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37.予定変更










 経験者の助言と言うのは結構的を射ているもので、セレスティナの言う通り、ミカは妊娠している可能性が高いそうだ。ミカはきょとんとしていたが、アックスはむしろ納得した。三年も子供ができない夫婦だ、と言われていたが、それは夜を共にしていなかったからだし、やることをやれば、まだ二十歳ばかりの二人だ。子供ができることだってあるだろう。

 そう理解はしたが、不思議ではある。アックスは、自分には子供ができないだろうと、漠然と思っていた。女性恐怖症で、奇跡的にミカと結婚はしたが、そう言った行為には至れないと思っていた。

 だが、現実はそうではなかった。最初からミカは特別だった。彼女が女性であっても、男として育てられた経験があるから違って見えたのだろうか。子供のころから友誼を結んでいたから、違ったのだろうか。ほかの女性、それこそ異母妹などが着飾っていても何も思わないのに、ミカの装った姿には心打たれた。


 姿が見えなければ心配するし、一人で泣いている姿がいとおしくてかわいかった。あの時に何かを振り切ったのだと思う。


 それにしても、自分が親になるのか。子供は嫌いではないが、自分が親になれるのか、と一抹の不安がよぎる。父の関心を得ようとする母に虐待された日々が思い出される。ミカは母のようなことはしないだろうし、自分もしないと思うが、それでも普通の親の在り方を知らないというのは大きな不安だ。強いて言えば、兄夫婦が普通の貴族の親だろうか。

 自分の腹の中で赤子を育てることになるミカは余計に不安だろう。アックスが不安がっている場合ではない。アックスは腕の中のぬくもりをぎゅっと抱き寄せた。


「何……? 朝?」


 体が動いたことで目が覚めてしまったらしいミカが、ぼんやりとした口調で問う。まだ夜中だ、と返したアックスは、珍しい妻の様子に口元に笑みが浮かぶ。アックスよりきりっとしっかり者のミカだ。たまに見せる弱っている姿が可愛い。ミカは怒りそうだが。


「朝……朝になったら起こして……」

「わかった。寝てていいぞ」

「ん……」


 そのまま呼吸が寝息に変わる。ミカの髪に顔をうずめて、アックスも目を閉じた。

 次は腕の中のものがもぞもぞ動くので目を覚ました。起きたミカが、自分を囲うアックスの手から逃れようともぞもぞしているようだ。アックスは緩んでいた腕に力を込めた。


「わっ! もう、起きてるなら放してよ」

「まだ朝早いぞ」

「わかってるよ。でも起きたいんだよ」

「せめて侍女たちが起きる時間まで待て。外に採集なんかに行ったら、義姉上に嫌と言うほど説教されるぞ」

「うぐっ」


 どうやら採集に行きたかったようだ。この別荘には魔術に使う薬草がいくつかあるが、初日からダウンしていたミカは採集できていない。今日はもうエストホルム城に戻る予定なので、最後に採集したかったのだろう。


「……みんな、過保護だよ」

「過保護にもなるだろ」


 普段通り動こうとするミカに、周囲はひやひやしているのだ。出産経験のあるセレスティナが最も顕著だが、アックスだっていつミカに何かあるか、と気が気でない。


「だから、もう少し寝ておけ」

「さすがに寝すぎだと思うんだ」


 そう言いながらも、あきらめたのかミカはアックスの腕の中にすり寄って目を閉じる。そういえば、ミカからためらいなく触るようになっている。前は、少し遠慮している風だったのに。こうして甘えながら触れられると、やはりうれしい。甘やかしたくなる。

 寝すぎだ、と言ったミカだが、すぐに寝息が聞こえてきた。経験者であるセレスティナやエンマも、無理に起きずに寝たいだけ寝かせた方がいいと言っていたし、アックスはしばらくミカの髪をなでてその寝顔を眺めてから身を起こした。エストホルム城に戻る手配が必要だ。まあ、最低限のことはミカが計画段階で指示しているので、確認のみだが。


