロデューサー、ディレクター、その他のスタッフを一気に失って私達は一人で新たに自分の道を自分で切り開かなければならない。
私は明日から何をすればいい?
そうやって訊いても誰も答えてくれない。自分で自分の道を探さなければならない。
複雑な迷路の中を五人で彷徨っていた私達は明日から一人で彷徨うことになる。
ここはどこ?私は誰?
アイドルでなくなった私は一体、何者なのだろうか。