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翌日、プロデューサーとメンバー、スタッフのみんなで話し合うために事務所に向かうと栞菜だけが来ておらず現場は重い空気が漂っていた。
これからどうするか話し合わなければならないのに問題を起こした栞菜本人が来なければなんの意味もない。途中でマネージャーが電話を掛けたり、メンバーがラインを送ったりしたが応答はなかった。
結局、三十分以上経っても来ないため今日は全員解散することとなった。
現場にいるみんなは一向に来る気配のない栞菜に対して重い溜め息を吐いた。
きっと現場に来ない栞菜に誰もが不満を抱えて怒りを覚えただろう。
私も憧れだった栞菜に対して深く失望した。
自分で起こした問題を解決する気もなく逃げるなんて…栞菜がそんな人間だったなんて思わなかった。
栞菜は負けん気が強くてトラブルを起こすこともあるけど負けたくないからこそ逃げない子だと思っていた。それなのに炎上騒動を起こしておいて顔を出さないなんて…本当に最低。
栞菜に対して深い失望と怒りを覚えながら志織やスタッフと一緒に部屋を出ようとすると突如、桜子ちゃんが声を上げた。
「ねぇ、待って!今さっき更新されたこのニュース…見て!!」
そう言って桜子ちゃんからスマホを渡されたプロデューサーがニュースを読み上げる。
“アイドルに硫酸を掛けた疑いで二十六歳の男、逮捕“
“先程、午後六時ごろ○○駅で若い女性が男に液体のようなものを掛けられたと通報があり警察が現場に駆けつけたところ女性アイドルの藤本栞菜さん(20)が蹲っていたため緊急搬送された。栞菜さんは顔に火傷を負っていて重症と見られている。警察は現場にいた男を現行犯逮捕し、動機について調べている。栞菜さんは松田愛梨さんが所属するアイドルグループFly Highのメンバーで、逮捕された男は〜“
プロデューサーが出来立てほやほやのニュース記事を読み上げると私達はしばしの間、言葉を失って絶句した。
「栞菜は今、病院にいるってこと…?」
沈黙を破るように桜子ちゃんが口を開くとプロデューサーは、「記事を見た限りそうなるね。」と冷静に答える。
「とりあえず明日からのスケジュールは全部、白紙だ。Fly Highはしばらく無期限の活動休止にしよう。こんな状態でイベントなんて出来やしない。」
プロデューサーは落ち着いていて、いとも容易く私達の活動休止をその場で宣言した。
私達は安否のわかっていない栞菜の急報とプロデューサーの活動休止宣言を受けて混乱していたが誰も反論することは出来なかった。
確かにこんな状態でライブやイベントを普通にやるなんて無理だ。頭ではそうわかっているけれど今まで息継ぎなしで夢に向かって走り続けていた私達は突如、目の前を大きな壁で塞がれて行き場を失った。
明日からはライブもイベントもSNSの更新も自粛しなければならない。前に進むことをストップされた私達は何をすればいいのだろうか…
それはきっとメンバーの誰もが同じことを思っていて同じ不安を抱えていた。
栞菜…栞菜は今、無事だろうか?
頭の中では栞菜への心配とグループ存続の不安でいっぱいだった。