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密告会社

作者: 雉白書屋

 とある居酒屋。男が一人で酒を飲んでいると、そっと隣の席に座り、話しかけてきた者が。


「あなた、もしかしてですけど先日の……」


「ああ、まあね、どうもー」


 と、初対面の相手だったのだが、彼は慣れた様子。それもそのはず。彼がしたある事により、最近こうして話しかけてくる者が多いのだ。


「いやはや、中々できることではないですよ。大変、素晴らしい」


「ははは、そうでもないですよ。まあ、当然のことというかね。まあ怪しいなとは思ったんだなぁ」


「この居酒屋で、でしたよね?」


「そうそう、ちょうどこのカウンター席で。件の男は三つ離れたその辺かな」と、彼は指で差し、ご機嫌にビールを飲む。


「ははあ、いやいや、すごい正義感で」


「ははは! それは言いすぎな気もするけど、まあそうですね。人並に正しく生きてきたつもりなので。

親もね、正しいことが好きなもんだからね、その影響もあるのかもしれないですねぇ。まあ、三十間近で親の影響というのも気恥ずかしいですけどね」


「いやいや、素晴らしいじゃありませんか。この国が、あなたのような人ばかりならねぇ」


「ふふふ、まあ悪いことする奴が多いからねぇ」


「でもあなたは違う。酒を飲んだにもかかわらず、車を運転し立ち去った客をすぐに警察に通報。事故を未然に防いだのですから。素晴らしい判断力です」


「店を出る前に、これ見よがしに車のキーを出していたからねぇ。まあ、事故が起きたとは限らないが、いやあ、まさかあれくらいでニュースで讃えられるとは思わなかったよ。ああ、感謝状見ます? 警察から貰ったやつ」


「いえ、それよりもこちらをご覧ください」


 と、鞄を漁ろうとした彼に、男が一枚の紙を差し出した。名刺のようだ。


「ん? んー? ははは、ちょっと酔ったかな。『密告会社』って書いてあるように見えるなぁ」


「まさにその通りでございます。私、コバヤシと申します。実は――」


 と、彼はそのコバヤシという男の説明を黙って聴き、話が一段落したところで訊ねた。


「つまり……あれですか? スパイ組織みたいなもので?」


「さすが、言い得て妙ですねぇ。しかし、これは正義の組織。

自身が勤める会社を内部告発した者がその後、酷い報復に遭ったという話は、お聞きになったことがあるでしょう?

不正を見てみぬ振りは良心が痛む。会社を良くしたい。社会のために。そう、正しい行いなのに批難轟轟、誹謗中傷。場合によっては告発した側が訴えられたり、そもそも揉み消されたりなどと危険が伴う。ええ、よくある話です。

そこで、我々『密告会社』の者が新入社員として、その会社に潜入し証拠を集め、告発するのです」


「なるほどねぇ、しかし難しそうじゃないですか?」


「いえいえ、簡単です。寄せられた情報から探るので答え合わせするようなもの。

それに、不正というものは常態化しがちで、外から見えなくすることには気を使っていても、内部からは見え見え。

警戒も薄く、労せず証拠を集めることができるでしょう。あるとしても、バラしたらどうなるかわかってるな? と脅されるくらいで、本物の社員じゃないあなたには関係なしです」


「うーん、そういうものですかねぇ……」


「そういうものなのです。あなたもわかるはずです。

新入社員は仕事を覚えるのに手いっぱい。何が悪で何が正義かも分からず先輩が言ったことがすべて正しいと鵜呑みに。

数年が経ち、仕事が慣れた頃にあれ? と気づいても、もうどっぷりと浸かった状態。

いけないことだと思いつつも、告発する勇気は出ない。

匿名にしても、自分が告発者だとバレたら? 揉み消されたら? 罪を被せられたら? 会社が潰れてしまったら? 再就職しようにも不祥事で潰れた会社の社員では色眼鏡で見られる。などとあれこれ考えて足踏みしてしまうものです」


「そこを代わりに、という話か」


「ええ、匿名での告発ですが、仮にバレたとしても身分を偽って潜入していただくので、次の潜入にも問題ありません。

時には整形も、ああ、勿論、費用はすべて会社が持ちます」


「おいおいおい随分とまあ本格的というか……しかし、資金源はどこで?」


「この国を、この社会を良くしたいと思う方たちは結構多いんですよ。ええ」


「うーん、いや、良心の呵責からの密告というのはわかるが、しかし、それで会社側が心を入れ替えるならいいけど、今言ったように潰れてしまっては、その密告者に得など何も……」


「大抵の方はもう辞めていますので。新しい職場に移っても悪事を見過ごした日々を思い出し、悶々と。胃が痛むのでしょう。

それでどうです? やっていただけませんか?

行政やマスコミにも我々の仲間がいますので揉み消される心配もありませんよ。

足りないのは、あなたのように正義感溢れる人材だけ。さあ、どうです?」


 酒の勢い。それとは関係なく、彼に迷いはなかった。正義感と、あの称賛に酔いしれ、自分は普通の人間ではないと、どこかにそれに相応しい仕事はないかと思っていたのだ。

 そして最初の潜入、告発成功後は自分が選んだ道は正しかったのだと、彼はそう確信した。自分の正しさ、正義感がこの上なく発揮されることに彼は喜びを感じ、また男というものの大半がそうであるように童心に帰らずともスパイや秘密組織というものに心躍り、彼は密告に精を出し続けた。


 やがて、会社の紹介で理解ある女性と結婚。その後も順調に生活していた。

 そんなある日……。


「いやいや、かなりの働きぶりだそうで」


「ああ、どうもどうも」


 彼はあのコバヤシと名乗る男と久々に会う機会があり、酒を酌み交わした。


「あなたがあの日誘ってくれたお陰で毎日が充実してますよ。この国の腐敗を正す、その一端を担っているという感じがね」


「それはなによりです。正しい事をするのは気分がいい。健康にも良いですからねぇ」


「ええ……ただ、やはり気になるのが出資者ですね。一体どういう人なんでしょう?

どこかの大企業の社長さんとか資産家だったり。かつては自分も告発し、そして酷い目に、いや、逆に告発できずにずっと心に引っ掛かりがあり……などと気になって色々想像してしまうんですよ」


「はははは、資産家であることは間違いないですよ。複数名の株の儲けでね、この会社は運営されているんですよ」


「株の儲け? へぇー……え、それは」


「そう、告発した会社の株ですよ。告発前に売り払い、告発後に安く買う。

あるいはライバル企業に顧客が流れることを予想し、そちらを買う。

その辺はうまくやっていますよ。まあ、長年のやってますからね。

ライバル会社からあそこを潰してくれと依頼があったりもしますよ」


「え、いやいやいやいや、それって……」


「ええ、いけないことかもしれませんね。でもまあ、正義のためですから多少は、ね」


 コバヤシはそう言い、グラスの酒を喉に流し込んだ。

 

 ……この件を告発しようにも、どこの誰にすればいい? 密告会社なんて信じて貰えるだろうか。それにこっちも身分詐称などやっているし、どこに連中の仲間がいるかわからない。簡単に揉み消されてしまうだろう。

 そして、仮に上手く行ったとしても、俺をどこの会社が雇ってくれるのだろう……。


 良かったらおすすめの株をお教えしましょうか?

 黙って考える彼にコバヤシがそう言った。

 彼はそれが悪魔の誘いにしか思えてならなかった。そしてもう、魂を掴まれているとも……。

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