06.生き人形
さすがに早まっただろうか。さすがのミカも、この状況には困っていた。
ミカはアックスと訓練場で話をした後、そのまま王都の屋敷に帰るつもりだった。馬車乗り場へ行くと、少女が二人、言い争っているように見えた。
「やれったらやりなさい! お前だけ降りるなんて許されないわ!」
家族がどうなってもいいの!? と派手なほうの少女がもう一人を脅しているようだった。二人とも見覚えがある。脅している方はトリアン公爵令嬢アリシア、脅されている方がクルーム子爵令嬢マレーナだった。
これはそっと離れるべきだろうか。少し悩む。そうして迷っている間にアリシアと目が合ってしまった。この二人だけなら逃げられたのだが、薬をかがされて気を失ってしまった。魔法薬だ。魔女なのに、不覚を取ってしまった。まだ少し薬が残っているのか、頭がくらくらする。だが、他に影響はなさそうだ。
立ち上がってみると、足が鎖でつながれているのが分かった。寝かされているベッドの足につながれているようだ。細い瀟洒な鎖で、たぶん、拘束に使うものではない気がする……。
ベッドは置いてあるが、どこかの書斎のような部屋だ。書斎にしては狭く、窓もない。小さな机と本のない本棚が置いてあった。ドアノブをひねってみるが、当たり前だが開かない。閉じ込められた。
時間をかければ、逃げられる。と思う。だが、たぶんその前に、アックスがミカの不在に気づく気がする。少なくとも夜になれば、ミカが帰宅していないことに気づくはずだ。たぶん、助けに来てくれる……と思う。少なくともミカがアックスの立場なら助けに行くし、それくらいにはお互いを好いていると思う。それが夫婦なのに愛情ではなく友情であるのが問題なのかもしれないが。
これは、待っているべきだろうか。脱出してその辺を探ってみるべき? 魔女であるミカの魔力を封じておかないとは、誘拐犯も間抜けである。……いや。これは突発的なものだ。用意などなかったのかもしれない。
魔女と言っても、ミカは古いタイプの魔女だ。主に、研究などに力を入れるタイプ。だが、魔術の素養がないわけではない。少し時間はかかったが、足首の鎖を分解した。足が自由になる。よし。
ドアのかぎも解除し、外に出る。ドレスなので動きづらいが、仕方がない。どこかの会社の事務所のようだったが、廃棄されて長くたつのか、壁などがはがれていた。
手当たり次第に部屋をのぞいてみる。三つ目のドアを開けたところで、さしものミカも悲鳴をあげそうになった。その部屋には人の体が無造作に積まれていた。欠損しているものや、髪のないものもある。生きてはいない。よろめいて後ろに足を引いた瞬間、ブーツがカツっと音を鳴らした。
「ここにいたのか」
男の声がして振り返る。距離を取る前に腕を掴まれた。男として育てられた過去のあるミカは武術も学んでいるが、さすがに成人男性を振り払うことはできなかった。
「うん、やはり僕の好みではないが、なかなか美しいな」
顎を掴まれてまじまじと顔を眺められる。瓶底のような眼鏡をかけた男だった。たぶん、魔術師だ。
「っ!」
失礼なことを言ってくれやがった魔術師に膝蹴りを入れ、足払いをかけると、さすがに武術の心得はなかったか、魔術師は転倒した。その際につかまれていた手首をひねった気がするが、気にしている場合ではない。走って逃げる。
「この……っ! 女風情が!」
女だからと馬鹿にするな! と怒鳴りたいところだが、さすがにそれどころではない。追ってきている。手近なドアを開けようとして、カギがかかっていた。魔法で開ける。これだけ魔法を連発しているのだから、逃げ出す前に限界が来そうだ。おとなしく待っているべきだっただろうか。
中に滑り込んで、カギをかけなおした。うっかり入ってしまったが、研究室の様で、中央の木のテーブルに少女が寝かされていた。見覚えのある金髪。
「クルーム子爵令嬢」
あの時、トリアン公爵令嬢に脅されていたマレーナだ。眼は開いているが、意識があるようには見えない。思わず周囲を見渡して、こちらは丁寧にベッドに寝かされた少女を発見した。マレーナの体に特に異常がないことを確認してから、ミカはベッドの少女に近寄った。こちらは見覚えがない。どころか。
