44.宣戦布告からの顛末
ロヴィーサと名付けた娘を出産して三週間ほど。アックスから国境警備に行くので後方支援を頼む、という手紙が来た。さすがにイラっと来た。
いや、サンルカルが宣戦布告してきたせいで人員が足りないであろうことは理解できる。行軍したこともあるミカは、軍事的な手配も可能だ。そして、国境の河川に配備されるのであれば、王都からの支援も、エストホルムからの支援も距離的には同じくらいだ。
「どうなさいますか、奥様」
「断るわけにはいかないでしょう。すぐに準備を」
ミカはエストホルムにいる文官にあれこれ指示をだすと、娘の様子を見に行った。父親であるアックスと手紙での協議の結果、娘の名はロヴィーサになった。やっぱりミカはアックスに似ていると思うが、乳母たちはミカに似ているという。ミカに似ると気が強そうに見えるので、アックスに似た方がいいと思うのだが。そう言うと、どちらに似ても美人になるので問題ない、と言われた。
軍備の配置は、アックスが軍を率いているのとほぼ同時に終了した。かなり巻きで行ったので、足りない部分は後から追加していくことになる。とはいえ、本当に戦いになるとは思えない。
入ってきた情報によると、年の近いサンルカルの王子二人が王位を争っているわけで、それをいさめるはずの王は病床にあるそうだ。この王子が二人とも側室の子で、それぞれ母親が違うことがこのいさかいの原因になっているようだ。母親の身分は同じくらい、やや年上の王子の方が有利か、と言うような状況で、宣戦布告してきたのはこの王子だ。もう一人は反対しているらしい。逆だった可能性もあるだろうが、どちらにしろ本当にこの国と戦争になることはないだろうと思う。内戦を行っている状態で、外国と戦う余裕はないはずだ。
二人が王位を争っている、と言うことは、国内が少なくとも二分化されているはずだ。つまり、国力としても多くとも半分。その状態で外国と戦えば、背後から政敵に刺される。世の中には花の国の冬の女王のように、国内の政戦を制し、国外の威力を退けた女傑もいるが、それは稀な例だろう。
助言を求められたので、ミカは戦争に反対している方の王子を焚きつけて、もう一人の王子を挟み撃ちにしてしまえ、などと兵法にのっとった意見を出してみたが、採用されなかったようだ。というか、その前に帝国が動いた。
大陸のほぼ中央、この国から見て南東部に通称帝国、と呼ばれる国はある。その名の通り皇帝が君臨する大陸最大の国で、しかし融和策を推奨しており、各国に皇族の姫君や王子を嫁入り婿入りさせるなどして関係を保っていた。実際、サンルカルの王妃は帝国皇女だ。そんなことで、帝国が介入してきたと思われる。
ちなみにこのころのミカはロヴィーサの夜泣きで寝不足だった。乳母がいる分、通常よりはかなり楽だが、できるだけ自分で面倒を見たかった。だが、残念なことに、ミカは乳の出が悪かった。胸が張っているのはわかるのだが、それと実際に出るかは別問題のようだ。
帝国は提案した。皇族の男性と、エミリアナを婚姻させ、エミリアナを女王とするのはどうか、と。これは王妃が却下したらしい。ミカも、エミリアナに女王は務まらないと思う。だが、一番簡単な方法がとれなかったことになる。
もはや一度本人同士で戦うしかないのではないだろうか。どれだけ根回しして味方を増やし、楽に勝てるかも才能の一つだ。それくらいできなければ王になる資格もないと思うのだが、どうだろうか。
とはいえ、彼らの代理戦争などごめんだ。ならば、やはり宣戦布告してきた方を、もう一方と挟み撃ちにする方がよい気がする。その場合は帝国と話をつける必要があるが、帝国皇帝は話してわからない人間ではない。あちらの益を提示できれば、説得は難しくないだろう。
しばらくアックスは川を挟んでにらみ合っていたようだが、結局、本格的な武力衝突は起こらなかった。どうやら何度か小さな小競り合いが起こったようだが、戦闘になるほどではなかったようだ。
雪がちらつき始めたころ、サンルカル王の容体が回復したらしく、サンルカル側は撤退していった。アックスはしばらく警戒していたが、警備のレベルを縮小し、本隊を率いて王都に戻っていった。なお、結局アックスはここに至るまで娘の顔を見ることができていない。
ミカはミカでロヴィーサの世話をしつつ、アックスが帰ってこない分の領地の管理を行っていた。少なくとも、秋の収穫から納税分を回収しなければならない。ほか、問題があった部分を対処していく。そうこうしているうちに年が明けた。
この冬の間に、サンルカル国内ではひと騒動あったようだ。そして、エミリアナとソラナは未だに帰国できていない。サンルカルとの緊張状態が解かれる前に冬に入ってしまったためだ。北国であるので、移動は危険であろうと滞在を半年延ばしたのだ。春には帰国できるだろう。
王都を離れているミカにはなかなか詳しい情報が入ってこないが、サンルカル王が跡継ぎを定めたようだ。もちろんエミリアナではない。本人は乗り気だったらしいが、王も認めなかったようだ。年下の方の側室の子を次期王と定めたそうだ。帝国皇女の王妃の子が王位を継がない代わりに、帝国皇族の姫君を妃にもらうことになったそうだ。
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これに対抗しようというのか、はじかれた方の王子は冬の女王に支援を求めた。だが、冬の女王がそんな誘いに乗るはずがない。冬の女王は負け知らずの戦の天才であるが、だからこそ帝国と戦って勝てないことをわかっている。そして、冬の女王に振られたサンルカルの王子は孤立することになった。
ひとまず、帝国と冬の女王のおかげでサンルカルの件は解決しそうである。この国としてはサンルカルの件が解決するまでエミリアナとソラナを留め置き、解決してから送り帰した方がよいと思われる。その方が、二人の危険も少ないだろう。早く帰してしまいたい気持ちもあるが。
冬を越え、春になる。ロヴィーサはだいぶ大きくなった。生まれたばかりの小さな娘の姿を見られなかったアックスは気の毒である。もう首も据わったし、少しの間一人でお座りもできるようになっていた。
そのアックスが、久しぶりに自分の領地に帰ってくる。サンルカルのごたごたが片付いたのだ。エミリアナたちの帰国はもう少し先になりそうだが、警戒レベルは下げられた。
思えば、結婚してからアックスとミカがこれほど離れて暮らすのも初めてだ。不思議である。もともと仲はいい方だと思っていたが、そんなに側にいる感じはなかったし、そもそもお互いのことに不干渉、という約束をしていたのだ。今はがっつり干渉しているけど。
たぶん、妥協を覚えたのだと思う。お互いに。多少のことなら許せる。そう心境が変化したのだ。
領地に戻ってきたアックスを出迎えに、エントランスへ向かう。旅装の彼を見た瞬間、ミカは自然に微笑んだ。
「おかえり、アックス」
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ちょっと短いですけど。
次で完結です。