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42.一方そのころ











 どうやら、王都は大騒ぎになっているらしい。王都から見て北西部に位置するエストホルムで待機中のミカは、王都から流れてきた情報を目にしながら思った。アックスが予想した通り、彼女は独自の情報網から、すでに現状を把握していた。


「サンルカルは東進を狙っているのか? いや、侵略戦争ができるほどの理由ではないよね。うーん……」


 アックスがいれば何かしらの応答があるところだが、エストホルム城の書斎に一人であるので何も返事はない。いや、侍女はいる。臨月のミカは、一人で行動させてもらえない。いや、妊娠初期からその傾向はあったが、最近は特にそうだ。

 ミカとしても、側に誰かいてくれる方が安心しつつある。最初はうっとうしかったのだが、今は腹が大きくて動くにも難儀しているのだ。今となっては、どこでつまずいて倒れるか、自分でもわからない。女性にしては体力も筋力もある方だからましな方らしいが、一般の女性たちはどうしているのだろう。


「合せてエミリアナ様を始末したいのかな。だとしても大がかりだよねぇ。何か引き出したい情報があるとか……?」


 さらりと怖いことをつぶやくので、侍女がぎょっとミカの方を見た。それに気づいていたが、特に反応せずに最近の諸外国の情勢を思い出す。今頃、ヴィルヘルムは小評議会を開いているだろうか。自分が出席できないことにやきもきするが、無事に子を産めないのも困るので、これでいいのだと思っておく。そもそも、ミカの専門は魔法学であって、政治などではない。

 サンルカルは今、セレスティナとエミリアナの父親が治めている。この二人はサンルカル王妃の子だが、サンルカル王には側室が二人いたはずだ。この側室がそれぞれ男児を産んでいる。サンルカル王は、彼らにも王位継承権を与えていた。王妃の子が、女児しかいないためだ。この側室の産んだ王子二人が、勢力争いをしていると聞いている。

 アックスとヴィルヘルムの父、先代のこの国の王も多情なたちで、多くの女性と関係を持ち、庶子が何人かいる。だが、先代王は自分の王妃、つまり、アックスとヴィルヘルムを産んだ女性の子供にしか、王位継承権を認めなかった。正妻に冷たく、子供にも優しくはなかったが、王としてはそれなりに有能であった、とミカは思っている。少なくとも合理的だ。


 正妻の子以外にも王位継承を認めるか。この点が、この国とサンルカルの王の違いだ。ただ、王子が二人いたため、他の子供を排除できた、と言う面があるのも確かだ。

 ソラナの件を見てもわかるように、世間は女性が権力を持つことに厳しい。ミカも、先代の御代であれば爵位を授かることはなかっただろう。


 つまり、サンルカルでは正妻であるはずの王妃の子が、王位につける可能性が低いのだ。王が側室の子にも王位を認めているのなら、なおさら。男女ではそもそものスタートラインが違う。圧倒的に不利なのだ。これならむしろ、ソラナが公爵位を継げるようになる可能性の方が高い。

 まあ、何が言いたいかと言うと、この宣戦布告も側室の王子たちの政権争いの一環なのではないか、と言うことだ。少なくとも、サンルカルの現国王は、隣国に戦争を仕掛けるなどと言う無意味なことをするたちではない。ミカの集めた情報でもそう判断できるし、娘であるセレスティナもそういうような発言をしたことがある。


 ということは、サンルカル王はその権力を弱めているのだろうか。病床にある? こちらもかの国へ間諜を放っているが、ミカはエストホルムにいるために情報が入ってこない。引継ぎをしたセレスティナは、サンルカル出身の王妃として軟禁されているだろう。つまり、情報を受ける人がいないのだ。


 と、思ったら質問状が飛んできた。文字通り、魔法の手紙で飛んできた。ミカが情報をつかんだ翌日のことだった。さて、なんと返事をしたものか。

 ミカが思考したようなことは、王都の官僚たちも気づいているだろう。官僚の中に、サンルカルへ情報を流している人間がいるというのには気づくだろうか。一応、ほのめかしておく。


「……ん……?」


 手紙に書く内容を考えている途中、違和感を覚えて下腹部のあたりを確かめた。見下ろしてもふっくらした腹部に阻まれて確認できない。手で触れてその感触に「ひっ!」と悲鳴を上げた。


「どうなさいましたか、奥様」

「え、えっと、これ……」


 ドレスのスカート部分が濡れていた。これは破水した? 年若い行儀見習いの少女と目を見合わせる。書斎で手紙の返事を書くだけのつもりだったので、見習いの少女がつけられていたのだ。


「い、痛っ……う~っ」


 破水かと思い至れば、腹が張っているし何より痛い。これが世に聞く陣痛だろうか。行儀見習いの少女がおろおろしている。


「お、奥様!」

「グニラ……誰か呼んできて」

「だっ、誰か、ですか?」

「誰でも! 廊下で最初に会った人!」

「は、はい!」


 何をすればいいかわからないとおろおろしているグニラに指示を出し、ミカは床に滑り落ちないようにひじ掛けに縋りつく。痛みで息が苦しい。戦場で切られたことがあるが、そう言った外からの痛みとはまた違う。おなかを抱えるように背を丸めた。


「奥様!」

「レーヴ伯爵、失礼します」


 駆け込んできたのはエンマとイェオリの夫婦だった。イェオリが痛みに悶えるミカを抱き上げる。エンマがミカの様子を確認して、夫に産室として整えている部屋に運ぶように指示を出す。


「手紙……手紙、片付けて……!」


 アックスから届いた手紙を出しっぱなしにするわけにはいかない。エンマが手早く手紙を箱に片付け、鍵をかけた。その鍵を自分の首にかける。

 そこからはエストホルム城が上を下への大騒ぎだった。そもそも、ミカが懐妊した、という知らせが回った時も大騒ぎだったのだが、今はそれ以上だ。執事と女官長がてきぱきと指示を出して回っている。後から申し訳ないと言うと、こういう時は大抵、出産する奥方はもちろん、夫の方も役に立たなくなるものなのだそうだ。確かに、アックスがいても絶対役に立たなかったと思う。


 生まれたのは女の子だった。グレーとブラウンの間くらいのくすんだ金髪の女の子で、開いた眼は明るい蒼だった。そしてたぶん、アックスに似ていると思う。

 初産の割には安産でしたよ、とお産を手伝った女性たちに言われたが、生まれるまでに半日かかっているし、体が縦に裂けるかと思った。何度も陣痛の波が来て痛いわ苦しいわで思ったより体力を使う。ミカが普通の女性よりも筋力も体力もあるとはいえ、身ごもってからは安全第一で訓練などをしていないし、筋力も体力も寧ろ落ちている。赤子が生まれたときにはぐったりだ。

 それでも生まれた子を抱いたときは感動した。小さくて温かくてふにゃふにゃしている。弟が生まれたとき、ミカは十二歳だったのでその時も赤子を見ているし、覚えているが、周囲が赤子に何かするのではないかと警戒し、ミカを近寄らせなかった。だから、こんな小さな赤子を抱くのは初めてだ。


「お名前はなんとおっしゃるのです?」


 微笑まし気にたずねられ、アックスが頭を悩ませていたのを思い出す。思い出し笑いをしたところで、ふと気づいた。そういえば手紙、出してない。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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