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朝、練習をしにスタジオの扉を開けると愛梨と栞菜が口論をしていて、その様子を志織が怯えた目で見ていた。
「本当に最低…なに考えてるの‼︎」
愛梨が血眼でそう言って栞菜の肩を叩くと栞菜がもの凄い形相で愛梨を睨んだ。
「あんたこそ自分ばかりチヤホヤされていい気になってるくせに‼︎」
栞菜がそう言い返して愛梨の肩を叩き返そうとすると桜子ちゃんとマネージャーが勢いよく入ってきて二人の間に割って入った。
「一旦落ち着いて!」
そう言って二人を宥める桜子ちゃんとマネージャーを見ながら私は状況を把握していないため何事かと混乱した。
「何があったの?」
志織のそばに寄って尋ねると彼女は私に状況をこっそりと教えてくれた。
「実は栞菜ちゃんが愛梨ちゃんのファンとこっそり付き合ってて、その人に愛梨ちゃんの悪い噂を流していたみたい…それでその彼氏がSNSで栞菜ちゃんと付き合ってる証拠写真付きで愛梨ちゃんの悪い噂を拡散させているの…」
志織から話を聞いて私はどうりで最近、栞菜が愛梨を貶めずに落ち着いているのかを理解した。
愛梨がテレビに出て輝いている陰で栞菜は愛梨を貶すための計画をしていたのだ。でもそれはグループアイドルとしては決してやってはいけないこと…私達はライバルだけど仲間だからメンバーを貶す行為はやってはならないし、ましてや復讐のためにファンを利用するなんて御法度だ。
栞菜のやったことは誰にも利益を生み出さないどころかグループ全体の存続危機にもなりかねない最悪の行為だった。
桜子ちゃんとマネージャーは栞菜に対して愛梨と同じくらいカンカンに怒って厳しく叱ったが、栞菜は納得いかない様子で不貞腐れていた。するとこの状態では練習できないということで今日のレッスンは急遽、中止になった。
マネージャー曰く、明日は普段あまり顔を出さないプロデューサーも事態を重く受け止めて私達に会いに来るみたいだ。
もしもプロデューサーが解散と言ったら私達はその一声でいとも容易く絡まっていた紐を解かれる。大切に大切に編み込まれた数年間の長い紐はプロデューサーの手一つで一瞬で解けるのだ。もしもそうなったらどうしよう…グループでなくなった私には何が残る?
きっと何も残らない。孤独が生まれるだけだ。
五人でメジャーデビューする…そう誓った夢が一瞬で崩れ去る寸前まで来ている気がした。
家に帰ってから普段はあまり開かないグループで運営しているXを開くとリプ欄が大幅に荒れていたため唯ならぬ事態が起きていることを理解した。
“今日のライブも来てくれてありがと♡“
一日前にそう呟いた愛梨のツイートに対して下には辛辣な返信が並べられていた。
“枕してるくせにアイドルすんな“
“お金いくら貰ったんですか?“
"俺とも一緒にそういうことしよ♡“
“ファンだったけど失望した“
“運営がしっかりしてないからこうなった“
普段は少ないリプ欄がどの呟きも見ていられないほどの誹謗中傷で埋め尽くされていて、中には栞菜と付き合っていたとされているファンが流した栞菜のプライベート画像まで大量に貼り付けられていてもはや錯乱状態となっていた。
“どうせみんな枕してる“
“グループだってどうせプロデューサーと寝た奴らの集まりだろ“
“昔、このグループのマネやってた人から聞いたけどこのグループはファンに手出したり枕しまくってるらしいよ“
中には憶測や嘘まで並べられていて、それらを見ていると頭が痛くなった私はそっとXを閉じてベッドに倒れ込むと重い溜め息を吐いた。
みんな、うるさい。
頭の中で嫌な呟きが大量に流れてきてそう叫びたくなる。
うるさい、うるさい、うるさい!
私達はこんなかたちで注目されたかったわけじゃなかったのに…炎上で注目されたって何一つ利益を生み出さない。
ただ沢山の人々に愛されたかっただけなのにこんなかたちになるなんて想像もしていなかった。
ただ大きなステージでキラキラと輝きたかっただけなのに何故?
キラキラするには世間があまりにも辛辣で汚くて、うるさくて、努力だけではどうにもならないものがあった。
だから愛梨を責めないでよ。何故、愛梨が悪者にされなくちゃいけないの?
栞菜、あなたのしたことは決して許されないこと。
だけど嫉妬に焦がれながらも力強く歌って踊る栞菜は淡々と踊る私にはない姿で憧れだった。
信頼されていてみんなをまとめる桜子ちゃん、愛嬌があって愛されキャラの志織…私達は五人とも等しく愛されて注目されたかった。
だけど現実は上手くいかない。
光は手を伸ばしても伸ばしても霞んで幻のように掴めない。
この光は私には到底、掴めそうにない。