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家族分裂

 翠と別居するようになって二年経過。ドラえもんの人形を作った、祐樹は抜け殻のようになっていた。


 元々、口数は多いほうではなかったものの、翠と暮らさなくなってからは口を開く機会はさらに減った。最近は家族内でおはよう、おやすみなさいとすらいわなくなった。


 躁鬱状態さながらではあるものの、学校にはきっちりと通っている。息子は不良児であると噂されないことは、父親としては救いだった。翠に捨てられ、息子までダメになったらこちらまで病んでしまう。


 祐樹が母親を必要としているのは伝わってくるけど、翠と復縁したいとは一ミリたりとも思わない。一年前に息子を見捨てた女に助けを求めることはしたくない。


 玄関のベルが鳴らされた。洗濯物を放置して、そちらに足を進めることにした。


 祐樹のつぶらな瞳が視界に入った。彼の瞳には、一年前にいなくなった母親が映っているのだろうか。


 玄関の扉を開けると、思いもよらない人物が立っていた。


 翠は冷たい口調で言い放った。あなたに用はないけど、しょうがなくやってきたという感じだった。


「離婚届をもらいにきました。役所で正式に受理していないっていわれたから、自分で提出しようかなと思います。書類できっちりとしておかないと、色々と面倒なことになりかねないでしょう」


 沙代里から離婚届を提出するようにいわれるも、そのとおりにはしなかった。夫婦関係を継続することで、翠の生活に制限をかけてやりたかった。不倫をしようものなら慰謝料を請求し、一矢を報いようと思っていた。


「離婚届は郵送すればいいだけなのに、送付しないのはどうしてですか。役所に行く時間はなかったとしても、ポストに突っ込むことくらいはできると思います」


 同い年に敬語を使用することにより、あなたとはもう関係ありませんと主張しているかのようだった。翠の心の中では離婚したとみなしている。


 必要な作業を怠ったことで、翠に家の中にやってくる口実を作ってしまうこととなった。プライドをおざなりにしても、離婚届を出しておくべきだった。


「祐樹の作ってくれたお守りも回収しにきました。息子の愛情の塊は大事にしないといけないでしょう」


 息子を見捨てたくせに、よくそんなことをいえたものだ。翠は非常識の鎧を身に纏っているとしか思えない。


 祐樹は一年ぶりにやってきた、母親に操られたかのように近づいていた。見捨てられたにもかかわらず、必要としているのを感じ取った。


「おかあさんといっしょに生活して、愛情をたっぷりと受け取りたいよ」


 祐樹は母親に身体を預けようとした。翠は拒絶すると思っていたものの、息子からの抱擁を受け止めた。


「祐樹、ありがとう」 


 翠の求めていたのは純粋な愛情だったのかな。直哉に一途な恋をしたのも、彼の発している穢れのない優しさを求めていただとすれば、全ての辻褄は合う。


 翠は息子の両肩に手を載せていた。裕の前では一度も見せたことのない、温かさを醸し出していた。彼女にはこんな一面もあったのだと、初めて知ることとなった。


「祐樹、立派に成長してね」


 祐樹のおでこを太陽が照らしていた。額本来の明るさに、日差しを加えることにより強調されていた。


 祐樹は母親の服の裾を引っ張る。居場所を失った子供がSOSを発しているかのようだった。父親としては、そのような光景は目に焼き付けたくなかった。


「ママ、一緒に住みたいよ」


 祐樹のことを考えると、母親と同居したほうがいいと思う。必要としている人間と一緒にさせてやりたい。


 二年前に息子を捨てて、忽然と姿を消した女性に任せてなるものかという思いも捨てられなかった。成人するまできっちりと育ててみせる。自分は立派な父親であると、周囲に発信しなければ気が済まない。


「祐樹は俺が育てる。おまえには絶対に渡したりしない」


 翠は特段の反応を示さなかったものの、小学生の子供は頑なに譲らなかった。


「ママと一緒に過ごせないなら、この家を出ていきたいよ。おとうさんと一緒に暮らすのはもうイヤだ。毎日、毎日、アルコールと煙草で悪臭を巻き散らすんだよ」


 翠と別居するようになってから、タバコを吸うようになり、アルコールの摂取量も増えた。ストレス解消のために、タバコと酒に溺れるようになった。会社をリストラされて、不貞腐れてしまった父親と一部重なっている。


 家庭内で荒れていたとしても、月収はきっちりと稼いでいる。大人の楽しみくらいは許容すべきではなかろうか。金を稼ぐ大変さを知らない子供に、とやかくいわれたくはない。


 子供を育ててきたにもかかわらず、見捨てた母親よりもランクを下につけられているのか。自分の一年間は何だったのだろうか。


「おにいちゃんに毎日のようにいじめられるんだ。おとうさんはそのことを注意すらしてくれないんだよ」


 いじめなんてものは受けるほうが悪い。男なら父親に頼らずに、自分の力だけで解決しろ。裕は子供のころからそのような教育を受けてきた。


 貞夫は母親に近づこうとはしなかった。子供を見捨てていった、女から距離を取ろうとしていた。


 裕は息子に手を差し伸べることにした。


「祐樹、一緒に生活しよう。おにいちゃんのことはきっちりとしつけるから」


 首を激しく左右に振ったあと、翠の陰に隠れてしまった。完全に心は離れてしまったのを悟った。


 翠は大袈裟にため息をついた。あなたは何もわかっていないのね、といわんばかりだった。


「祐樹は引き取らせてもらいます。貞夫さんはあなた一人で育ててくださいね」


 息子を「さん」づけで呼ぶなんて通常はありえない。翠の中では長男は家族に入っていないのか。


「俺は祐樹と生活するのを認めていないぞ。勝手に捨てたくせに、横取りしていくんじゃない」


 翠は冷めた口調で話した。


「家庭内におけるいじめの事実を警察に通報してもいいですか。あなたにどれだけの不利益をもたらすのでしょうか。暴力のことも一生かけても許しません」


 弱みを握られているだけに、成す術はなかった。祐樹の親権は翠に預けるしかなくなった。


「祐樹、一緒に暮らそうか」


 祐樹は小さな声に感情をありったけ詰め込んでいた。


「うん」


 地獄から解放されたといわんばかりの笑みを作っていた。こんなにも楽しそうにしているのを見るのは、久しぶりである。 


「離婚届を早くください」


 裕は引き出しにしまってある、離婚届を取りに行った。祐樹の気を引くためにじらそうかなとも思ったけど、翠を視界から早く消してしまいたい思いが勝った。


 離婚届を渡すと、こちらを見ることはなかった。翠はクリアファイルにしまったのち、鞄の中に入れた。


 祐樹は母親についていってしまった。裕は家族を一人失ったことを、ただ受け入れるしかなかった。

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