43.サンルカル王位継承戦争
質問状を送ったら、その回答の前に子供が生まれたという報告が届いた。いや、いつ生まれてもおかしくないとは聞いていたし、めでたい話であるのだが、てっきりミカの回答が届くと思っていたので、面食らう。生まれたのは女の子だそうだ。女の子か……女の子なら、アルフリーダとか。ロヴィーサでもいいかも。と言うより、単純に赤子の顔が見たいし、ミカをねぎらいたい。それが顔に出ていたのか、ヴィルヘルムに「返事が来たか」と尋ねられた。アックスが浮かれるのは、ミカがかかわった時だと思われている。間違いではない。
「いえ……子供が生まれたそうで」
返事は来ていない、と言ったが、ヴィルヘルムは「おお」と笑みを浮かべた。
「おめでとう。こんな状況だが、めでたいことがあると嬉しいな」
「はい……」
「男の子か? 女の子か?」
「女の子だそうです」
「なるほど。いいな、女の子。ミカエラに似るといいな」
「全くです」
全面的に同意する。少なくとも、ミカに似ればしっかり者に育つ。
ちなみに小評議会では、官僚の中にサンルカルへ詳しい情報を流しているものがいるだろうと結論が出た。まあ、いてもおかしくないな、とアックスは思う。自分たちがやっていることは、相手もやっていると考えるべきだ。
どうも、この状況はサンルカル王国の王位継承争いの余波のようだ。サンルカル王の王妃には男児がいない。セレスティナとエミリアナ、二人の間にもう一人姫君がいるだけだ。そのため、王の側室の子が王位を争っているのだ。
王妃の子以外には王位継承権を認めなかったうちとは違うな、とアックスは思った。もちろん、王妃に男児がいるか、いないか、という差もあるのだろうが。
この場合はどうなるのだろう。エミリアナを突き返してもいいのだろうか。途中で殺されて、こちらのせいにされそうな気もする。ミカならどうするだろう。尤も、意見を求められたところで、自分は参謀ではないのだ、と怒りそうな気もする。
ヴィルヘルムとも話し合いをするが、ミカもセレスティナもいないのではかどらない。王と王弟の妻たちは強かった。
「ソラナ嬢の話を聞く限り、唯一国内に残っていた王妃の娘のエミリアナ姫を邪魔に思っているようだな。彼らは彼女を排除したいのだろう」
できればこちらのせいにして。ヴィルヘルムは言葉にしなかったが、そう言うことだろう。同じくエミリアナを邪魔に思っていても、対立している二人は、それぞれ思惑も少々違うようだが。
「……対処が難しいところですね。異母とはいえ兄弟では結婚することもできませんし」
こういう場合、効果的なのは婚姻関係を結ぶことだが、母は違っても父は同じ異母兄弟は、法律上結婚できない国が多い。この国もそうだし、サンルカルもそうだったはずだ。一番簡単な方法が使えない。だからと言って物理的に排除するのもどうかと思うが。
「もともとはお前に縁づかせるつもりだったみたいだぞ」
ヴィルヘルムはからかうようにアックスの顔をのぞき込んできた。アックスは必死で首を左右に振る。ミカを手放すつもりはないし、何よりエミリアナは苦手なタイプだ。
「まあ、お前とミカエラの仲がよいので断念したようだが」
「……」
伯爵位を持っているとはいえ、元伯爵令嬢のミカならば、異国の王女の地位を使って追い出せる、と判断していたのだろう。
とにかく、このある意味穏便な方法を断念し、次の方法へ移行することにした、といったところだろうか。
「だが、これらはあっちの都合だ。彼らの都合を押し付けられても困る。今、交渉の場を用意するように申し立てているが、どうなるだろうな。どうもサンルカル王の容体が思わしくないらしい」
「……最高決定者がいないのでしょうか」
そのために、同じくらいの権力を持つ二人が争っている、と言うことなのだろう。これは最高決定者がどちらにするか決断を下せば解決する話であるが、それもない。
この国でも一時的にそのような状態に陥ったことはあるが、ヴィルヘルムとアックスでは、明らかにヴィルヘルムの方が上であったため、混乱は起きなかった。アックスが知っている例では、西にある花の国で王の妹と王の息子が王位を争ったことがある。国王が急死したためだ。これは王の妹が勝ったはずだ。
「誰もが花の国の冬の女王のようにはいかないからな」
どうやらヴィルヘルムも似たようなことを考えていたらしく、そんなことを言った。
アックスが軍備を固める傍ら、ヴィルヘルムは交渉でことを収めようと奮闘していた。今度はサンルカル出身の王妃まで拘束するなど、と苦情が来た。対外的にそう見えるのは事実だが、ここまで話が通じないといらだちが募ってくる。エミリアナもそうだったが、サンルカルはそんな国なのだろうか。だが、セレスティナやソラナは理性的だ。
「アックス。サンルカルの一部の兵が川を越えた。進軍してくるぞ」
その情報が入ってきたのは、緊張状態に入って半月ほどたったころだ。もうだいぶ空気が冷え込んできたある日のことである。すぐにでも動かなければならないが、一つ問題があった。後方を担う文官が足りない。サンルカルの対応に追われているのと、国境警備にそれぞれ割いているので、そもそも王都に人がほとんど残っていないのだ。かといって、王都を空にするわけにはいかない。
「私が残って後方支援を担っても構いませんが」
アックスの副官はそう言うが、アックスは彼を連れて行くつもりだ。幕僚の一人である彼には、アックスの相談相手になってもらわなければならない。
「……気は進まないが、ミカに頼む。王都からもエストホルムからも、そんなに距離的には変わらないはずだ」
物理的には。だが、行政規模が違うので、ミカは大変だろう。
「公爵夫人は出産直後ではありませんか? 怒りませんかね」
「……」
怒るかもしれないが、国の危機だ。彼女も嫌とは言えないだろう。怒っても差配してくれるはずだ。ついでに、礼を言うという建前で娘の顔を見に行きたいという思惑もある。結局、娘の名はロヴィーサとなった。
兄にも許可をもらい、ミカに依頼の手紙を送る。魔法で届けられた手紙は、すぐに返信が届いた。怒りもにじませず、ただ「承りました」とだけ書かれた手紙が逆に怖い。状況と作戦概要を伝え、支援を頼む。
ミカの手配は抜かりなかった。アックスたちが軍をまとめて国境の川沿いに到着するころには、物資が届いていたくらいだ。後から何を言われるか、内心おびえるアックスである。同時に、産後間もないミカを働かせていることに罪悪感を覚える。
だが、ミカが直接支援の手配をしていることで、彼女と連絡が取りやすくなった。どこから情報を得てくるのかわからないが、宣戦布告してきた方は二人の側室の子の年上の方らしい。年上の分、少し有利な方で、戦に勝って箔をつけたい、という思惑もあるようだ。
「合理的ではありませんねぇ」
副官だ。この副官は、本当にミカと言うことが似ている。一応確認してみたが、別に親戚とかではなかった。さかのぼればどこかで血はつながっているかもしれないが。
年下の少し不利な方は、どうやら王妃の取り込みを狙っているらしい。こちらは合理的ですね、とはやっぱり副官だ。ミカなどは、この年下の方を取り込んで、年上の王子を挟み撃ちにしてしまえ、などと言う。ミカは参謀は本職ではないが、戦術の基本をわかっている。アックスたちがサンルカルに攻め込んでいいのであれば、効果的だと思う。
そして、動いたのは帝国だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
花の国の冬の女王。2月に完結した『北壁の女王』のリシャナが元になっています。正確には、違うのですけど。