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子供の最後風呂

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーらくんは、ここのところちゃんとお風呂に入っているかな? 疲れているとき、面倒なときなどは、さっとシャワーだけで済ませてしまうことはないだろうか。

 健康的には、やはり体全体を暖める意味でも湯船につかるのが良いとされるね。そのあとの眠りの質を上げるにも、身体の代謝を促すにも、全身の体温を高めるのはよい手段とされるね。

 お風呂というと、人によってこだわりが大きく異なるもののひとつだろう。

 入浴剤を何種類も用意する人もいれば、ざっと浸かるだけで満足する人もいる。私のまわりにはいないが、心底嫌いという人もいるかもしれないな。

 しかし、ことによると健康面への配慮ばかりではない効果が、この入浴にはあるのかもしれない。

 私の昔の話なのだけど、聞いてみないか?



 一番風呂が好きという声はいろいろ聞くだろうが、最後風呂が好きという人はどうだろうか?

 私はいわゆる、最後風呂が好きな人間でね。いくら家の人に「先に入れ」といわれても、頑としてトリを譲らなかった。

 理由はこまごまとしたものもあるけど、一番大きいのはお風呂で眠くなってしまうことかなあ。湯船につかっているとね、ついついかっくりかっくりしてしまうんだよ。

 お風呂で寝ることで溺れてしまう……という話も、よく聞くんじゃないか?


 実際、眠りかけてみると理由がわかる。おおよそ、金縛りにあったときと同じでさ。身体が言うことをきかないんだよね。

 顔も手足も、動かすのが大変におっくう。それどころか呼吸をするのでさえ怪しくなる心地でさ。はじめてだと、結構焦るんじゃないかな。

 まあ、慣れても焦るとは思う。意識がはっきりしている分、自分の身体がいうこときかない怖さがあるから。

 助けを呼べ? むりむり、ほんとに声さえ出せないんだもん。ひたすら苦しいのみでさ。回復するまでの苦痛との勝負なんだわ。

 暴れようにも暴れられないしね。外から察するのは難しいと思うよ。


 おっと、少し話がそれてしまったかな。

 そういう怖い話があるものだから、最後に入ることに父親は特に反対してきた。

 仕事疲れで自分が入ったときに、同じような体験をしたことがあったらしくてね。そうなると、最後じゃなおのこと助けに行きづらくなるからと。

 その点、母親のほうは賛成気味だったな。

 母親は一番風呂をよくもらっていたし、後に誰かが入る分には構わないのかなとも、思ったけれど、どうやら別に理由があるらしい。


 いわく、お風呂には神様がいると、母親は小さいころに教わったらしい。

 神様は大人よりも、子供のほうが好きで、年若い子と長いこと付き合うのが好きとのこと。

 そのためには子供が最後に入り、ゆったりと湯につかることで機嫌を取ることができるのだと話していたっけ。

 父は母のいうことには弱いからねえ。私がその最後風呂を務めることが許されたわけだ。

 私もあとに人が続かないと分かれば、気兼ねなくお風呂を楽しめるというもの。それゆえ最後風呂を喜んでいたわけで。

 神様がいるかどうかは知ったことじゃない。ただ、トリをかざる風呂上りが気持ちのいいものだというのは確かだったんだ。


 そして、その晩が訪れる。

 夏にも関わらず、昼間からずっと涼しめの風が吹き続けた一日。身震いして、まさか長袖を引っ張り出す羽目になるとは、考えられなかった。

 夏風邪の心配さえしてしまう。この日はゆっくりお風呂につかろうと、家族全員が入りきるのを待ち、浴室へ向かった私。

 浴槽に張った湯へ、手を差し入れてみる。さすがに多くの先客を迎え入れて、ぬるい気配が立ち込めていた。追い炊きボタンを押し、ざっと身体を洗ったのちに、私は湯船へ身を沈める。


