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34.要望に応える方法













 ついに、エストホルム城にエミリアナとソラナがやってきた。到着当日から城の人間はピリピリしていたが、城主夫妻とは勝手の違うお姫様に使用人たちがかなり戸惑っていた。


「奥様。部屋のセンスが悪い、部屋を変えろとおっしゃられるのですが」


 エミリアナの要求はミカに上がってくる。エストホルム城の女主人がミカだからだ。正直に言うと奥向きの采配はあまり自信がないのだが、今ならセレスティナもいるし、頭を使うことは苦手ではないので何とかなっている。セレスティナとは、エミリアナに協力して対応することで、なんだか仲良くなってしまった気がする。ちょっとした嫌味交じりの軽口を叩ける相手と言うか。


「逆にどこならいいのか聞いてきて」


 どうしても一番上級の部屋は国王夫妻が使うことになるし、一番整えられているのは城主夫妻の部屋になる。住んでいるのだから当然だが。客室については一番いい、と言ってもそれほど程度に差がないはずだ。飾ってある絵画や調度品などが多少違うかもしれないが。


「……どこも納得がいかないそうです」


 なら外で寝ろ、と言いたいが、言えない。主寝室を差し出せと言われないだけましなのだろうか。サンルカルはどういう教育をしているのだろうと思う。女性としての教育が詰め込み型だったミカだって、もっとましだ。と思っている。


「……わかった。私が話しに行くよ」


 正直、ミカとエミリアナはかなり相性が悪い。理詰めがきかない相手は苦手だ。セレスティナも論理的な人なので、エミリアナが突然変異なのだろうか。ただ、実の姉であるセレスティナとは違い、他国の王族の嫁であるミカは、エミリアナにあまり強く出られない。エミリアナ自身もこちらを見下してくるので、話にならないのだ。嫌味を言われようとそれほど気にしないミカだが、さすがに面と向かってさげすまれれば腹も立つというものだ。


「もう! どこもかしこも優美さに欠けますわ! こんなところにわたくしをとどめ置くなんて、恥を知りなさい!」


 顔を合わせた途端にそんなことを言われ、ミカの眉間にしわが寄る。


「王弟としての体面を保っており、優美さには欠けるかもしれませんが荘厳であると自負しておりますが」

「サンルカルの王女であるわたくしが泊まるのにふさわしくないわ! これだからたかが伯爵家の娘は!」

「エミリアナ様。恐れながら、ここはサンルカルではありません。サンルカルは優美な国かもしれませんが、少なくともこのエストホルムは、質実剛健の領地なのです」


 エストホルムとアムレアンは王都への最終防衛ラインになるのだ。優雅さではなく、堅牢さの方が必要だ。実を取った結果が現状である。……多分。決して、ミカが面倒くさかったわけではない。


「この遊学は、姫様方の見聞を広めるためのものであると聞いております。様々な考え方、あり方に触れるのも、必ずエミリアナ様の糧となりましょう」

「そんな未来の話をしているわけではないわ! 今日泊まるところの話をしているのよ!」


 だめだ話が通じない。ちらっとソラナを見ると、目の合った彼女は必死に視線だけで謝ってきた。冬の前に別れたときよりも憔悴しているように見える。ほぼ一人でこのわがままお姫様の面倒を見ているわけで、それは疲れると思う。