「奥様は大丈夫なのですか」


 まだ少年の域を出ない従僕が、アックスの着替えを手伝いながら不安げに尋ねた。別に一人でも着替えられるのだが、形式と言うものは必要なのである。


「大丈夫だ。眠いだけなら、症状としては軽い方だそうだ」

「……そうですか」


 領地でも王都でも、ミカが屋敷での采配を振るっているので、彼女は使用人たちに慕われている。気は強いが、横暴ではないいい女主人なのだそうだ。

 ミカは遅い朝食の時間ごろに起きてきた。まだ眠そうな顔をしていたが、とりあえず食事を取るのに起きたようだ。食後のお茶を飲みながら朝食をもそもそ食べるミカを見ていたアックスは、彼女の食べるものがいつもとすこし違うことに気づいた。


「……ミカ。何か食べたいものはあるか?」


 普段彼女があまり食べないような柑橘系の果物を手に取っているのを見て、アックスが尋ねると、ミカは首を傾げた。食べたいものが思い浮かばないようだ。


「……食べたいものと言うか、こってりしたものは食べにくい、気がする。肉とか」

「肉を食べないとダメなんじゃないか?」


 まだ確定ではないとはいえ、かなりの高確率で腹にもう一人抱えているのだ。妊婦は貧血になりやすいのだ、とセレスティナが訴えていたことを考えると、肉を食べた方がいい気がする。


「私もそんな気がするけど、食べても戻しちゃったら一緒じゃない?」


 すでに試していた。


 ミカの体調が良さそうなので、今のうちにエストホルム城の方へ戻る。予定通りではあるのだが、予定通りにいったことに感動する。かなりエミリアナに振り回されている気がした。

 エミリアナは相変わらずミカが気に食わないようで嫌味を言っていたが、ミカは聞き流していた。胎教によくない、とセレスティナも止めに入る。


「やめなさい、エミ。他人に文句を言う暇があるなら、自分の言動を見つめなおしなさいな」


 お前も非常識なのだから、ミカを責めることはできない、とセレスティナが言う。自分が非常識であるのを理解しているミカはちょっと眉をひそめたが、何も言わなかった。彼女は変人に分類されるし、もてなす側として失格の状態であることは事実だ。

 というか、たぶん、ソラナはミカが妊娠しているだろうことを察している。何も情報は伝えていないが、本人の様子や周囲の言動を見れば、セレスティナのように察することはできるだろう。だが、エミリアナは察していなさそうだ。こういう観察眼が足りないところも指摘されている部分なのだろうな、とアックスは無表情の下で思った。


「少し、予定を早めに切り上げようかと思う」


 ヴィルヘルムがそう提案してくるのを聞いて、顔をしかめたのはミカだ。


「私の体調が悪いからですか」


 下手に隠すようなことはせず、ヴィルヘルムは「そうだな」と苦笑気味に認めた。


「ミカエラの頭が使えないのが痛いが、それより体調不良のものを振り回す方が気の毒だからな」


 良心の呵責が、とヴィルヘルムは笑うが、ミカは落ち込んだようだ。


「申し訳ありません……私の能力を使うために、引き立てていただいたのに」

「いやいや。弟の面倒を見てくれているので十分だ」

「兄上……」


 正直、面倒を見てもらっている自覚はあるが、真正面から言われると結構ショックだった。ミカはミカで、「むしろ私が面倒をかけている気もするのですけど」と言う。どっちもどっちということだ。

 アックスが見ている隣で、王と王弟の妻たちによって、期間短縮の予定が詰められていった。実に優秀な妻たちである。


「よし、これで行きましょう。明日のエストホルムの見学はあなたは留守番よ。私がいなくても行動には気を付けるのよ」

「善処します。最近、王妃陛下は私の母親のようですね」

「こんな大きな子供はいないわよ。まあ、エミを見ていると、あなたがまだかわいらしく見えてくるのは確かね」


 疲れたようにセレスティナは言って、首を左右に振った。まあ、ミカは可愛い。

 半年ほどの滞在で、すでに首脳陣がぐったりしているわけだが、エミリアナの滞在期間は一年だ。あと半年、大丈夫だろうか。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


別の意味で不安になってくるアックス。


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