 ぽこり、ぽこりと噴出口から出るあぶく。

 うちは入浴剤を母がよく使うせいもあるのか、噴出口からたまに入浴剤の溶け残り? と思しき白いものが一緒に出てくることもある。

 今回もそいつを含むあぶくがいくらか。私はそれらを特に気にしないタチだ。

 それよりも高まる水温にのみ、気を凝らしていく。銭湯、温泉などに入るときも、あっちあちの湯加減が好みの私だ。うめられたりすると、がっかりする。

 ほんのり網戸は空いている浴室だが、そのわずかなすき間でも、日中から変わらない冷たい風がびゅっと吹き寄せてきた。

 裸の肩に沁みる冷えは、どうにも我慢しかねるもので。私は窓を完全に閉め切りながらずぼんと、湯船の中へ沈んでしまう。

 逃げ場を失った湯気たちが、たちまち室内へ広がり始める。その濃さは、ほんの少し先のシャワーたちの姿さえ、覆い隠してしまうほど。

 視界を封じられると、そのぶんの神経が身体のよそへ向いてしまう。

 休め……休め……。

 そう奥底から、無言の催促。まぶたがとろりと、重くなってきてしまう。


 ――ああ、こいつはあのパターンだ。


 かっくり行ってからの、金縛り。

 意識はあれど、身体が動かせない。そして、ことによると溺れる原因になるやみしれない、アレ。

 勇気を奮い、思い切って湯船から上がってしまえば、それにおびえることもないというのに、私はなんとも意志薄弱。

 そうと意識しないまま、湯気の白がまぶたの裏の黒に変わっていくのも問題とせず、まどろんでしまったんだ。


 ぴちゃん、ぴちゃん……。

 水の跳ねる音が、唐突に私の意識を呼び戻す。

 息をしようと、鼻に力を入れたとたん、ぐっとのどが詰まった。

 間違いない、金縛りだ。手足も動かせず、まぶたもまた、開こうとのぞむ脳みその命令に反して、なかなか動いてくれない。

 もし、いつも通りであったなら、私もいくらか落ち着いて身体の自由が戻るのを待っていただろう。たとえ苦しかろうとも。


 しかし、水音が気になる。

 シャワーや蛇口をひねり損ねて、水が垂れているならまだいいが、音はそれらよりもずっと近く。

 まるで、私の入る浴槽にいるかのようなんだ。

 人ひとり入るのがやっとの場所。そこへ入り込み、水音を立てているのは何者か。

 ボイコットしがちな神経を少しずつ集中させ、まぶたをどうにか押し上げていく。

 うっすら、うっすら、どうにか半目くらいに開けられたときに、私は見たんだ。


 先ほど、噴出口から出てきた白い粉たちのような色合い。

 それでもって、おはぎの形をしたようなものが複数個、私が身体を沈める水面の上を跳ね回っていたんだ。

 当然、氷や膜などが張ってあるわけがない。跳ねたのならば、そのぶん、とっぷりと水面下へ沈んでしまいそうなものなのに、彼らにはそれがない。

 引き続き音を立てて、水面の上を地面か何かのように軽々と飛び回り、飛び違い、風呂のそこかしこを揺らしていく。

 身体のいうことがきかない私は、彼らが思い思いに音を立てて遊ぶのを見守るばかりだったが、いくらかしてようなく右肩が動いてくれた。


 あらたに立つ水音に、白いおはぎらしきものたちは一瞬固まったかと思うと、さっとその形は崩れた。

 一部は煙となって、閉めきったはずのわずかな窓のすき間から。一部は、波打つ水の中に白く溶け込んで、外側の排水口へと流れ込んでいく。

 どうにか身体の自由がきくときには、もう彼らの姿はなかったんだよ。



 お風呂の神様なのかどうかは、今もって分からない。あれ以降、会っていないからね。

 ただ子供が入ることによって、あの白おはぎたちが遊べる環境が風呂の中に整うのかもしれないな。

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