「……では、エミリアナ様はどこが気に入らないのでしょう?」

「全部よ!」

「……それではわかりません」


 漠然としすぎている。さすがに。気に入らないというのなら、代替案を出せ。


「何とかするのがあなたの仕事ではないの!?」

「私の仕事は、エミリアナ様方にエストホルムを紹介することであって、エミリアナ様の要求になんでも応えることではありません。ですが……そうですね」


 ミカは自分でも冷たい視線を向けているだろうな、と思う顔でエミリアナを見つめた。


「エミリアナ様がそうおっしゃるのであれば、この城は早急に壊してしまいましょうか。エミリアナ様の要求にこたえられない城など、必要ないですよね?」

「な……っ、何を言うの!?」


 エミリアナが驚愕の表情で声を荒げた。ソラナも驚いたように目を見開いている。


「そういう趣旨の発言ではないのですか? この城の建築様式は変えようがありませんから、エミリアナ様のご要望に沿おうとすると、基礎から直すしかないのですけど」


 おそらく、もっとまともな方法はあると思うが、そういうことにしておく。

 理路整然と自信ありげにエストホルム城の女主人にたしなめられたエミリアナは、きっ、と彼女をにらんだ。


「仕方がありませんわ! 我慢して差し上げます!」

「ありがとうございます。明日には、商人を呼んでできるだけお好みに沿うように整えましょう」


 一応、最後に機嫌を取るようなことを言ってミカはエミリアナの客室を出た。一仕事終えた気分である。














「ごめん。やっちゃった」


 サロンで作戦会議中だった国王夫妻とアックスのところに乱入し、ミカは額をアックスの肩に押し付けた。一瞬びくっとしたアックスだが、すぐにミカの髪をなでる。


「何をした?」

「エミリアナ様を論破してきた……」

「お前……」


 頭をなでる手は止まらなかったが、少しあきれた口調で頭を左右に振られた。やってしまった自覚はあるから、こうして自己申告しているのだ。


「大概のことは受け流すミカエラが、珍しいな」

「というか、あの子を論破できたことがすごいわ」


 セレスティナによると、エミリアナは正論を言ってもそれを理解しないため、論破するのは難しいらしい。だが。


「単純かつ衝撃的なことを言って、無理やり押し切ってきた、と言う方が正しいです」

「言葉を尽くしたわけではないのね」

「そういう意味では話が通じないのですけど」


 セレスティナとため息が同時になった。セレスティナも相当苦労しているようだ。まあ、もう半年も頑張れば帰国することになっている。ミカは姿勢を正すと口を開いた。


「私に敵意が向いているので、王妃陛下は甘やかす方向でお願いします。申し訳ないですけど、ソラナ嬢にはエミリアナ様の味方をしてもらいましょう」

「……あなたが憎まれ役を買って出てくれる、と言うことね。わたくしは中立で行きましょう」


 セレスティナが慰める役を放棄した。よほど妹に悩まされているようだ。それに、確かに今はこの国の王妃であるセレスティナが、妹とは言え他国の王女に肩入れしているように見えるのはよくない。


「ミカエラ、お前が矢面に立ってくれるのは助かるが、あまり無理をしすぎるのではないぞ。お前は俺の大事な相談相手だからな」

「わかりました」


 心配そうにヴィルヘルムに言われ、ミカはうなずく。アックスも兄と同じようなことを言うが、つけくわえられた。


「ミカが言うことは大抵正しい。だけど、それで自分が傷つくのはどうかと思う」


 単純にミカを心配してくれている言葉にミカの顔が緩む。間近で見つめあう弟夫婦に、ヴィルヘルムは苦笑し、セレスティナはあきれたような顔になった。


「そういうのは二人の時にやりなさいな」


 いちゃついているように見えたのだろう。いや、客観的に考えると、ミカでもいちゃついているな、と思う。


「いや、仲が良くていいんじゃないか。正直、ミカエラがここまで弟と距離を詰めるとは、さすがだ」

「そこで褒められてもうれしくないのですが」


 微妙な気持ちになる。確かに、ここまで親密になるのはミカも予想外だ。国王が女性恐怖症の弟のために唯一平気なミカをあてがったという側面も、この婚姻にはあると理解している。それが思いがけず成功しているのだから、ヴィルヘルムも苦笑せざるを得ない。


「確かに最近特に仲がいいなとは思うけれど、今はエミよ。明日商人を入れるなら、予定が少しずれてくるのではない?」

「ずれてきますね。まあ、そういうことは比較的得意なので。……まあ、相手が話を聞いてくれれば、ですけど」

「……無理そうね」


 女性二人がため息をついた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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