「顔がない」
仮面で隠されているが、顔がないのが分かった。確認すれば、身体もうまく隠しているがつぎはぎで、髪も植毛だ。つまり、人間ではない。
「い、生き人形……」
かなり精巧だ。さすがのミカも、動揺を禁じ得ない。先ほどの男は、魔術師としては二流に見えたが、何かを作ることに長けていたのかもしれない。
その時、生き人形が動いた。腕をつかまれ、ミカののどから声にならない悲鳴がほとばしる。
「カ、オ……カオ、チョウダイ……」
口がないのにどうやってしゃべっているんだ! 生き人形の手を振り払おうとしたミカの手が背後からつかまれる。
「見たな、私のベラドンナを……美しいだろう」
先ほどの魔術師だ。考えてみれば、ここは彼が占拠しているのだから、彼がこの研究室に入ってこられるのは当然の話だ。ミカが魔法でカギをかけようと関係ないのだ。
「……この子に顔を与えるために、見目の良い娘をさらっていたのか」
「おおむね正解だ。お前はどうしようかな……殺す以外は何をしてもいいと言われたが」
誰にだ。あの時、馬車乗り場にいたトリアン公爵令嬢のことだろうか。
「顔は好みじゃないんだろ」
豪然と言い放つと、ああ、と返ってきた。
「だが、その目はいいな。目だけえぐり取ろうか。うん、そうしよう」
ぞっとした。これは本気で反撃しなければならないだろうか。手元に武器はない。ミカの魔法は単独で攻撃できるものは少ない。
と、その時、建物が揺れて天井からほこりが降ってきた。何かが爆発したような。ついで、声が聞こえた。
「ミカ!! どこだ!!?」
「アックス!」
大声で叫ぶと、口をふさがれた。もう侵入されているのに、今更遅い。肘で腹を打ち、足払いをかけて床にたたきつけた。だが、力が弱かったのか、足首を掴まれて引っ張られた。
「わっ!」
あえなくバランスを崩したミカは、床に崩れ落ちる。魔術師は顔をあざだらけにしながら叫んだ。
「お前ぇ! ただじゃおかないからな!」
思わず自由なほうの足でけりつけるが、動揺していたからか蹴り損ねた。そこに、アックスが大胆にもドアを破壊して入ってきた。
「貴様っ!」
ドアを破壊したらしい剣を手に持ったまま、アックスはミカの足を掴んでいた魔術師を蹴り飛ばした。ミカがやりたかったことだ。ありがとう。その間に立ち上がり、スカートを払う。
「あ、ああ! その顔! 麗しい!」
魔術師がアックスの顔を認識したか、そんなことをのたまうので、アックスが手荒に気絶させた。
「ミカ! 大丈夫か!?」
駆け寄ってきて、ミカの体をあちこち触る。たぶん、結婚してから一番触られたと思う。
「平気。僕も殴りたかったのに」
半分冗談で言うと、アックスがすごい剣幕で怒鳴った。
「のんきなことを言うな! どれだけ心配したと思っている!」
驚いた。アックスが大声を出すことにも驚いたし、それだけ心配されていたということにも驚いた。ミカは目をしばたたかせる。
「……ごめん」
一言謝罪を口にすると、アックスは顔をゆがめ、ミカを抱き寄せた。肩に顔をうずめてくる。またもや驚いたが、背中を撫でてやる。
「泣いてる?」
「泣いてない」
鼻をすするのが聞こえてるぞ。苦笑しながらミカもぎゅっと抱きしめてやる。
「心配かけてごめん。御覧の通り、ちょっと怪我はしたけど無事だよ。助けてくれて、ありがと」
「……ん」
もう一度強く抱きしめられ、アックスはミカを放した。左右で色の違う瞳がうるんでいる。少しためらったが、頭を撫でてやった。アックスは一瞬むくれたが、すぐに心配そうな表情に戻った。
「本当に大丈夫か? けがはないか?」
「抱きしめる前に聞きなよ。まあ、転んだときのかすり傷くらいだよ」
「よかった……!」
入りづらそうに、部屋の外から軍人たちがちらちら見ている。ミカはアックスの肩を叩いた。
「ほら、早く仕事に戻りなよ。それで、早く帰ってきてね。今度はちゃんと待ってるから」
互いに干渉しないようにしようという取り決めはしたが、基本的に仲はいいのだと思っている。
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シャ〇ーハウスではありません。